第3話 サインはV

 ジャガースはフロントから現場まで、首脳陣は足元が浮わついている。

 分かっていたつもりだが、昇馬の規格外の性能に、GMなども夢中になっている。

 おっさんに夢中になられても、困ると思っているのが昇馬である。

 孤高の存在である昇馬は、ある意味ではおっさんたらしの面もある。

 器が大きいと言うか、人間社会の器を持っていない、と言うべきであろうか。

 毎日のように負荷の高いメニューをしても、全く弱音を吐くことはない。

 だがマイペースであることは、間違いのない昇馬である。


「あんな感じで高校時代もやってたのか?」

 こちらも相当のマイペースなアルトに、コーチ陣から質問があったりする。

「伯父さんと同じような調整らしいですよ」

 どちらの伯父さんであっても、あまり参考になるものではない。

 ただ規格外の存在を、無理に規格に当てはめてしまうことは、無理だとは分かってしまう。

 ジャガースは過去に、ある意味では相当の問題児である、蓮池などもちゃんと戦力化しているのだ。

 若手を好きにやらせるという点では、上手くコントロールしているのだ。


 ちなみにかなり優等生と思われそうな、上杉正也や悟にしても、実は扱いは相当に難しかった。

 プロのメニューよりも絶対に、自分のやっていたことの方が正しいと、信じていたからだ。

 そして実際にそれで、結果も残していたのであるから。

「勢いだけは確かにありそうだ」

 ジャガースの監督の河原は、特に若いことにはキャッチャーとして、チームを日本一に三回導いている。

 ベストナインなどにも、その時に三度選ばれた。

 ベテランになってからも安定した成績を残して、隔年ぐらいの頻度でオールスターにも出た。

 珍しくもと言っていいかもしれないが、ジャガースでキャリアを終えて、キャリアの終盤はコーチを兼任していた。


 正也や蓮池のようなピッチャーだけではなく、アレクや悟のような野手でも、高卒で新人王を取っていた時代。

 あの頃は若手の勢いを活かせば、上手くシーズンのチャンピオンになれていたのだ。

 ただ同時に、あの頃は上杉のスターズと大介のライガースが全盛期でもあった時代。

 パのチームがあまり、日本シリーズを勝てなかった時代でもある。

 最近の選手はあの頃のようなでたらめさがないな、などと老害的な考えもする。

 だが昇馬とアルトのプレイを見ていると、これは日本一取れちゃうな、とも思うのだ。


 野球というスポーツは偶然性が高い。

 そして若いチームというのは、勢いがあったりする。

 もっとも同時に、若いチームは勢いが落ちた時、連敗が続いてしまったりもする。

 昇馬が投げる試合であれば、おおよそ勝ってしまうとは考えられる。

 だが昇馬と同じレベルか、それ以上とも言えた上杉や武史も、年に数回は負けているシーズンがほとんどなのだ。

 上杉は一年目に19勝0敗、七年目に26勝0敗と、2シーズンで無敗記録を作っている。

 武史も一年目に22勝0敗、MLB移籍後の七年目に26勝0敗という、2シーズンを無敗で通している。

 直史はレギュラーシーズンは一度も負けていないが、先発したものの勝ち星がつかなかった試合はある。

 それを考えれば昇馬も、一年目から上手く使えると、安易に考えていてはいけない。


 パ・リーグはセ・リーグと違いピッチャーがバッティングをしない。

 つまりそれだけ、抑えるのが難しい打線なのだ。

 怪物であることは認めつつも、20勝4敗ぐらいと考えておいていいだろう。

 リリーフをどう使っていくか、また打線の援護がどうあるかで、ピッチャーの成績は上下するものだ。

 それでもクライマックスシリーズの進出となるAクラス入り、そしてクライマックスシリーズで勝ち抜いての日本シリーズ進出。

 そのあたりは左右両投げの昇馬を使えば、なんとかなりそうな気もする。




 短期決戦はピッチャーの強いチームが勝つ。

 そのエースに無理をしてもらう、という前提があるが。

 MLBでも球数制限は、相当に厳しく行っているが、ポストシーズンでは無茶をさせることが多い。

 そのためワールドシリーズを優勝したチームのエースが、大型契約でも次のシーズンから成績を落とすというのはよくあることだ。

 MLBはNPBよりもさらに、ポストシーズンの試合数が多い。

 100球制限も解禁されて、かなり消耗したのである。


 直史としてもMLB時代には、負けた試合が一つあるが、それはワールドシリーズの最終戦で、14イニングも投げた末のことだ。

 昇馬は高校時代、公式戦で120球ぐらいならば普通に投げている。

 一番球数が多くなったのは、桜印相手に延長に突入した試合だ。

 球威は落ちなかったが、ここで球数が多くなってしまい、残りの試合に投げることが出来ず、帝都一に負けてしまったという過去がある。

 せめてあの時、右と左で投げる球数制限が違っていたら。

 プロになれば球数制限は、ルール上では存在しない。

 もっとも国際大会などでは、しっかりと制限があったりする。


 昇馬はキャンプまでの自主トレ期間、毎日100球を左右で投げていた。

 もちろん肩を作るまでには、それ以上に投げている。

 およそ週に一度は休みとなって、何をしようかという話になる。

 このあたりは田舎という表現は違うだろうが、アクセスに不便なところはある。

 そして新人選手の中には、東京出身がそれなりにいたりする。


 どうせならもっと田舎がよかった、というのが昇馬の感想である。

 せっかく罠猟免許も取ったのだが、あれは千葉県でしか通用しないものだ。

 都道府県ごとに、そういった免許は別になっている。

 もっともこの周辺では、キツネやタヌキといったレベルの生物はともかく、猪や鹿は生息していない。

「キョン狩りしてえ」

 昨今の房総半島から、どんどん北へと被害を増やしている外来種。

 可食部は少ないのだが、その分高級食材であったりする。


 昇馬のこういった面は、かなり他の選手とは、違いとして見られてしまう。

 実際に価値観などが違うのだから、それは仕方がないだろう。

 また身体能力に関しても、昇馬は圧倒的に違う。

 アルトも含めて新入団選手だけではなく、若手の選手を含めても、昇馬は頭一つ抜けているのだ。

 このあたりの同じチームにおける、実力差の問題。

 勝てないと感じてしまっても、昇馬は幸いピッチャーだ。

 一人だけでチームを優勝させることは出来ない。




 ジャガースは一応、DHに助っ人外国人を持ってきている。

 ただその外国人より、明らかに昇馬の方がパワーは上であった。

 あとはパワーだけではなく、バッティングの技術はどうなのか。

 その点では昇馬は、多少の技術差などは関係なく、パワーでボールを運んでしまう。

 既にパワーだけならメジャー級、と言われているのが投打における評価である。


 ピッチャーとしてはあまり、短い間隔で使いすぎるのも怖い。

 だが投げない時に、どうやってバッターとして使うべきか。

 そもそもあの父親の息子なのだから、遺伝子的にはバッティング優位でもおかしくない。

 大介も右で打てないことはないが、昇馬は両方で同じように打てる。

 そういうバッターがいると、相手のピッチャーによって、使うかどうかを決めることが出来る。


 バッティング練習に、他のメニューを全て終えて、しれっと紛れている昇馬のバッティング。

 あとは外野のシャトルランなどに、さりげなく混じっていたりもする。

 アマチュアとプロの最大の違いは、基礎体力だと言われている。

 だが昇馬の基礎体力は、新人ばかりではない若手の中でも、圧倒的なトップであるのだった。

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