婚約破棄されたお人形令嬢は冷酷無残な若皇帝に惚れられる

よたかんば

帝国の皇子は悩む

第1話 間違っていない(Side by Kasch)

「カシュ! どこに行くんだ、こらカシュ!」


バン! と父上の執務室の扉を乱暴に閉める。いたたまれなくて急いで自室へと向かった。ベッドにダイブして枕に顔をうずめる。何も考えたくない時はこうして外の音を遮断するに限る。


お察しの通り、俺ことカシュ・エアスト・カイザーリングは父上と喧嘩した。父上との喧嘩は完全に俺が悪い。それは認める。だがそう仕掛けた奴らが九割悪いんだ。



何が起こったのか一から説明しよう。


俺はウーラヌス帝国の第一皇子である。そして俺の婚約者はとある大国の公爵令嬢。透き通った水色の髪と星のような輝きを放つ瞳を持つ、絶世の美女である。俺は彼女が自分の婚約者であることを誇りに思っている。


国は離れているけど定期的に顔を合わせて話している。まだ帝国に来ていないのは、向こうの公爵が「娘が国立学園を卒業する十八になるまで待ってくれ」と言っているからだそう。帝国には学校がないが、あちらの国では義務として課されているらしいし、親バカな理由以外のものとして納得できるものだった。


「今の殿下と公爵令嬢の距離感ってあれよね? まるで二十年前のようだわ」

「分かる。『皇帝陛下を裏切った姫』みたい」

「陛下も当時は姫のこと好いていたらしいしな」


使用人達がそう話しているのを耳にしてしまった。盗み聞きはよろしくないが、気になってしまったものは仕方がない。


「だって普通次期皇帝有力候補であるカシュ殿下の婚約者になって自国に留まるとかありえなくない?」

「だよなあ。俺も怪しいと思ってるんだよ」

「だとしたらまた別の娘を押し付けられるのかしら?」

「かもな。当時陛下はかなり荒れたらしい」

「いつも以上に冷たくなったんだっけ?」

「婚約者様は美人だから、自国でも男が寄ってくるらしいぞ」

「あら。引く手数多ねえ」

「なら殿下じゃなくても令嬢は困らないのね」


その後は盗み聞きしていたのを忘れて怒鳴った記憶しかない。その場でクビを言い渡し、その後は父上の執務室に入り、今すぐ公爵令嬢を帝国に呼ぶことを要請した。


俺は公爵令嬢……メリルのことが好きだ。政略的な意味で親が用意した婚約者ではあるが、俺は恋愛的な意味でも彼女のことが好きなのだ。彼女は素敵な人だ。尊敬できる。公爵令嬢として振舞う一方で、俺の前だと天真爛漫に動く少女に恋をしないわけがなかった。


だがずっと不安だった。メリルは性格も良いし、周囲の人に恵まれているし、礼儀作法が完璧で社交界の代表として名を馳せている。そんな彼女を魅力に想わない男がいないはずがない。


メリルには好かれていると思う。だが俺と同じ想いかは分からない。親が用意した婚約者だからそれなりに仲良くしてくれようとしていて、本当は想っている相手がいるんだとしたら……俺は彼女の幸せを思って、きっとこの婚約を破棄するだろう。彼女がその想い人と添い遂げられるよう助力する。


……なんて、綺麗事だ。


使用人達が話していた内容を聞いて、俺はどうしてもメリルを傍に置いときたくなった。


彼女が他の男のところに嫁ぐなんてとんでもない。

メリルは俺の婚約者だ。

誰の手にも触れさせたくない!


そんなドス黒い感情が胸の中でグルグル回っていて、そのぐちゃぐちゃの感情のまま父上に頼んだのだ。案の定、バカなことを言うなと怒られた。


「公爵閣下の気持ちもそうだが、令嬢の気持ちも考えてやれ。お前と婚約した時から親元を離れることが決定してるんだ。お前の感情だけで引き離すのは可哀想だろう」


それはそうだ。家族から愛されている彼女は、同じだけ彼女も家族を愛している。だから引き離すのは可哀想。それは理解できている。でもこの黒い感情は言いたくないことまで口に出してしまう。


「……そういう甘い考えだから、父上は裏切られたんじゃないんですか?」

「何?」

「好いた相手だったのに裏切られたと。その代わりに全く知らない相手と婚約することになったと」


俺がそう言うと父上は険しい表情を浮かべた。息子の俺が言うことじゃないだろうが、十五の子どもを持っているとは思えぬ若さが父上にはある。その理由は童顔だからで、昔はナメられることもしばしばあったとか。だが、皇帝の座に相応しい威圧感と尊厳を持つ。体を震わせるのも許されない圧が俺を捕らえた。


「……カシュ。誰から聞いた話だ?」

「城の者が言っていました。それで、裏切られて当時荒れたとか。俺は、父上の二の舞にはなりたくない」


俺は絶対メリルを逃したくない。


そういう強い意思で放った言葉だったが、いざ口に出すとスッと黒い感情が消えた。自分の失言に思わず手で口を塞いだくらいだ。血の気が引いていくのが自分でも分かった。


そして冒頭に戻る。

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