第260話 彼の意思
もう四月が終わってしまった。
だがジャガース首脳陣からすると、やっと四月が終わってくれた、といったところか。
現時点で24試合を消化。
残り119試合で、昇馬には34勝してもらわないといけない。
言葉にしてみると、どれだけ無茶なことか分かる。
五月の最初のカードは、昇馬にはやや相性が悪いのでは、と思われている北海道戦。
それでも別に、今年は負けているわけではないのだが。
去年の唯一の負け試合で、今年もホームランを打たれている。
本人はそれを、気にしていないようなのだが。
昇馬からしてみると、他に注意すべきバッターはいる。
去年の場合はそれが、リーグの違う大介であった。
その脅威度判定は正しく、実際に最後の勝負で負けている。
美しい負け方であったので、それにとやかく言う人間は少ないが。
中浜が二年目から、いきなりパのホームラン王を取るかもしれない。
だがセの司朗と比べると、昇馬にとっての脅威度は、やはり司朗の方が上である。
ホームゲームの埼玉ドームにおいて、まず第一戦は八木が投げる。
ここまで無敗の四戦四勝と、ジャガースの躍進の一翼を担っている。
もっともそれでも、昇馬の半分も勝っていないわけだが。
北海道は中浜を、三番に持ってきている。
もう四番でいいのではないかとも思うが、中浜はあの体格で足も速いのだ。
高校野球の引退後から、プロ入り一年目の終盤までに、かなり厚みを増した。
そして二年目のシーズンは、開幕からスタメンである。
なんでも今年も、キャンプでは少し、ピッチングの練習もしていたようだ。
つまりまだ北海道は、ピッチャー中浜を諦めていない。
そもそもは投手として取ったので、それは当たり前なのかもしれない。
だがその両方をやれるというのは、昇馬がやってしまっていることも関係しているのか。
まあ大介もメジャー時代、ピッチャーが足りなくなった試合で、消化するように投げてはいたが。
昇馬の世代はおそらく、白石世代と呼ばれるようになるのだろう。
父である大介の世代は、SS世代と呼ばれていた。
もっとも直史にプロ入りの意思がなさそうと思われた時期は、これまた白石世代と呼ばれたりもしたのだ。
なかなか一人の選手が、その世代を代表するということは少ない。
それでも上杉の場合は、間違いなく上杉世代と呼ばれていたが。
司朗の世代も神崎世代と呼ばれることもある。
だが昇馬の甲子園での活躍で、そこまで強烈な印象はない。
司朗も司朗で、甲子園の頂点に、三度も立ったのだが。
唯一甲子園で白富東に勝ったので、充分に神崎世代と言ってもいいだろう。
昇馬ほどの圧倒的な実績は、さすがに残せるはずもなかったが。
そもそも司朗は三年の春までは、アベレージタイプのバッターだったのだ。
今でも長打より、打率に優れた選手ではあるが。
北海道との初戦、初回から中浜は長打を打ってきた。
打率は三割ぎりぎりであるが、長打力は高い。
去年は体の長さを活かして打っていた、という印象がある。
だが今年はおおよそ、10kgほども増量したそうな。
下手な筋トレは、逆に体を痛めることもある。
しかし中浜はオフの間も、球団のトレーナーの作ったメニューに従っていたらしい。
昇馬の世代は、昇馬が代表であることは間違いないだろう。
しかし中浜にしても、昇馬がメジャーに行ってしまえば、リーグを代表する選手になるかもしれない。
OPSが1を超えているというのは、立派なMVPクラスである。
守備位置はライトで、その強肩を活かしてもいる。
初回は一失点に抑えた八木。
その裏の攻撃、今日は普通に二番DHで、昇馬が入っているのだ。
ホームランの本数自体は、中浜の方が優っている。
しかしOPSを見てみれば、どちらの方が強打者であるかは、明らかに分かることだ。
最強のピッチャーが、ほぼ最強のバッタ―でもある。
バランスよく使っていかなければ、せっかくの戦力がもったいない。
初回はアルトに昇馬と、二人が歩かされてしまった。
ちょっと北海道も警戒しすぎだが、これは最悪というものではない。
上手くジャガースは進塁打を打たせ、そこから一点を取った。
