病院にて
――あの夜のことは、夢だと思った。
――だって、目を覚ましたら知らないベッドの上だったもの。
「……ん……」
ぱちくりとまばたきをしているうち、自分が病室のベッドに寝かされていると気づいた。
「あれ、ここ……よるじゃ、ない……」
おかしいな、俺はついさっきまで刹那と一緒に、命の危機に
やっぱり、
ぼんやりとした意識の中、少しだけ頭を動かすと、そばに刹那が立っているのが見えた。
「せつ、な……?」
ちょっとずつ戻りつつある感覚の中、こぼれた言葉を聞いた刹那の体が、わずかに揺れた。
「――よかった、久遠!」
そして刹那が、俺に抱き着いた。
「わわっ!?」
正直に言うと、俺はとても戸惑った。
だって、ここまで慌てた刹那の様子なんて、見たことがないんだから。
「ごめん、久遠……僕のせいで、こんな、こんな……!」
ただ、刹那の純粋な気持ちだけは、普段よりずっと伝わってきた。
長い前髪の切れ目から見える目元が、すっかり腫れているのを見るに、俺が眠っている間も泣き続けていたのかもしれない。
もしも目が覚めなかったらとか、怖いことをいっぱい考えてたのかな。
「もう二度と、あんな怖い目にあわせないから……きっと、きっと僕が、お兄ちゃんだから、僕が守るから……!」
だったら、そんな心配なんてしなくていい。
俺は刹那に感謝こそしていても、怒る理由も、嫌う理由もないんだから。
「……だいじょうぶだよ。せつなは、おれのために、つれてってくれたんでしょ?」
俺が刹那の肩に触れると、彼が顔を上げる。
「おれだって、やくそくする。せつなに、しんぱいなんてさせないって」
はっきりとそう告げると、刹那が深く頷いて、俺から静かに離れた。
そして目元に残った涙を拭っているうち、今度はどたばたと騒がしい音が聞こえてきた。
「目が覚めたのか、久遠!」
病室に飛び込んできたのは、俺の両親。
荒魂械討伐任務の時と同じスーツを纏った父・陽之助。
黒と桃色の派手なロングヘアーが目立つ、ヤンママっぽい見た目の母・
どちらも安堵と不安をごちゃまぜにしたような、何とも言えない顔をしてる。
「ああ、良かった……マジで良かったよ、久遠……!」
「親をこんなに不安にさせやがって、この大バカ野郎!」
父さんと母さんに抱きしめられると、俺はもう、刹那の時みたいなカッコいい言葉は絞り出せなかった。
だって、こっそり討伐任務について行って、めちゃくちゃをしでかしたんだから。
「……ごめん」
俺が謝ると、二人の険しい顔が少しばかり和らいだ。
「いいんだよ、久遠が無事だったなら他にはなんにもいらねーんだから! な、陽之助!」
「ああ、そうだな……と言いたいが、そうはいかないこともあるぞ」
ところが、母さんは化粧もちょっぴり崩れた顔で笑っているのに対して、父さんは少しばかり神妙な調子が残っている。
もしかすると、荒魂械討伐にこっそりついて行ったので、他の人に相当叱られたのかな。
「久遠、お前――何をしでかしたか、覚えてるか?」
父さんの口から出てきた問いかけは、俺にとって少し予想外だった。
「……おぼえてるよ」
二人が俺から離れて、三人がじっと見つめる中、俺は正直に答えた。
あの瞬間が仮に夢だったとしても、絶対に忘れるなんてできやしない。
エンコウって呼ばれた荒魂械が襲ってきて、刹那が不意打ちでやられて、どうにかしなきゃと思った瞬間。
俺はあの瞬間、間違いなく心臓の奥が焼けるように熱くなった。
「おれのからだから、なにかがでてきた。きっと『れいそう』で……おれはそれをつかって、あらかせをやっつけた」
荒魂械を一方的に倒す感覚は、霊装が飛び出てきたよりずっと鮮明だ。
徹底的に怪物の頭を叩き潰して、自分の力を知らしめてやりたい一心だった。
それは怪物相手だけじゃなく、自分を、遠巻きに家族をバカにしてきた連中も同じだ。
「でも、おれ……あそこまでやるつもりはなかった……!」
ただ、そんな感情は震えと共にかき消された。
崩れた廃墟を、自分が破壊した荒魂械を、おののく刹那の顔を思い出すと息が苦しくなる。
俺が振るった力は、いいや、俺が抱いた感情は間違いだったんだ。
「めちゃくちゃになるまで……みんな、ぶっつぶしてやるっておもって……!」
「落ち着け、久遠。ゆっくりと息をしろ」
父さんに言われるがまま、大きく息を吸い込み、大げさなほどの素振りで息を吐く。
しばらくすると、僕の背中をさすりながら、父さんが言った。
「記憶があるようなら、間違いない――お前は霊装を覚醒させたんだ」
霊装の覚醒。
そう聞いて、母さんも刹那も目を丸くした。
「覚醒って、嘘でしょ!? 刹那だって霊力を操れるけど、まだ霊装は発現できねーんだよ!?」
「俺だって信じられないな。三歳の子供が、ましてや霊力のない久遠が霊装を使うなんて、『協会』のボンクラどもに説明しても信じないだろうよ」
俺の背中から手を離して、父さんは話を続ける。
「ただ、久遠が自分の意志で発現できるなら話は別だ」
どうやら父さんは、俺の霊装をもう一度使うよう、言っているみたいだ。
「……こ、ここで、つかうの?」
「あぶないよ、父さん! あの時みたいに、久遠が大変なことになったら……」
「安心しろ。もしも久遠が何をしでかそうとしたって、俺がどうにかする。伊達に第二等級神祓師を名乗っちゃいないからな」
刹那は心配そうにしているけれど、父さんが保証してくれるなら、大丈夫かも。
何より、俺自身だって、自分がどんな力を持っているのか確かめたい。
いつまでも恐れてばかりで、何ができるかを知らないまま終わるなんて、嫌だから。
「……わかった」
あの廃墟の夜を思い出しながら、胸の奥に力を込める。
「んっ……!」
三歳児が入れられるだけの、ありったけの力を胸に入れると、また体が熱くなった。
病室の中に
今度は顔に装着されず、布団の上にことんと落ちたそれは、輝きを放つのをやめた。
まるで荒魂械の機械の顔のような鬼を模したお面と、俺の目が合った。
「……たまげたな。こいつは、俺も信じるほかなさそうだ」
「すげえよ、陽之助! マジでスゲーって!」
信じられないと言いたげな顔で俺とお面を交互に見る両親。
でも、今ばかりは二人や刹那よりも、俺の方が驚いていた。
「これが、おれのれいそう……」
神祓師の象徴にして、神祓師になるための絶対条件。
刹那ですらまだ発現させていない武器。
霊力ゼロの俺に、その力が宿っていると、ようやく実感がわいてきた。
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