第6話
第1話:庭園の計画
「こちらが、拡張後の庭園の設計図です」
葉月が大きな図面を広げた。閉館後の図書館で、美咲、結城さん、そして館長が、その周りに集まっている。
「メインスペースは、もちろん月下美人の場所」葉月が図面を指さす。「そして、新しく子供向けの観察エリアと」
「読書スペースも設けるんですね」館長が頷く。
「はい。ベンチを配置して、野外図書コーナーとして」
美咲は図面に見入っていた。葉月が一晩中考えたという設計案。そこには、本と植物が調和する理想の空間が描かれている。
「あ、この部分は」美咲が気づく。「車椅子の方も利用しやすいスロープ」
「ええ」葉月の目が優しく輝いた。「母のことを考えて」
その時、チャイムが鳴った。
「失礼します」
さくらが、母と妹を伴って入ってきた。手には、たくさんの紙を抱えている。
「資料、持ってきました!」
「資料?」館長が首を傾げる。
「はい」さくらが得意げに広げる。「みんなが『こんな庭園があったらいいな』って書いてくれた絵です」
子供たちの描いた絵には、夢がいっぱい。本を読むスペース、花を観察する場所、そして星を見るための小さな展望台まで。
「素晴らしいわ」結城さんが感心したように見つめる。「利用者の声が、直接反映されているのね」
「これも、参考にさせていただきます」館長が穏やかに微笑んだ。
「それと」さくらの母が、控えめに一歩前に出た。「PTAからの提案なのですが」
「はい?」
「放課後の読書会や、園芸教室を開いていただけないかと」
美咲と葉月は顔を見合わせた。
「素敵なアイデアですね」美咲が声を弾ませる。「葉月、どう思いますか?」
「ええ」葉月が頷く。「母も、きっと喜ぶと思います」
図面の上に、みんなの想いが重なっていく。それは、まるで庭園の新しい物語が、一つずつ芽吹いていくよう。
「では」館長が立ち上がった。「工事は来月から。その間も、できる限り通常通りの開館を」
「はい!」全員で声を揃える。
窓の外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。明日から、また新しい一日が始まる。
その時、美咲のスマートフォンが振動した。優子さんからのメッセージ。
『設計図、拝見しました。素晴らしいわ。私も、早く訪れたくなりました』
葉月の横顔が、夕日に照らされて柔らかく輝いている。
第2話:雨上がりの光
梅雨の晴れ間、美咲は窓から外を眺めていた。工事が始まって二週間。屋上庭園の一部は立ち入り禁止になっているが、月下美人のエリアは変わらず、毎日の手入れが続けられている。
「美咲」
葉月が、雨具を手に近づいてきた。
「気になるところがあって」葉月は外を指さした。「新しい芽が」
二人で傘を差して屋上へ。雨上がりの空気が、みずみずしい。
「ここです」
葉月が指さす先に、確かに新しい芽。それも、今までに見たことのない場所から。
「工事の振動で、眠っていた種が」葉月が優しく芽に触れる。「目を覚ましたのかもしれません」
その時、階段から小さな足音が聞こえた。
「月村先生、葉月先生!」
さくらが、観察ノートを抱えて駆け上がってくる。
「走っちゃダメよ」美咲が注意する。「濡れて危ないから」
「ごめんなさい。でも」さくらが息を切らせながら言う。「見てください!」
開かれたノートには、工事開始からの日々の記録。新しい芽の位置も、細かく記されている。
「さくらちゃん、よく気がついたわね」
「うん!毎日、放課後に観察してるの」
葉月は静かに頷いた。「新しい命の誕生を、しっかり見守ってくれて」
その時、虹が空に架かった。
「きれい」さくらが目を輝かせる。
「そうね」美咲が微笑む。「まるで、祝福されているみたい」
葉月が、そっと美咲の手を握った。
「思い出す?」葉月の声が優しい。「私たちが出会った日も、雨上がりだった」
美咲は頬が熱くなるのを感じた。
