第2話『孤独の始まり』




 放課後、僕は教室の机に突っ伏していた。


「悠真!」


 突然、明るい声が降ってくる。

 顔を上げると、目の前には綾音がいた。


 ポニーテールを揺らしながら、にこっと笑う。

「なあに?」とでも言ってほしいのか、期待するような顔で。


「なにさ」


 声をかけられた嬉しさを隠すように、素っ気なく返す。


「これ、聴いてみて!」


 綾音がスマホの画面を差し出してくる。そこには音楽アプリの再生画面が映っていた。


「最近ハマってるアーティストなんだ。めっちゃいい曲ばっかりでさ!」


 興奮気味にそう言うと、イヤホンを僕に差し出した。


 一瞬、迷う。


「ポップス?」

「うん! 歌詞がすごく前向きで、聴いてると元気が出るんだよね。メロディーもポップで、すごく心に響くの!」


 綾音は目を輝かせている。よほど気に入っているんだろう。


 でも、僕の好みとは真逆だった。


 僕が好きなのはハードロックやヘヴィメタル。

 重厚なギターサウンドと激しいドラムがぶつかり合う、攻撃的な音楽。

 綾音の言う「ポップで前向きな曲」は、その正反対だ。


 とはいえ、せっかく勧めてくれているんだから、一応聴いてみるか。

 イヤホンを片耳に装着し、再生ボタンを押す。


 ――軽やかなピアノのイントロ。

 ――澄んだ歌声。

 ――明るく弾むようなメロディー。


 そして、どこまでもポジティブな歌詞。


 ――こういうのか……


 僕は数十秒も聴かないうちに、そっとイヤホンを外した。


「どう?」


 期待に満ちた瞳が、僕を見つめている。


 言葉に詰まる。


 正直、微妙だった。でも、オブラートに包むのは苦手だ。


「……うーん」


 一瞬だけ迷ったが、結局、いつものように言葉を紡いでしまう。


「正直、微妙かな」


 綾音の笑顔が、少し曇る。


「どうして?」


「いや、音楽的に見ても特に目新しさはないし、メロディーも単調。歌詞もただポジティブな言葉を並べただけって感じで……。そもそも、技術的に考えたら、もっとすごいアーティストはたくさんいるし――」


 止まらなかった。

 いつもの癖で、ダラダラと否定的な意見を並べてしまった。


 綾音は黙って聞いていた。


 でも途中で――


「……なんで、そんなこと言うの?」


 小さく震える声が、僕の言葉を遮った。


 息をのむ。

 綾音が、涙を浮かべていた。


「私はこの曲が好きなの。すごく、すごく好きなの。だから悠真にも聴いてもらいたくて……なのに、悠真はそうやって、全部否定するんだね」


「いや、でも、事実を言っただけで――」


「もういい!」


 強く綾音が言い放つ。


「悠真とはもう話さない」


 心臓が跳ねた。


「え……?」

「私、ずっと悠真のそういうところ、気にしてなかったよ。でも……大好きなものまでそんな風に言われるのは、正直耐えられない」


 綾音は涙を拭い、きびすを返した。


 そしてポツリと呟く。


「……さよなら」


 そのまま自分のクラスへ帰って行った。

 僕はその背中を、ただ見つめることしかできなかった。


 ―― それ以来、綾音が僕に話しかけてくることはなくなった


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