だがスコアは1-1となったわけで、どちらかが圧倒的に有利というわけでもない。
双方の主力がしっかりと、絡んだ得点となっている。
一般的な野球の範囲で、今日の試合は進みそうだ。
だが昇馬は明日、先発としても登板する。
そこではほぼ確実に勝てるだろう、とジャガース首脳陣は計算している。
なにせ去年は一度しか負けていないので、信頼感が違う。
ポストシーズンを含めれば二敗だ、と昇馬は冷静に訂正するだろうが。
そこそこの点の取り合いとなる試合。
だがどこかでビッグイニング、というものは出てこない。
一点を奪われても、どこかでしっかりと点を取っていける。
そういう打力が打線の中にあるからこそ、双方の首脳陣も計算をするのだ。
こういう時にはアルトに、一発も期待してしまう。
昇馬はちょっと、警戒されすぎているからだ。
アルトの思惑としては、今はチームが強すぎるな、といったところだ。
重要なのはあくまでも、自分の成績だけである。
今年は昇馬があまり打席に入らないので、アルトもヒットを打って行ったりしたい。
出来ればタイトルが取りたいと思っていて、打率部門では三位に入っている。
ただ昇馬は打席が多くなれば、打率は普通に上がってくるだろうが。
アルトはこの日、ヒットを三本打つ。
だがチームとしては敗北する。
八木に負け星が付いてしまい、チームとしても今季初の連敗。
それでもジャガースの圧倒的な首位は変わらない。
負けた相手が北海道というのが、ちょっと気になる点ではあるが。
バッターとしての昇馬は、及第点の活躍。
こういうこともあるよな、という普通の野球の試合となった。
重要なのは第二戦なのだ。
昇馬が投げるこの試合、果たして北海道が勝てるかどうか。
あるいは勝てないにしても、勝ち星を消せるかどうか。
どちらかというと昇馬は、右では打たせて取るタイプ。
だが球数が増えてリリーフにつないでいるのは、左右のどちらも同じこと。
この第二戦は、リリーフが使える。
第一戦は北海道にリードされ、それを追いかける展開だったからだ。
しかし確実性を言うならば、昇馬が完投した方がいい。
ジャガースの首脳陣はここでも悩む。
昇馬にしっかり勝ってもらうことと、失敗した場合の三連敗。
ここは確実に勝っておきたい。
勝ち癖のついていた選手たちが、また自信を失ってしまうこと。
昇馬の存在がとにかく、大きすぎるのは確かだ。
だがどうやらジャガースは、北海道とは相性が悪いのだ。
レックスがライガースに対しては、負け越していたというように。
もっともそれはまだ、試行数が少なすぎることもある。
ジャガースは圧倒的に強いことは間違いない。
それでも首脳陣は、別の観点から不安になってしまうのだ。
昇馬に勝たせること。
それは重要だが、無理をさせてもいけない。
このままのペースで投げてもらえば、45勝ぐらいが出来るペースとなるだろう。
ただ一度でも、長期離脱があれば、それでもう終わりである。
つまり無理をさせることが出来ないのだが、既に現時点で無理をさせている、と言われても仕方がない。
第二戦の昇馬は中三日のピッチング。
しかし前回の右で投げた時から数えれば、中六日となる。
日程によっては中七日ともなるが、中五日にはならないようにしている。
果たしてどこまで、勝ち星を伸ばすことが出来るのか。
このあたりの思考を、他のチームの関係者もおおよそ掴んできている。
ジャガースのフロントの愚かな要求。
これはある程度洩れているというか、さすがに昇馬に投げさせすぎだろう、と他の球団は思っている。
もちろん去年の昇馬が、最後まで壊れなかったという事実はある。
しかし普通に考えれば、もうちょっと無難に使うべきだ。
ジャガースは圧倒的にトップを走っているのだから。
昇馬をここまで投げさせる理由。
それは記録更新ではないか。
ジャガースのフロントの傾向などを知っていると、ある程度のチームはこの一ヶ月に気づいた。
わざわざ選択肢を少なくしている、ジャガースのフロント。
そこを上手く突いたならば、この一方的な状況を改善することは可能だ。
北海道の首脳陣も、確信はしないが推測の一つとしてはある。
ここまで昇馬を投げさせる、その理由について。