「覚えてます。葉月が、雨の中で作業していて」
「二人とも、顔が赤いよ?」さくらが茶目っ気たっぷりに言う。
その時、工事現場から声が聞こえた。
「綾瀬さん、確認したいことが」
「はい、すぐに」
葉月が現場へ向かう後ろ姿を、美咲は見送った。
「月村先生」さくらが小声で言う。「葉月先生、毎日すごく頑張ってるよ」
「ええ」
「だって」さくらがノートを開く。「朝早くに来て、夜遅くまで。新しい庭園のこと、すっごく考えてるの」
美咲は、工事現場で図面を確認する葉月を見つめた。
「私も、もっと力になりたいな」
「なってますよ」さくらが元気に答えた。「だって、月村先生がいるから、葉月先生、いつも笑顔なんだもん」
虹の向こうで、新しい庭園の姿が、少しずつ形になっていく。
第3話:新しい仲間たち
夏の始まりを告げる雨が、図書館の窓を叩いていた。閉館間際、美咲は新しく届いた観葉植物の整理をしている。
「ここに置きますか?」葉月が、大きな鉢を抱えながら尋ねた。
「ええ。子供向けの読書コーナーのそば」
拡張工事の一環で、図書館の内部も少しずつ変化している。本棚の配置が変わり、新しい観葉植物が仲間入りした。
「綾瀬さん、月村さん」
館長が書類を手に近づいてきた。
「新しい職員の件なのですが」
二人は顔を見合わせた。庭園の拡張に伴い、スタッフの増員が決まっていたのだ。
「ええ、面接は」美咲が尋ねる。
「明日からです。それで」館長が意味深に微笑んだ。「お二人にも、同席をお願いしたくて」
「私たちが?」葉月が驚いた様子。
「ええ。特に園芸担当の方は、綾瀬さんと直接やり取りすることになりますから」
その時、大きな雷鳴が響いた。
「あ」美咲が窓の外を指さす。「月下美人の様子を」
「行ってきます」葉月が立ち上がる。
「待って、一緒に」
二人で階段を駆け上がると、土砂降りの雨が庭園を叩いていた。
「大丈夫?」
「ええ。支柱は」葉月が月下美人を確認する。「しっかり固定されてます」
その時、新しい芽に雨粒が直接当たっているのに気づいた。
「カバーを」
葉月が慌てて作業用の雨具を手に取る。美咲も手伝って、新芽を優しく覆う。
「ありがとう」葉月がほっとした表情を見せる。「あの、明日の面接」
「はい?」
「私、少し緊張して」葉月が言葉を選ぶように続けた。「今までは、一人で作業することが多くて」
美咲は、葉月の不安を理解した。チームで働くということへの戸惑い。
「大丈夫」美咲は葉月の手を取った。「葉月が教えてくれたように、私も最初は緊張してたんです。でも」
「でも?」
「新しい出会いは、いつも素敵な物語をくれる」
雨の音が、二人の言葉を優しく包んだ。
「そうですね」葉月が小さく微笑んだ。「母も、きっとそう言うはず」
新しい仲間を迎える準備。それは、この図書館の新しいページを開くことでもあった。
第4話:面接の朝
朝の図書館に、緊張感が漂っていた。今日は新しい職員の面接日。開館前から、美咲と葉月は資料の整理に追われている。
「志望者は全部で5名」館長が資料を広げた。「園芸担当が3名、司書が2名です」
美咲は履歴書に目を通す。20代から40代まで、経験も様々。
「緊張しますね」美咲が小声で葉月に話しかける。「私たちが面接する側だなんて」
「ええ」葉月も声を潜めた。「でも、この庭園をもっと素敵な場所にするために」
その時、さくらが駆け込んできた。制服姿で、両手に紙袋を抱えている。
「早く来すぎじゃない?」美咲が心配そうに声をかける。
「大丈夫!今日は朝練お休みだから」さくらが紙袋を差し出す。「これ、みんなで作ったの」
中には、手作りのクッキー。「新しい先生へ」というメッセージカードも添えられている。
「さくらちゃん」美咲が感動した様子で。
「図書館に来る子たちで話し合って」さくらが嬉しそうに説明する。「新しい先生にも、私たちの図書館のこと、好きになってほしいなって」
