Ep,19 エライのはあなた

 連合軍の大部隊が綺麗に整列している。

 その前に立つのはアイザックの爺さんだ。


「あ~、お前ら! わざわざこんな北部まで連れてきといてなんだけどよォ……ここはお前らが命を賭けるに値する戦場じゃなかった!! 引き上げるぞォ!!!」


 ガシッ!! と全員の敬礼の音が見事に重なり合う。

 撤退も整然としたもんだ。無駄口叩いてる奴は一人もいやしねえ。

 砂煙を上げて去っていく大軍を俺とランディは物陰にコソコソ隠れながら窺っていた。


「お前があの青年と戦う少し前にアイザック元帥に聞いたんだが……」


 ふと、ランディが漏らした。


「あのコーガという青年はお前に憧れて剣を学び始めたんだそうだ」


「そいつはご愁傷様だ。人を見る目は養ったほうがいいっていい教訓になったんじゃねえのか」


 俺がそう言って肩をすくめるとランディが苦笑する。

 一瞬あの土下座の後のコーガの泣きそうな顔を思い出す。


「あの青年も……いつか気付くさ。今日の戦いの本当の勝者は誰だったのか。強さとは何なのかという事にな」


 俺は……答えなかった。

 ただ黙ったまま地平の彼方へ消えていく軍勢を静かに見つめ続けていた。


 ───────────────────────────────


 そして……なんとかミッションをやり遂げた俺とランディは皆の待つ城へ帰ってきた。


 ……はーぁ、流石にくたびれたぜ。

 精神的には過去イチ消耗したかもしれねえ。

 大戦の時代にだってここまで重たいもの背負って出撃してった事はなかったしな……。


「ガハハ、大した奴らだ。ワシは信じておったぞ」


 拍手で出迎えてくれるパルギオンのおっさん。

 信じてくれてた割には奴の足元には持ち出せる状態にした荷物がいくつも置かれている。


「なんだかんだでウォードならどうにかしてくると思ってたニャ。普段アレだけどこういう局所では刺さる男ニャンね」


 ……普段アレは余計ですよガイ子さん。

 大きい窓枠に寝そべりのんびり日差しを浴びている裂壊星。


 他の連中も思い思いに賞賛とねぎらいの言葉をくれる。

 そんな中でただ一人、エンデだけはどこか浮かない表情をしているのが気になった。


 ───────────────────────────────


 夜になって城はどんちゃん騒ぎになった。

 俺たちの生還と城の無事を祝ってパーティーが催されたのだ。

 滅多にない宴に俺らもテンションが上がって深夜まで飲めや歌えやの大騒ぎが繰り広げられた。


 そして今、明かりの落ちた広間は静まり返っている。

 たまに聞こえてくるのは複数の寝息と寝言だ。

 どいつもこいつも皆酔い潰れてひっくり返ってやがる。

 そんな中、俺は一人バルコニーへ出て真上のお月様を見上げていた。


 石造りの柵に背を預けている俺。

 夜風は涼しくて気分がいい。


「……ウォード」


 呼ばれてそっちを見ると、そこには月光に照らされたエンデが立っていた。

 呼んどいて何かを話し始めるでもない彼女が俺の横に立つ。

 そんで二人無言でしばし空を見上げる。


 それはそれで心地の良い時間ではあったが、やがて俺の方が気恥ずかしさに耐えられなくなってきた。


「いやぁ、ほんとお前にも見せてやりたかったぜ。俺が舌鋒鋭く爺さんを論破して軍勢を追い払ったシーンをさぁ」


「カッコつけなくていいわよ。何があったのかはメルから報告を受けてる」


 ……おおぅ。

 何ということでしょう。

 俺の無様な命乞いはエンデに筒抜けだった。

 メルデュールは帰したつもりだったんだが留まって全てを見届けていたようだ。


 エンデが俺の上着の裾を小さく掴む。

 彼女にしては珍しい弱々しい仕草だ。

 見ればエンデは少し辛そうに視線を伏せている。


「……ごめんね」


「おん?」


 突然の謝罪。

 戸惑う俺。


「私たちのためにあんたが泥をかぶったんでしょう?」


「…………………」


 ……泥をかぶった、か。

