第2話

 自宅アパートに到着すると一階に棲んでいて良かったと心から思った。二階まで階段を上がるのも億劫だった。ドアを開けながらすでに片手でズボンのチャックに手をかけている。靴を脱いで整えないまま部屋に行き、鞄をソファーに置いた。

 ポケットから袋を取り出し、ゆっくりとジッパーを開けた。自分の体温が袋の中に入った真美の髪の毛にも伝わり、人肌の温度を保っている。鼻を近づけてゆっくりと空気を吸い込んだ。甘く爽やかな匂いが脳を痺れさせる。店のシャンプーとリンスの匂いではあるが、そのなかに真美の皮脂の匂いが混じっているような気がする。本当は店のシャンプーとリンスなど混ぜずにありのままの匂いを嗅ぎたい。いや、と蓮人は唇を噛んだ。真美に抱きつき、そのまま鼻を頭皮に擦りつけたい。しかし、それは実質不可能に近かった。真美は結婚して子供もいる。一回りも年下の自分のことなどよく見ても可愛い弟くらいにしか思えないだろう。

 ズボンとパンツを降ろし、左手で袋を開けたまま鼻に密着させ、右手はすでに勃起して反り返る陰茎を握った。そのまま自慰行為に耽り、あっという間に絶頂に達すると、快感を押しのけて無力感が台頭してくる。真美の髪の毛を切った日の夜のルーティンとなっていた。

 ティッシュペーパーで陰茎の先に残った精子を拭き取ったあと、蓮人はパンツやズボンを脱いだまま押し入れのドアを開けた。中には簡易的なハンガーラックがあり、黒いジャケットやズボンをハンガーにかけていた。その奥に隠しているマネキンの頭部を両手でそっと抱えて、テーブルに置いた。

「やっと半分か……」

 蓮人の独り言は六畳のスクエア型のワンルームにこぼれ落ちた。初めて真美の切った髪の毛を家に持ち帰ってからこのマネキンに植え付け続けてきた。真美は胸元まで髪の毛が伸びるとショートボブにしたがることがあり、十センチ以上の髪の毛が大量に獲得できることがまれにある。その際の髪の毛もすべてボンドで貼り付けており、マネキンは真美のショートボブのような髪型に近かった。毛先は切りそろえて整えるものの、根元は歪でマネキンの白く艶やかなものが露わになっており、真美と似ても似つかない。そもそも、マネキンの顔立ちは洋風であり、腫れぼったい瞼を持つ真美とは似ても似つかわしくなかった。足りないところはすべて想像で補うしかなかった。

 二時間ほどかけて新たに入手した髪の毛を慎重にマネキンに張り付けていく。露わになった頭皮を少しでも埋め尽くすために張り付けては毛先を自然にするためにハサミでカットしていく。蓮人の唯一の趣味であり、自然とカット技術を磨くことができた。店長の恭介にも「年齢の割には成長が早い」と褒められており、将来的に、他店舗の店長を任せたいということも飲み会の席で言ってくれた。実力を認めてくれたことは喜ばしいことであったが、他店舗に行くとなると真美に会えなくなるので、母親を介護しているという適当な嘘を拵えて、極力今の店で働きたいと伝えていた。

 すべての髪の毛を貼り付け終えたあとには額に汗が浮かんでいた。腕で拭うと光に反射した汗が光っている。大渕はそのままソファーに座り二度目の自慰を始めた。それを終えたあとに立ち上がると、ソファーには尻からでた汗が濃い染みを作っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る