第199話 平穏な日中

 昇馬はある程度の投げ込みを行って、コンディションを整える。

 埼玉ドームでの六連戦で、ジャガースが三勝すれば日本シリーズへ進出。

 逆に四つも落とすと、そこで今年のシーズンが終わる。

 中二日と中一日で、昇馬が投げれば勝てる。

 もっともそこまでの必要もなく、普通に他のピッチャーでも勝てるとは思うのだが。


 ジャガースのピッチャーの中に、一人もクライマックスシリーズのファイナルステージを経験した者がいない。

 コーチなどまで含めれば、もちろん何人かはいるのだが。

 だがジャガースのピッチャーは、おおよそがメジャーにポスティング移籍するか、FAで他球団に移籍する。

 一流や超一流であるほど、ジャガースからは去りやすいのだ。

 そして二流のピッチャーであれば、若手が台頭してその座を奪い取る。

 ただ二流というか、一瞬だけ一流の輝きを示して、そこからすぐに故障で引退した選手などが、コーチとしては敏腕であったりする。


 プロの中でも超一流というのは、どこか図抜けた存在であるのだ。

 コーチとしては大成しない、という元プロは多い。

 ジャガースの場合はその点、他球団にFA移籍するほどではないが、長くリリーフを務めた選手が、コーチになっていたりする。

 リリーフはピッチャーの中でも、かなり選手寿命は短い方だ。

 起用法を考えれば、それも当たり前のことである。


 微妙な使われ方をしていたため、使われる側の気持ちがよく分かる。

 また一流半のピッチャーなどは、上手く育成も出来るのだ。

 もっとも今のジャガースのピッチャーは、ほとんどがコーチよりも実力としては上。

 既に実績では抜いた、というピッチャーばかりである。

 だが一流のピッチャーも、超一流のピッチャーも、超越した存在が昇馬である。

 ついに直史が、沢村賞もサイ・ヤング賞も取れないシーズンがやってきた。

 ただし一試合だけに限って戦えば、勝つのは直史だろうな、と思っている有識者は多い。


 昇馬と直史の違いは、軍隊と達人、とでも言えばいいだろうか。

 確かに一人の人間としては、技量は傑出した神業の領域にある。

 だが昇馬は多くの試合を投げて、その物量で勝負する。

 直史が投げられない試合を、昇馬が投げて勝ってしまえば、レックスには勝てることになる。

 昇馬は巨大な個人戦力であるはずが、なぜか物量的な強さにもなる。

 左右で投げ分けているため、ものすごく多くを投げられる、というのがその理由であるが。


 個人技に頼るチームを、チーム力で破壊する。

 昇馬も充分に個人技の範疇のはずだが、ここでは違うのだ。

 直史以外を打って勝てばいい。

 その時のために、昇馬はいる。

 もちろんこれは、レックスが勝ち上がってきたら、という前提での話。




 ライガースが勝ち上がってきたらどうなるか。

 これまた昇馬であれば、大介以外のバッターは抑えられる。

 対戦して打たれたとして、それ以上にジャガースは点を取れるか。

 昇馬が打線に入っていれば、相当に得点力は変わってくる。

 そしてピッチャーとしては、大介にホームランを打たれなければ、後続を絶って点に結びつかないようにできる。


 四試合に登板したとして、セの球場で行われる場合は、昇馬は四番ピッチャーでも出るだろう。

 こういった試合の時が、ジャガースの戦力が最大化する。

 ピッチャーとバッターを、両方してしまう時である。

 だが外野を守りながら、果たしてバッターまで出来るか。

 短期決戦であれば、むしろそれぐらいをしなければいけない。

 高校時代には、一番ピッチャーをしていたのだから。


 ライガースとジャガースならば、明らかにライガースの方が得点力は上。

 しかしジャガース打線に昇馬が入っていると、かなりその差は小さくなる。

 日本シリーズは多くても七試合。

 完全な短期決戦であることは間違いない。

 この中で昇馬を、どうやって使っていくべきか。


 ピッチャーとしての登板間隔は、明らかにされている。

 防御率が1を切るようなピッチャーであるが、今年のライガースは明らかに得点力が高い。

 昇馬がいるだけではなく、他のバッターも相当に打っている。

 だが昇馬を打てるかというと、それはまた別の話。

 強力な打線の福岡でも、昇馬は打てないのであるから。


 このカードが成立した場合、重要なのは大介を抑えられるかどうか。

 難しいな、と冷静な判断をするのが昇馬である。

