第197話 夢の戦い
セではタイタンズが優勝を決めた。
そこから残りの試合も消化され、パの順位に無関係な試合も終了する。
個人タイトルは決まった。
ピッチャーとしては昇馬は、投手三冠を達成。
勝率と完投数を足すならば、投手五冠を達成と言われた。
つまるところ先発ピッチャーのタイトルは、全て取ったわけである。
意外と最後の試合、勝ちがつかなくて40勝に届かないのでは、とも心配されていた。
だが結局は杞憂であり、40-40の達成。
打撃タイトルはさすがに、打席数の少なさからホームラン王と打点王は取れない。
それでも40本の127打点は、トップ5に入っている。
打率は0.355の出塁率は0.514でタイトル確定。
この年の選手の中で、当然ながら最も多くのタイトルを獲得したこととなった。
他の記録だと盗塁32個で、トリプルスリーを達成。
投手記録も見ていけば、かなりその数字の異常さが分かる。
43登板42先発40勝1敗。
完投27試合、完封20試合と、かなり直史の完封記録に迫っていた。
防御率0.45で593奪三振。
この奪三振の記録は、おそらく本人以外では、破ることは出来ないであろう。
もしもセに行っていれば、打撃記録はもっと下がっていただろう。
完全にピッチャーとしてしか、使ってもらえなかった可能性は高い。
またもしもセに行っていれば、最優秀防御率のタイトルは、直史に奪われていた。
首位打者にしても両リーグを通じてであれば、三位にまで落ちてくる。
だがOPSは1.329と、司朗よりも高かったりする。
それぞれの数字を見ても化け物であるが、一人でやっているのだからもう終末の獣めいている。
本人は少し不愛想で、マスコミに非協力的だが、今はそれが許される時代だ。
下手に誹謗中傷をすると、伯父がいそいそと準備をしだす。
たった一人でチームを優勝させる。
直史も優勝請負人と言われたことはあるが、ちゃんとそれなりに、プロに入ってからも優勝できなかったことはあるのだ。
昇馬の場合も直史と同じく、自分が投げられなくなった試合で、高校時代は負けている。
「プロはさすがだよな。俺の球をホームランにするし、負け試合まで経験させてくれるんだから」
昇馬はこんなことを言っているが、他の人間が言えば「何を言っているんだこいつは」というところになるだろうか。
確かに直史にしても、今年は打たれてはいないものの、普通にシーズンに一本ぐらいは、ホームランは打たれるのだ。
もっとも一本も打たれていないシーズンも、しっかりとあったりする。
昇馬は今年、43試合で七本のホームランを打たれている。
意外と打たれているなと見るか、それともこれだけ投げてこれだけなのか、と判断するのはどの基準にすべきか。
レギュラーシーズンが終わった後、クライマックスシリーズが始まるまでには時間がある。
この間にタイトルを取った選手は、記者会見などを行う。
MVPや新人王と違って、タイトルは明白に数字で分かるものだ。
ジャガースは昇馬一人で、おおよそのタイトルを独占した。
もっともリリーフピッチャーのタイトルなら、他の選手にもチャンスはあるはずだが。
普段からやや不愛想に見えるが、話しかければ普通に話せる。
俊敏な大型肉食獣に見えるが、実のところは雑食。
ただ草食でないことは確かだ。
多くの人々が勘違いするが、草食動物の中には、肉食動物よりも危険な存在がいる。
サイやカバの体重を考えれば、フィジカル=危険と分かるだろう。
実際にカバを舐めて、アフリカで死亡する人間は多い。
この記者会見にしても、昇馬は特に何も考えていなかった。
自分は特に感想がないのだから、相手の質問に答えるのみ。
「投手と野手のタイトルを複数獲得するというのは、歴史的な快挙ですが、一言お願いします」
「ええ……メジャーの歴史とか古いから、探せば一人ぐらいいるんじゃないですか?」
いねーよ。
それにいたとしても、今の時代では出来ない。
「平成以降では初めてというか、史上三人目の40勝を記録したわけですが、それについては」
いやいや、違う。
不勉強な野球専門ではないマスコミの質問に対し、周囲は白い眼を向ける。