ある意味では優勝よりも、とんでもない大記録だ。
NPBで日本一になるのは、毎年1チームが出てくる。
それに対して43勝の記録は、昇馬以外に果たせそうにない。
この大記録の宣伝効果は、日本一よりも上である。
その程度の評価は、確かにフロントなら考える。
だがこれに対して各チームの首脳陣は、かなり嫌悪感を持っている。
どんな指揮官であっても、自由度の低いチームを采配するのは、難しいものだからだ。
むしろジャガース首脳陣には同情するが、かといって自分のチームを勝たせる努力をしないわけではない。
実際に開幕から、昇馬を削ろうとはしていたのだ。
それなのにたやすく、勝ってしまう昇馬。
上杉や直史のような、完全な支配力。
年配の選手や首脳陣は、それをはっきりと感じている。
普通に投げていれば、まさに今年もジャガースの年。
だがフロントの強制で、昇馬の登板間隔が短いとする。
それでは故障した瞬間に、ジャガースは全て破綻するのではないか。
そこまで考えている人間もいる。
たとえば中浜を個人的に、支援している坂本などである。
メジャーで活躍した後、コーディネーターのようなことをしていた坂本。
彼が見出した才能の一人が中浜である。
当然だが昇馬のことも、既に以前から知っていた。
大介の息子ということで、接触しても意味はない、と思っていたので接触しなかったが。
そして巨大な才能同士が対決しようとしている。
ここで坂本が考えているのは、実は意外なことであろう。
彼は昇馬を故障させたくはない。
昇馬の存在は野球界全体にとって、プラスの効果をもたらす。
スーパースターの存在が、その競技をメジャーにするのは、今までにも何度もあったことなのだ。
まさに今、その親の世代が去ろうとしている。
だからこそ昇馬が、その世界自体を背負ってほしい。
もちろん昇馬一人ではなく、そのライバルとなりそうな存在も、あちこちにいるが。
頂点の一人が凄いだけでは、それはダメなのだ。
ライバルと対決し、記録を作り、そうやって盛り上がっていく。
だからこそここで、昇馬を壊させるわけにはいかない。
そう思っていたのだが、昇馬の力は坂本の、想定をはるかに上回っているらしい。
北海道との第二戦、昇馬は初回を三者連続三振で打ち取る。
その三番目の打者は、中浜であったのだ。
「どこまで行くんか、見ていくか~」
テレビの画面の中で、昇馬は躍動している。
これと対抗する存在は、司朗ぐらいであろう。
日本国内に限定するならば。
坂本は全米を、そしてさらにその外の世界も見てきた。
野球は主に北中米で盛んなスポーツ。
その中にはある程度、昇馬に対抗するような、そんな才能もいないではないのだ。
野球かバスケットボールか、それともアメフトか。
その分野にも才能がある、特別な素材。
彼らに昇馬の姿を見せて、果たしてどのような反応がもたらされるのか。
メジャーに才能を集める。
その代理人のようなことを、坂本はしている。
だが正確には、代理人などでもない。
報酬は他のところでもらい、無償で才能を配分する。
やがて来る、二度目のメジャーの黄金時代のために。
それは直史と大介が見せた、あの五年間を上回るものになるだろうか。
もっともそんな坂本でも、直史のようなタイプは一人も、見つけることが出来なかった。
しかしピッチャーとしては、昇馬とほぼ変わらない年齢で、178km/hを投げる選手も見つけている。
単純に速いだけなら、大介が大喜びで打ち砕いていったろうが。
上杉も直史も、引退と共に野球の世界を離れる。
坂本は逆に、メジャーを中心に選手を見つける。
そこを頂点として、世界中の才能を集めるゲーム。
それを単純に見たいために、坂本は動いている。
「たまるか~」
あと何年後に、その夢見た世界がやってくるだろうか。
ジャガースやタイタンズに接触し、昇馬や司朗のポスティング条件まで、把握している坂本。
中浜が昇馬を倒すには、まだ力が足りないな、と冷静に試合を見つめているのであった。
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