葉月は静かに頷いた。「ありがとう。きっと、喜んでくれると思います」
「あ、そうだ」さくらが思い出したように言う。「お母さんから預かった写真も」
封筒から出てきたのは、工事前の庭園の写真。子供たちが本を読んでいる様子、植物の観察をしている風景。
「これも、見せたいなって」
その時、館長が近づいてきた。
「もうすぐ、最初の方が」
三人は顔を見合わせた。緊張と期待が入り混じる空気。
「あ、私そろそろ学校に」さくらが立ち上がる。「頑張ってください!」
さくらが去った後、美咲は写真を手に取った。
「私たちの図書館」美咲が静かに言う。「いろんな人の想いが詰まってる」
「ええ」葉月も写真を覗き込む。「だからきっと」
チャイムが鳴った。最初の志望者の到着を告げる音。
「行きましょう」館長が立ち上がる。「新しい仲間との出会いに」
朝日が昇り、図書館に新しい物語が始まろうとしていた。
第5話:新しい仲間との出会い
「それでは、園田さん」館長が静かに面接室のドアを開けた。「どうぞお入りください」
入ってきたのは、30代前半の女性。エプロン姿で、両手に小さな鉢植えを持っている。
「おはようございます」園田さんが深々と頭を下げる。「本日は、このような機会を」
「その植物は?」葉月が思わず尋ねた。
「あ、はい」園田さんが鉢を差し出す。「私が育てているハーブです。図書館で、子供たちと一緒に観察できたらと思って」
美咲と葉月は顔を見合わせた。園田さんの目には、確かな情熱が宿っている。
「以前は、小学校で園芸クラブの顧問をされていたそうですね」館長が履歴書を見ながら。
「はい。子供たちと一緒に野菜を育てたり」園田さんの表情が明るくなる。「図書館でも、そんな体験の場を作れたらと」
面接は和やかな雰囲気で進んでいった。園田さんの経験、そして図書館への想いが、静かに部屋を満たしていく。
次は、司書志望の中村さん。50代の女性で、長年、学校図書館で働いていたという。
「私が思う図書館は」中村さんが穏やかに語り始める。「本と人、そして人と人が出会う場所です」
その言葉に、美咲は強く共感した。
面接が終わり、館長室で結果を検討する三人。
「園田さんと中村さん」館長が言う。「お二人とも、素晴らしい方でしたね」
「はい」美咲が頷く。「特に、子供たちとの関わり方について」
「母も、きっと喜ぶと思います」葉月が付け加えた。「園芸療法の経験もおありですし」
その時、さくらからメッセージが届いた。
『面接、終わりました?新しい先生、決まりましたか?』
「さくらちゃん、気になってるんですね」美咲が微笑む。
「では」館長が立ち上がった。「お二人に、採用通知を」
窓の外では、夏の日差しが庭園を照らしている。新しい芽は、すくすくと育ち始めていた。
「美咲」葉月が小声で呼びかけた。「私たちも、あんな風に」
「ええ」美咲は葉月の手を握った。「図書館の未来を、一緒に作っていきましょう」
新しい仲間を迎える準備が、静かに始まっていく。それは、この図書館の新しい章の始まりでもあった。
第6話:夏の始まり
「おはようございます」
いつもより早い朝。美咲が図書館に着くと、既に園田さんが庭園の手入れを始めていた。採用から一週間、彼女は毎朝、葉月と一緒に作業をしている。
「月村さん、早いですね」
園田さんがハーブの鉢を手に微笑んだ。エプロンには、子供たちからもらったという手作りの名札が付いている。
「新しい本が入荷したので」
「あ、園芸の絵本ですか?」
美咲は頷いた。園田さんの提案で、子供向けの園芸絵本コーナーを作ることになっていた。
「葉月は?」
「綾瀬さんなら、月下美人の様子を」
その時、階段から足音が聞こえた。中村さんが、本を抱えて降りてきた。
「おはよう」穏やかな声が響く。「今朝も賑やかですね」
確かに、図書館は少しずつ変わっていた。早朝から開かれる園芸教室、放課後の読書会。新しい試みが、日々の風景を彩っている。