 その上で自軍が取ってくれた範囲に、ライガースの得点を抑えられるか、という問題。

 それならば可能であろう、とも思う昇馬である。

 実際に今年の交流戦は、そういう形でライガースに勝ったのだ。


 果たしてライガースが勝ち上がってきた場合、ジャガース首脳陣は勝負をさせるか。

 他のピッチャーはともかく、昇馬が大介と対決するということ。

 これは作戦や状況を無視して、勝負させるしかないと思う。

 野球というのは興業なのである。

 勝つことだけが全てではない、ということだ。

 もちろんチームの方針や、監督の考えもあるだろう。

 だがとりあえずライガースであれば、敬遠せずに打たれてしまっても、あまりファンは文句を言わない。


 レックスの場合はどうなのか。

 直史が打たれたら、明らかにチームの戦略が狂うだろう。

 ジャガースの場合も、ここは同じことである。

 それに衰えてきた大介を、まだ恐れるということ。

 それでは野球に、新しい時代がやってこない。




 タイタンズが勝ち上がってきたらどうなるのか。

 司朗がチームの中心となりつつある。

 また投手陣もかなり、安定してきているタイタンズ。

 だが昇馬としては、一番あまり面白くない、と思える展開だ。

 なぜなら司朗相手ならば、これから先も戦う機会がある。

 それこそ高校時代には、甲子園で戦っているのだ。


 結局はモチベーションなのだろう。

 父親や伯父と、まずは戦いたい。

 しかしもう全盛期を過ぎ、衰えているのは間違いない。

 そこから野球を楽しむのならば、メジャーに行くしかないのか。

 個人的に生活自体は、日本の方が安心出来るな、と思うのだが。


 若く自由に体が動く時代を、野球ばかりに使っていいのか。

 若いからこそ、通用するのがスポーツではあるが。

 昇馬としてはマイケル・ジョーダンがモチベーションを落として、NBAからMLBに来た感覚が分かる。

 それこそ自分も、高校時代に普通に、バスケットボールはしていたからだ。

 アルトと一緒に190cmコンビとして、普通に練習試合などでは無双していた。

 さすがに兼部していても、公式戦にまでは出なかったが。


 司朗がどう考えているのかも、昇馬にはよく分からないところだ。

 いずれはメジャーに移籍するつもりなのは、プロ入りの時に聞いていた。

 だが出来れば大学にも行きたかったな、と言っていたのも確かな話。

 レジェンドの消える前に、公式戦で対戦したい。

 そういう気持ちで直史と対戦し、おおよそは抑えられている。


 ただ武史に関しては、パワーピッチャーだけあって、衰えがはっきりとしている。

 今年も160km/hを投げていたが、むしろムービング系の球の球速が落ちているだろうか。

 それでも援護の少ないスターズで、しっかりと貯金を作っていた。

 来年は果たしてどうなるのかな、と考える昇馬。

 しかしまずはタイタンズのことを考える。


 結局タイタンズが勝ち進んできたら、そのまま戦うだけだろう。

 普通にジャガースが勝てそうだが、司朗もまた大介などと同じく、クラッチヒッターである。

 甘く見ていたら負けるかもしれない、という程度の危機感はある。

 だが高校時代の対戦があるので、他の2チームほど新鮮というわけではない。

 タイタンズも今年、かなり悟が衰えていった。

 年齢的に言えば、直史たちよりも三つも年下であるのだが。




 超一流の上澄みのみが、40代まで戦えるのだ。

 中には安定して40代まで、パフォーマンスを保てる選手もいるが。

 遺伝子的に老化が早い、という人間もいる。

 そういった人間は遺伝子的に不利で、なんだか自然に淘汰されそうな気もする。

 だがなんらかの理由があって、上手く生き伸びてきたのである。

 遺伝子の不思議だ。


 ジャガースにも30代後半の選手はいる。

 だが40代ともなると、選手というよりはむしろ、半分はコーチに足を突っ込んでいる。

 兼任選手、というパターンが多くなってくる。

 実は直史も建前上、そういうことになってはいた。

 ピッチャーへのコーチングは、なかなか個性があるので難しい。


 直史は力ではなく、技術で投げている。

 もちろん150km/hオーバーを投げていたこともあるので、力を引き出す技術もあるのだが。

 基本的には変化球投手なので、肘などに与える影響が大きい。

 普通のピッチャーは人によって、変化球の向き不向きがあるのだ。

 それでも直史は、ストレートでストライクを取れるようには、指導することが出来る。


