第27話

「お父さん。お母さん。今日は時間を取ってくれてありがとう」


「お前から『話がある』と頭を下げられたのはのは珍しいからな」


「あはは……ごめんね親不孝者で」



 日曜日。ポルさんの実家への挨拶に付き合わされることになっていた日。俺はポルさんからの要望で学生服を着て当日に臨んでいた。


 良い家だとは言われていた。だから俺だってそれなりの覚悟は持っていた訳だが、いざやって来たのはハチャメチャに広いお屋敷だった。ドラマとかに出てくる和風の屋敷。この話し合いの場も床は畳で、俺はあまりの良い家オーラに負けて正座して縮こまっている。


「……恭子。貴女が会わせたかったというのは、まさかその子なの?」


「そ。私の高校での教え子。中野慎司さん」


 ポルさんから俺の紹介をされた。しかし俺は一言も発することなくただ頷いた。事前にポルさんから「何も話さなくて良い。むしろ話すな」と念押しされていたからである。


「生徒なんぞ連れてきてどうするつもりだ。仕事を頑張ってますとでも言いたいのか?」


「なに?愛する娘が仕事を頑張ってちゃいけないわけ?」


「そうは言ってない。だが女ならば他にやるべきことはあるだろう」


 机を挟み、2対2の形で話し合いは進行している。俺の隣にはもちろんスーツ姿のポルさん。ポルさんの向かいには落ち着いた色の和服を身につけた頑固という言葉を体現してるような男性。その隣、俺の前にはこれまた和服で厳しい女将さんみたいな女性。この2人がポルさんの両親なのだろう。何があったらこのズボラの化身が生まれ、育つのだろうか。


「いやいや。お父さんのそれ時代遅れだよ。女は家事と育児だけしてろって?今は共働きの時代だってば」


「お前こそ理解していないだろう。お前は冬島家の長女だ。世間一般の常識に逃げるな。我が家に生まれた瞬間からお前の常識は冬島家ここにしかない」


「…………そういうのが時代遅れだって言ってんだよね」


 普段見せないポルさんの怒りの表情に少し臆する。この家が嫌いなのだと言うのはヒシヒシと伝わってくる。


「だったら。その時代遅れの家に戻ってきたのはどこのどいつだ。一度は跨がせぬと決めた敷居の前で『許してくれ』と頭を下げて懇願したのはお前では無かったのか」


「仕方ないじゃん。事情が変わったんだから」


「またお得意の我が儘か。アメリカから帰ってきた時に三度目は無いと伝えたはずだが?」


「…それはごめん。でも今回が最後だから」


 空気が凄くピリピリしている。隣で聞いているだけで息が詰まりそうだ。でも未だによく分からない。どうしてここに連れてこられたのだろう。何個か予想できる話はあるが、そんなので説得出来そうな人達には見えない。


「フン。どうせ見合いの話を無かったことにしてくれ。とでも頼みに来たのだろう。それほどあの社長令息が気にくわなかったか?今さら若いのと婚約出来るなどと思い上がるなよ。大学など行かずに見合いをすると言えば良かったものを……ここで求められている女の価値など若さと子を産めるかなのだぞ」


「…………そういうんじゃないんだよなぁ」


 ポルさんはぶっきらぼうにそう呟いた。その呟きはしっかりと父親の耳にも届いていたようで、父親はいきなり机を叩いて怒鳴りだした。


「だったらなんだ!!!言ってみろ!!!これ以上我が家の顔に泥を塗るような真似をしてみろ!!!今度こそ殴ってでもここから放り出してやる!!」


「っ………………」


 今まで何度か大人が激昂してる姿を見たことがあるが、そのどれよりも迫力があって恐ろしいものだった。そのあまりの圧にポルさんすらも怯み、言葉を失ってしまっていた。


 俺はそんなポルさんの震えている拳にそっと触れた。するとポルさんはこちらを見ずに俺の手を力一杯握ってきたかと思えばすぐに離し、大きな深呼吸をした後に言葉を発した。



「……この子に、教え子に手を出しました」



「「「…………………」」」



「「「は???」」」



 ポルさんの発言によってさっきまで怒号が響き渡っていた部屋は静寂に包まれ、しばらくしてポルさん以外の3人が同じリアクションをとった。


「恭子……あなた………うそ…よね?いつかやるとは思ってたけど………」


「……ごめんお母さん。嘘じゃないんだ。この子の親にも話はいってて、なんとか示談で済ませようとしてるんだけど…………私がこの家の長女だってなんでか知ってて、その請求されてる金額が……」