まあ今の2リーグ制になってからなら、それでも間違いではないのだが。
昇馬はさすがに、シーズン記録が42勝であることは知っていた。
周囲がうるさかったので、それは分かっているのだ。
「メジャーなんかは昔、シーズン70勝してるピッチャーもいるし」
「いや、それは時代が違うので、さすがにちょっと……」
昇馬は果たして、韜晦しているのであろうか。
単純に本人の思考が、不思議ちゃんに見えてきたりする。
ただ昇馬は、普通に思うことを言う。
「左右で投げてこの数ですし、もし片方だけなら20勝ぐらいですか。これから左右両投げの選手が出てきたら、また更新されるかもしれませんね」
そんなわけねーだろ。
いや、そういうことが聞きたいわけではないのだが。
左右の両方から160km/hオーバーを投げられる選手が出てくる確率。
もっとも陸上の100m走などは、ウサイン・ボルトの記録が破られそうになかったりする。
女子の記録もずっと破られていないが、あれはちょっと曰くつきになっている。
上手くコメントが拾えない。
「タイトルを取った喜びの感想などをお願いします」
「喜び、ですか? まあこれからポストシーズンが始まるので、個人成績でいい気にならないように考えています」
これは一応優等生の回答なのか?
しかしあまりにも感情が欠落している。
こういった記者会見を、マスコミは既に経験している。
直史がだいたい、こういった感じなのである。
大介の場合も、タイトルにはさほど興味がなさそうなことを言う。
だが今年も頑張ったな、という程度のことは言うのだ。
環境が悪かった。
昇馬のピッチャーとしての理想は、直史のようなものである。
なので表面的にも、韜晦した態度が似ていたりする。
もっとも昇馬は本当に、天然気質なところもある。
ここで重要なのは、まだ先があるので、喜んでいる場合ではない、ということなのだが。
交流戦での対決はあった。
だが一試合だけで、判断することなど出来ない。
それにレギュラーシーズンとポストシーズンでは、戦い方が違う。
高校野球であれば、練習試合と本番のトーナメントほど、試合の価値が違うのだ。
一発勝負のトーナメントに比べれば、まだマシだと言えるかもしれないが。
マスコミは昇馬を叩くのは難しい。
明らかな失言などがあれば、さすがに別であろうが。
野球という日本における、巨大IPの中で出てきた、レジェンドの後継者。
前年の司朗も大物であったが、超大物として一年目から活躍。
司朗と違ってアンチが少ない球団なのも良かったかもしれない。
またパに進んだのは、そのプレイスタイルを考えると、完全に成功であった。
昇馬は子供からのサインの要求に対しては、基本的に断らない。
もしもその時点ではもう時間がなくても、球団広報から届けるように、しっかりと仕事をしている。
そう、そういった部分が仕事である、という意識があるのだ。
プロというのは単純に、実力があるだけではいけない。
その実力でもって、何をしているかが重要なのだ。
だが個人の資質としては、そういったことを面倒と思っているのも嘘ではない。
だから引退するとしたら、故障や衰えなどではなく、野球に関わるのが面倒になってから、という理由になるだろう。
人間は自分の好きなことではなく、自分の出来ることで生きていく方が幸福になれる。
昇馬の場合はそれが、野球ばかりとは限らない。
大介などと違い、好きでやりたくて、しかも通用したというわけではないのだ。
高卒からプロ入りしたのは、強敵が本格的に、衰える前に戦いたかったからだ。
その点では司朗のことを、うらやましいと思っている。
セでピッチャーとして、大介と対決する。
また直史と投げ合った時など、どういった結果になったであろうか。
もちろんそういった、仮定には意味がないものである。
しかし日本シリーズで、戦う機会が訪れている。
これでタイタンズが勝ち残れば、少し拍子抜けしてしまうだろうが。
それでも世代交代の波と考えれば、むしろ相応しい対決になるだろう。
いつまでも親の世代が頑張っているのは、健全なものではない。