「月村さん」中村さんが声をかけた。「さくらちゃんたちが、また新しい企画を」
「企画?」
「ええ。夏休みの自由研究チームを作りたいって」
美咲は思わず笑みがこぼれた。さくらの熱心さは、周りの子供たちにも影響を与えている。
「おはよう」
葉月が庭園から戻ってきた。髪に朝露が光っている。
「葉月、月下美人は?」
「順調です。それに」葉月の目が輝いた。「新しい芽も、また」
四人は顔を見合わせた。新しい命の誕生は、いつでも特別な喜びをもたらす。
「あの」園田さんが控えめに言った。「私からの提案なのですが」
「はい?」
「夏休み中、毎朝の観察会を」
「素敵ですね」中村さんが賛同する。「私も、関連する本を集めておきましょう」
その時、さくらが駆け込んできた。
「おはようございます!」
「走っちゃダメよ」全員が同時に注意する。
「ごめんなさい。でも」さくらが息を切らせながら言う。「大事なお知らせが」
手には、一枚のポスター。「夏休み特別企画:図書館で育てよう!私だけの物語」
「これ、みんなで考えたの」
美咲は、心が温かくなるのを感じた。新しい仲間が増え、図書館はより豊かな場所になっている。
窓の外では、朝日が庭園を照らし始めていた。新しい一日の始まり。それは、また新しい物語の一ページとなるはずだ。
第7話:夏の教室
「では、種を植える時は、このくらいの深さに」
園田さんの声が、図書館の一角に設けられた学習スペースに響く。十名ほどの子供たちが、真剣な表情で土と向き合っている。
「先生、これでいい?」
「私のも見て!」
子供たちの元気な声に、美咲は微笑みながら本の整理を続けた。夏休み特別企画「私の物語を育てよう」が始まって一週間。毎朝、このような光景が見られるようになっていた。
「月村さん」
中村さんが、関連書籍を抱えて近づいてきた。
「子供たちの自由研究、順調のようですね」
「ええ。特にさくらちゃんが」
さくらは、生徒たちのリーダー的存在になっていた。観察記録の取り方を教えたり、図書館の使い方を案内したり。
「あの、これを」
中村さんが一冊の本を差し出した。『植物観察と物語作り』という、珍しいタイトル。
「子供たちの感性を育むのに、良いかと」
その時、庭園から葉月の声が聞こえた。
「みなさん、こちらにも」
子供たちが、一斉に屋上へ向かう。今日は、月下美人の観察日だ。
「私も」美咲が立ち上がった。
階段を上がると、爽やかな風が頬を撫でた。葉月と園田さんが、月下美人の前で子供たちを迎えている。
「ほら、この新芽」葉月が優しく説明する。「一週間前より、こんなに大きくなりました」
子供たちが、一斉に観察ノートを広げる。スケッチを始める者、メモを取る者、写真を撮る者。それぞれの方法で、目の前の生命の記録を残していく。
「月村先生」さくらが呼びかけた。「私の妹も、来週から参加していい?」
「もちろんよ」
その時、館長が姿を見せた。
「皆さん、素晴らしい取り組みですね」
穏やかな声に、全員が振り返る。
「実は」館長が続けた。「町の教育委員会から、この企画に注目が」
「まさか」美咲が息を呑む。
「ええ。モデルケースとして、他の図書館にも」
子供たちの間から、小さな歓声が上がった。
「これも」館長が葉月と園田さんを見た。「お二人の熱心な指導のおかげです」
葉月が、少し照れたように俯く。園田さんも、嬉しそうに頷いている。
「それと」館長が付け加えた。「綾瀬さんのお母様も、来週から」
葉月の目が輝いた。優子さんの体調が安定し、予定通り図書館に来られることになったのだ。
夏の日差しが、庭園全体を優しく包んでいた。子供たちの声、植物の息吹、そして大人たちの穏やかな会話。
それは、まさに「本の森と命の森が出会う場所」の理想の形だった。
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