「ぇ……………………」


 ずっと黙っていた母親すらも口を大きく開き、突然のカミングアウトを受け止められずにいた。俺は自分のやるべきことを理解し、俯きながら弱々しい声を出した。


「学校で………生徒指導室に閉じ込められて…………代わりに評価を上げてくれるからって……それで、今までに何回も……」


「…………………あ、あな、っあなた……どどどう……どう、するっんですか…」


 話を盛るに盛る。「やりすぎでしょ」とポルさんが机の下で手の甲をつねってきたが、こんな事に巻き込むなら事前に伝えて欲しかった。そんな俺の名演技を見た母親はしどろもどろになりながら隣の父親に助けを求めた。父親はさっきからワナワナと怒りに震えており、どういうわけだか次の台詞はなんとなく予想が出来ていた。


「貴様はもうこの家の人間ではない!!!今すぐっ……今すぐ出ていけ!!!二度とこの家に関わるんじゃない!!!」





「たっはっはー!見事に追い出されたねぇ!作戦大成功!」


「これで良かったんですか本当に………」


 ポルさんの実家を二人揃って追い出され、ポルさんの運転する車の後部座席で俺はぐったりとしていた。対するポルさんはウッキウキだ。人をこんなことに巻き込んでおいて。


「後々で事実確認とかされたら面倒じゃないですか?それに払うって言われたらどうするつもりだったんですか?」


「ないない。見て分かったでしょ?怒りっぽくて、すーぐ後先考えずに行動する。そういうとこは私に似てるよね。あの人にとっては家の名前が一番大事。私のことなんて二の次、いや四の次くらいかな。それに~あの家には優秀なお兄様がいるからそこんとこは安心でしょ~」


 飄々と語るポルさん。いつものオタク語りの何倍も嬉しそうで早口だ。それほど嫌いだったんだろう。


「結婚の話もなくなるんですかね?」


「なくなるっしょ。そもそもそこの会社自体あんまり大きいとこじゃないし。冬島のパイプ欲しかっただけだけ。冬島じゃなくなった私に興味はないよ~」


「…………そういうもんですか。にしても、もっとこう…………ありましたよ絶対…」


 これで全部問題が解決したならそれで良し。だがそれはそれとしてもっとスマートな方法もあっただろう。それこそ榊の言葉を借りると「教師と生徒の禁断の愛」とか。


「なになに?もしかして禁断の恋的なやつを想像してた?意外とロマンチストだねシン君」


「いや?してませんけど?」


「あ、図星だぁ~」


 まさに考えていた作戦の1つを見事に当てられ、恥ずかしくなって咄嗟に誤魔化す。ポルさんは運転しながらミラー越しに俺を見てきて、楽しそうにニヤニヤとしていた。


「そんなドラマかアニメみたいな純愛ラブコメ展開は私には似合わないって。先週君に胃の内容物ぶちまけてた女だよ?」


「……………思い出させないでくださいよ」


「あはは。ごめんごめん」



 ポルさんの発言で先週のあの事件の事を思い出してしまい、この状況も相まってポルさんの顔を見れなくなった俺は窓の外をひたすらに眺めていた。そんな中、ポルさんはどこか清々しい声色で呟いた。


「あーあー。私の名字変えてくれる王子様は現れてくれないのかなぁ」


「………乙女じゃないんですから」


「失礼な。女性はいつまでも乙女だぞ」


 乙女のような台詞を吐いたポルさんに適当な返しをしながら俺はあの日の事を余計に思い出してしまっていた。




 あの日とはポルさんの飲酒に付き合った日。


 そしてポルさんが飲み過ぎて吐いてしまった日。


 その直前の話。



「このま~ま、独身もいいかもね~」


「はいはい。それも良いと思いますけど部屋は片付けてくださいよ」


 あの時、俺は酔いに酔ったポルさんのダル絡みをあしらっていた。いつになったら解放されるのだろうかと思っている俺の耳元でポルさんは囁いてきた。


「シンくんが、わたしのお部屋をかたづけてよ~。ひっく………これからもぉ…おねがぁい」


「嫌です。自立してください」


「そんなこといわずにぃ………ずっと一緒にいてよぉ………」


「…………酔いすぎですよポルさん」


 思春期を勘違いさせるような事を言ってくるポルさんに軽く注意する。だがこの時のポルさんはもう止まることを知らなかった。


「照れてぇるぅ…!どしてぇ!もしかして、そういうずっと一緒だと思ったとかぁ!」


「思ってません」


「………………私は、思ってるよぉ」


「へ…………」


 ヘラヘラと笑っていたかと思えば急に落ち着いたポルさん。トロンとしている表情から何を考えているのか分からなかった。


「わたしは、君の名字になら、なってあげてもいいかなってぇ、思ってるけどぉ?」


「いや、それって…………」


「………そだよぉ。わたしはぁ……シンくんのことがぁ……………………ぅっぷ」


「…………ちょっ待っ――」





「はぁぁ……」


 あの言葉の続きはなんだったのか。その後にぶちまけられたブツの掃除のせいで聞くタイミングを逃した。あの日のことはポルさんも覚えてないみたいだし、酒の勢いでの冗談だったのだろうと考えることにしてある。


 だけどもし、冗談じゃなかったとして、



 あの日の俺は……どう答えていたのだろうか。



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