永遠の野球少年として、打ち続けているように思われていた大介。
その成績も本当に、わずかながら落ちてきたのだ。
バッターの加齢による衰えは、一気にくる場合が多い。
来年も果たして、昇馬と戦えるレベルにあるのか。
そう考えると下剋上を起こして、セの代表として日本シリーズに進出してほしい。
42試合に先発した昇馬だが、目に見える疲労はなかった。
それでも右肘に、軽い炎症はあったのだ。
上手く投げることで、どうにか今後も使っていきたい。
もっともバッターとしても使えるので、完全にサウスポーをメインにしながら、バッターによって右を使うというのでもいいだろう。
おそらく量ではなく質を考えたら、それが一番結果が良くなる。
他のピッチャーならば、それは貢献度が大きく減る。
だが昇馬ならば、バッティングでも期待できるのだ。
チーム状況によって、あるいはチーム状態によって、起用法を変える。
優勝するためならば、それが最適なのである。
しかしここにフロントの思惑が絡んでくる。
昇馬はその入団時の契約から、早期のポスティングを求めると思われている。
実際のところはそういうわけでもないのだが、結果としてそうなることは明らかだと推測できる。
昇馬がいる間に、全力でその広告価値を使うべきだ。
まずは来年は、ピッチャーの記録を破ってもらうことを、考えていくのである。
シーズン最多勝は、昭和の終わりごろにはもう、絶対に更新不可能と考えられていた。
年間無敗を誇った上杉や直史であっても、30勝には到達しなかったのだ。
そもそもあの時代は、エースが先発だけをやっていたわけでもない。
リリーフで出て勝利をもぎ取る、という形で勝ち星を加えていった。
稲尾和久の記録を元に見てみると、42勝を記録したシーズン、先発として出場したのは30試合。
だが登板数は78試合となっているのだ。
イニング数も404と昇馬を完全に上回る。
こんな使われ方をしたから、全盛期が短かったのだろう。
昇馬が単純に、最多勝だけを考えるなら、起用法は決まってくる。
左で先発をさせて、右でリリーフをさせるのだ。
同点の状態で出していけば、かなりの確率で勝ち投手になれる。
左ではおそらく、25勝ぐらいまでは達するだろう。
ただこれをやっていくと、バッターとして使うのが難しい。
また明らかな使いすぎで、首脳陣が叩かれることは間違いない。
先発だけが基本である。
もちろんレギュラーシーズン終盤、優勝争いにもつれ込まれれば、それも変わってくるだろうが。
昇馬は肩を作るのが比較的早いが、準備投球だけでどうにかなるものではない。
だから40勝目のように、あえてボール球で肩を作ったのだ。
昇馬は化け物であるが、現実に存在する肉体である。
準備もせずにリリーフとして、マウンドに行くのはどうなのか。
それこそ昭和の無茶な時代には、そういうことも普通にあった。
また昇馬であれば、完全な状態でなくても、相手を抑えることが出来る。
事実であるかもしれないが、それは万全の状態で投げない、という意味でもある。
既に現時点で、昇馬は無茶な起用のされ方をしている。
だが準備はしっかりとしているのは間違いないのだ。
このリリーフとしても運用というのは、あるいはフロントの中でも、野球を分かっていない人間が考えたものか。
実際にジャガースの首脳陣は、そんな運用は考えていなかった。
レギュラーシーズンにおいては。
ここからのポストシーズン、日本一のためならば、ある程度の無茶はしていく。
メジャーなどでもポストシーズンになると、ピッチャーの球数制限などが、無視される傾向がある。
ワールドチャンピオンを狙って、本当に全力で戦いにいくのだ。
だが昇馬の場合、やはり先発として、左右を両方使っていくのが正しい。
他の試合では、バッターとして機能する。
だがセの本拠地での試合では、DHは使われない。
交流戦で使って、四番ピッチャーの実績がある。
また外野としても、充分に機能する。
首脳陣はとにかく、昇馬の運用法だけに悩んでいるのであった。
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