 そいつぁ、ちょっと違うんだ。


「住人を逃がすなって言ったのも私の顔を潰さないようにでしょ?」


 そっちは正解だ。

 何だ読まれてたのかよ。

 エンデがあんだけ頑張って皆の面倒見てるんだ。街にいる連中にはなるべく不安な思いはさせたくねえ。

 こいつが頑張ってるから皆が平穏にやってけるって、そこが崩れるのが嫌だった。


「あのよ。そこは『ゴメン』じゃねえだろ。『よくやった』つってくれよな」


 気恥ずかしさからエンデから視線を逸らして俺は言う。


「泥かぶったってのもよ……お前忘れちまったのかよ。自分が俺を拾った時、俺がどんな有様だったのか」

「…………………」


 かぶるも何も俺はとっくの昔に泥まみれだ。

 そんな状況に追い込まれたのは他の誰のせいでもねえ。自分のせいでな。


「お前に拾われるまで俺は生きながら死んでるようなもんだった。何もしねえでただ毎日を無意味に過ごしてよ。お前に拾われて俺はようやく息を吹き返したんだ」


 エンデの肩に俺は恐る恐る右手を置いた。

 彼女は……動かない。黙って俺の顔を見てる。


「今回俺がやった事なんてなんでもねえよ。それでもお前が俺が何かしたっつってくれるんなら、それはそのままお前の功績だ。偉かったのは俺を拾ったお前だよ。いつもみてーによ……胸張って偉そうにしていいんだぜ?」


「何よそれ。私いつもそんなに偉そうにしてる?」


 文句を言いつつもどこか嬉しそうに微笑むエンデであった。


 ───────────────────────────────


 朝が来た。


 昨晩は俺も結局部屋には戻らずホールの長椅子で眠った。

 体のあちこちがちょい痛えが寝覚めは悪くはない。


 大欠伸をかましつつ伸びなどしていると……。


「……おはよう」


 今一つ覇気のない声がする。

 ランディオスだ。


「おっす。なんだよしょぼくれたツラしてんな。昨日の酒が残ってんのか?」


 ランディは酒にはかなり強いはずなんだけどな。


「いや、そうじゃない」


 浮かない顔のままで首を横に振るランディ。


「その、すまなかった」


 ……かと思うと急に頭を下げてくる。


「昨夜の事なんだが、何となく目が覚めて……その、お前とエンデビュートのやり取りを聞いてしまった」

「何だよ。あれ聞こえちまってたのかよ。ハハッ、気にすんなそんな事。すぐそばに皆いるとこで駄弁ってたんだからよ」


 多少照れ臭く思いながらも笑い飛ばす俺だが、ランディの顔色は悪くなる一方だ。


「その……前に手紙を出していて……。私はまさかお前とエンデがそういう関係なのだとは知らずに……。リアナ・ファータの姫君とお前が上手くいかなかった話を書いてしまっていて……」


 酷く狼狽しているランディオス。

 なんだなんだ? 言ってることが滅茶苦茶だぞ。


「? 何言ってんだお前? いいから落ち着いて話せ……」


 ……ドゴォォン!! ドゴォォォン!!!


 突如として響いた音と振動に俺の言葉が途切れる。

 誰かが城門をぶっ叩いてやがる。


「ウォードさぁーん!!! きっ、来ましたーぁ!!! 私ですぅー!!!!」


 ……なんか、どこか懐かしい女の声が聞こえるんだが?


 ランディを見ると失神寸前と言った有様で死人のような顔色で白目を剥いとる。


「お姫様にはフラれちゃったんですよねぇー!! ダメだったんですよねぇー!!!???」


 近所迷惑なバカでけー声で死ぬほど失礼なことを叫んでいやがるんだが?


「そ、それならっ!!! それなら!!! ま、また私がおソバを打ちますから……!!!」


 そこでついにランディオスが力尽きた。

 無双の元聖騎士団長は泡を吹いてその場に崩れ落ちていく。


「今度こそっ!! 私を…………お嫁さんにしてくださぁーいっっっっ!!!!」


 そして闇の城全てをビリビリと震わせながら聖女アニエスの大絶叫が響き渡ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る