霊力ゼロの”無能”に転生した俺、チート級装備の『仮面』と努力で世界最強に至る

いちまる

転生、選ばれたもの

 ――思えば、俺の人生は真っ黒に塗りつぶされていた。


 普通に生まれて、普通に育って、普通に入社した最初の会社がブラック企業。

 毎日のように使いつぶされ、人間性を否定する叱咤を浴びせられ、殴られ、蹴られ。

 ぐちゃぐちゃに汚れた家に帰ることすら許されず、くたくたになったシャツだけをどうにか替えて、また同じ日々を繰り返す。

 もういっそ、死んでしまった方がいいのではないかと、何度も思った。


 なのに、俺には死を自分で選ぶ勇気も権利もなかった。


 珍しく家に帰れた翌日、俺は出勤するために電車の列に並んでいた。

 憂鬱な気持ちで先頭に立つ俺の背中に、不意に温かいものを感じた。

 なんだろう、と軽くまさぐった手の先に感じたのは、べったりとこびりついた赤い液体とひりつく痛み――そして抜き取られた出刃包丁。


 あ、俺、刺されたのか。

 見ず知らずの誰かに、何の関係もないはずなのに。

 直感的にそう悟ったのと、駅のホームに倒れ込んだのはほぼ同時だった。


 包丁を振り回す男が「誰でもいいから殺させろ」「かかってこい」と喚くのを見ているうちに、俺の瞼がゆっくりと閉じてゆく。


 はあ、こんなところで俺の人生は終わるんだな。

 まあいいや、どうせこのまま生きていたって意味はないんだし。

 来世に期待……も、できやしないか。

 だって俺には何の才能もないし、何の価値もない。

 会社でずっと言われてたことだけど、やっと自分でも理解できたよ。


 だから俺は、ここで死ぬ運命なんだ。


 何の意味もなく、何の価値もなく、誰に必要ともされずに死ぬんだ。


 そんなくだらないことばかりが頭をよぎっているうち、俺は疲れて、目を閉じた――。









 そして、ゆっくりと目を開いた。

 うすぼんやりと網膜もうまくに映る光景は、さっきまでの駅のホームじゃない。

 ぱちくり、ともう一度まばたきをすると、自分がどこにいるのかを何となく把握できた。


 薄暗い、和室。

 ふすまがどこまでも続く、等間隔で置かれた赤い灯りだけが照らす部屋。

 しかも正座をしたまま俯いた人達が、おかしなほどずらりと並んでいる。

 なんだこりゃ、ホラーゲームのワンシーンのような奇怪な空間だ。


 俺はぐっと体を起こそうとしたけれど、体がちっともいうことを聞いてくれない。

 目に飛び込んでくるのは、赤ん坊や幼児のような小さな手ばかりだ。


 ――いいや、これは自分の手だ。

 だって、俺の思うようにぱたぱたと振られるんだから。


 自分がどうなってしまっているのか、何が起きているのかも理解できないまま、不意にふわりと体が持ち上げられた。

 ひたひたと畳を歩く音は、間違いなく俺のものじゃない。

 きっと、俺を抱えて歩いている人――視界の端に映る、黒い着物を纏っている女性の足音に違いない。


 やがて女性はぴたりと足を止めて、俺を部屋の一番奥にいる人に突き出した。

 その人――しわくちゃの老人は、何かをブツブツと呟きながら、俺のお腹の辺りにゆっくりと手を当てた。

 すると、不意に手をあてがわれた部分が緑色に光り、温かい感覚が全身に奔った。

 何をしているのか、どうなるのかと聞きたいのに、口がうまく動いてくれない。

 そんな俺の考えなんてまるで構わず、老人がぐっと手を離すと、俺の体から光と共に何かが現れた。


 これは――お面?

 緑色の光に包まれた、鬼のお面?


 訳が分からないまま呆然としていると、老人がかっと目を見開いて言った。


「これは……『布都御魂ふつみたま』だ!」


 彼の言葉を聞いた途端、さっきまで静まり返っていた人達がたちまちざわめいた。


「まさか、伝承でしか残っていない霊装れいそうを発現させたのか!?」


「あの子供、霊力が全くない子でしょう! どうなっているの!」


 驚いているのは彼らだけじゃなく、俺を抱えている女性も同じだ。


「マジかよ……この子が、神の力を……」


 震える女性の声に応じるように、後ろからがたいの良い男の人がぬっと姿を見せた。

 ゆっくり、どうにか顔を上げることができた俺の目に映るその人は、笑っている。


「俺の息子だぞ、何も心配ないさ。ほかの連中は、随分と騒いでるみたいだがな」


 けらけらと笑う男の人の言う通り、さっきまでの荘厳そうごんな空気はどこへやら、ふすまを開いて外に飛び出す人や、何やらひどく怒っている人までいる。

 ただ、彼ら、彼女らが俺の中から出てきたものを――あるいは僕自身を、まったく歓迎していないというのは嫌というほど分かる。


 俺はいったい、何をしでかしてしまったんだろう。

 まだ輝きを放ち続けるお面は、何を意味するのだろう。

 何より死んだはずの俺は、どうなってしまったんだろう。


 恐れと不安が入り混じって、泣きたい感情が胸の奥から湧き上がってくる。

 もうどうしようもなくて、手足をばたつかせて大きな声を上げたくなった時だった。


「――だいじょうぶ」


 ふと、俺の手を誰かが握ってくれた。

 俺と同じくらいのちっちゃな、あったかい手。

 少しだけ顔を動かして隣を見てみると、ほんのりと温度が伝わる手のひらの先に、黒い前髪で目をすっかり隠した子供がいた。


「だいじょうぶだよ、。ぼくがそばにいるからね」


 どこか抑揚よくようのない、気だるそうな声。

 でも、この人はきっと優しくて――俺と深いつながりのある人だ。

 他のすべてに自信がなくとも、なぜかはっきりと理解できた。


「とうさん。くおんは、になれるの」


 子供が問いかけると、男の人は一層笑顔を見せた。


「ああ、なれるさ。俺のように、いや、俺よりもきっと強くなる。だから刹那せつな、お前が弟を支えてやるんだぞ」


「わかってる。ぼくは、おにいちゃんだから」


 二人の会話を聞いているうち、緑の光が俺の中に戻って来た。

 するとすっかり疲れが押し寄せてきて、まぶたが静かに下りてくる。

 そうして言葉のひとつも発せないまま、俺の意識は暗闇の中に溶け込んでいった。





 その日からすぐに、俺は三つのことを理解した。

 俺がある少年、晴天院せいてんいん久遠くおんに生まれ変わったこと。

 この世界が、前世の日本のような世界であること。


 そして――目には見えないのいる世界だということだ。




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