 木津などはあれは、最低限のコントロールを持っているだけである。

 コースの設定はおおよそ、高めかそれ以外というものしかない。

 だが木津のタイプのピッチャーは、高めに強いストレートを投げれば、それで空振りが奪えるのだ。

 130km/hしか出ないストレートで、一軍で通用している。

 こういったピッチャーは絶対に、プロでも必要なのだ。


 メジャーでは当たり前だが、出来るだけ効率を考えて、ピッチャーは育成する。

 だがその効率というのが、画一的な育て方にならないか。

 実はそのあたり、トレンドの流行によって変わるのだ。

 今はスピード全盛の時代と言える。

 もっともそれで故障が多くなると、また何かを考えなければいけないが。


 直史の存在は、歴史的な意義もあるのだ。

 155km/hも投げずに、毎年サイ・ヤング賞を取っていたピッチャー。

 だがサイ・ヤング賞などよりも偉大なのは、何度もパーフェクトを達成していることだ。

 ただパーフェクトを達成した選手というのは、それほどパーフェクトを達成しているわけではない。

 そういうピッチャーもいるが、そもそもパーフェクトとノーヒットノーランとの間に、大きな壁がある。

 それなりにフォアボールも出すピッチャーの方が、ノーヒットノーランは狙いやすいなどとも言われる。

 同時にこういったピッチャーは、奪三振も多いのだ。


 直史の場合は、運がいいということは間違いない。

 だが運がいいというだけで、これは片付けていい問題なのか。

 優れたキャッチャーの存在や、バックの守備力もある。

 しかしメジャーのパーフェクトの一覧を見ると、よく分からない名前も普通に混じっているのだ。




 チームバランスを考えると、福岡と北海道の場合、やや福岡の方が年齢が高い。

 だがベテランが故障した時などは、すぐに若手から新し選手が出てきて、穴を埋めるのだ。

 福岡にももちろん、主力となる選手はいる。 

 しかしそれでも、一人当たりの選手が、チームの勝敗を左右する、というのは少ないのである。

 その代替選手の層の厚さが、福岡の強さの源泉であろうか。


 北海道との第二戦は、やや運が北海道に偏った場面が多かった。

 それでもちゃんと終盤まで、追い上げていくのが福岡である。

 負けている場面でもしっかりと、強い選手を投入できる。

 このあたり福岡が、逆転の多いチームになる理由であろう。

 ライガースのように打線の爆発が、急に来るチームもあるのだが。


 北海道の強さは、地味に守備にあるかもしれない。

 ただ数年をかけて、選手を育成していった、というのはあるだろう。

 現在の監督ではないが、好調の流れに入る時に、まず一年目は優勝は出来ない、などという台詞もあったものだ。

 もっとも二年目から数字が上がってきて、普通に優勝もしたものだが。


 福岡と北海道では、選手の獲得と育成の仕方が、完全に違うのである。

 特に北海道の場合は、かつての貧乏時代から、育成のノウハウが残っている。

 希望していたチームを広言していても、一番の素材を取りに行く。

 それでまあ後のメジャーリーガーを獲得したりしているので、それはそれで間違いではないのだろう。


 二戦目には北海道が勝利している。

 ただ昇馬はこれを、後から録画で見たものである。

 中浜が打つのかな、と思ったが打てていない。

 一年目の選手というのは、やはりポストシーズンでは勝ちにくいものなのか。

 もっとも中浜などは、あの一発勝負のトーナメントで、しっかりと勝ち上がったチームの主力であったが。


 高校時代はあくまでも、ピッチャーとして有名であった。

 あの高身長からならば、投げられるボールの軌道が変わってくる。

 ただプロではまだ、球速の絶対値が違ったものだ。

 見るからに体に厚みが少ないが、しかしバッティングはそれでも開花している。

 本質的にはバッターの才能が上回っていたのかもしれない。

 このポストシーズンで打てないのなら、また適性を考える必要はあるだろう。


 昇馬はようやく19歳になろうとしている。

 その昇馬と同じく、中浜も18歳なのだ。

 本当の才能の資質は、これから先に出てくるものだろう。

 果てはメジャーの選手にでもなるのか。

 今はとりあえず、一年目から結果を出した新人にすぎないのだ。

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