二章

第13話 追憶①

 巡葉恵ねえさん――佐山恵衣けいは、わたしの三歳年上の姉だった。


「恵衣ちゃんと和歌ちゃんは、そっくりだねえ」


 昔から、大人たちはよくそうやって言った。

 その度に、ねえさんはこんな風に返すのだった。


「うれしいです! でも、わかちゃんの方が、わたしよりずっとしっかりしてます!」


 ねえさんのその言葉が、わたしにはくすぐったかった。

 確かにねえさんは、どこか抜けているところがあって、まあ俗に言う「天然」という部類の人間だった。おとうさんもそういう人だったから、多分遺伝だと思う。わたしは、おかあさんと似ている気がするし。


 でも――そんなねえさんの方が、わたしよりもずっと、愛され上手だった。


 わたしにはそれが、ただ純粋に嬉しかった。

 嫉妬なんて全然なかった。わたしも沢山の人たちと同じように、ねえさんを愛していたから。

 天然で、真っ直ぐで、優しいねえさん。

 昔から、わたしはねえさんの虜だった。


 *


 わたしが小学二年生で、ねえさんが小学五年生だった頃、家族四人でお祭りに行った。


 満月の綺麗な夜だったのを、覚えている。

 わたしはこっそり貯めておいた七百円のお小遣いを握りしめて、おかあさんと一緒にお面の屋台に向かった。

 ねえさんがハマっているキャラクターのお面を、ねえさんに買ってあげたかったのだ。

 でも、キャラクターのお面は千円した。わたしの密やかなお小遣いでは手が出なかった。めそめそと泣くわたしに、おかあさんはお金を出してあげようかと提案したが、わたしはそれを拒否した。自分で貯めたお金でなければ意味がないと、あのときは心からそう信じていたのだ。


「これなら、七百円で買えるけど……」


 店主のおじさんが困ったように笑いながら差し出してくれたのは、狐のお面だった。


(……あのキャラクターじゃなきゃ、ぜんぜん、いみないのに)


 心の中でそんなことを思いながらも、コミュニケーションが苦手だったわたしは、頷くことしかできなかった。


 涙を拭いながら、おとうさんと一緒にいるねえさんの元へ歩いていく。ねえさんは真っ赤なりんご飴を持っていた。綺麗なねえさんによく似合っていた。


「わ、和歌ちゃん……!? どうしたの!? 転んじゃった!?」


 心配してくれるねえさんの温かさに、また涙が溢れた。

 わたしは嗚咽を漏らしながら、どうにか言葉を紡ぐ。


「……おねえ、ちゃんの……ぐすっ、すきな、キャラクターの、おめん……ひっく、プレゼント、したかったのに……おかね、たりなくて……このおめん、しか、かえなかった……」


 わたしは不甲斐なく思いながら、ねえさんに狐面を見せる。


 ――頭に、優しい温もりが触れた。


 わたしの頭を、ねえさんが撫でてくれていた。

 ねえさんは柔らかく微笑う。


「ありがとう、和歌ちゃん。わたし、すっごく嬉しい!」

「え……でも、これ、なんかへんな……きつねで、」

「贈り物をしようと思ってくれた和歌ちゃんの気持ちが、いっちばん、嬉しいんだよ!」


 ……気付けばわたしは号泣していた。

 おかあさんのハンカチで顔を拭かれながら、ねえさんの尊さをひしひしと感じた。


「ほら、元気出して〜、和歌ちゃん! りんご飴あげるよ!」


 言われるがままに、欠けたりんご飴を齧る。


「あ……口元、付いちゃった。えーと、ティッシュ、ティッシュ……あった!」


 そう言って、ねえさんはわたしの汚れた口元をティッシュで拭いてくれる。


「改めて、ありがとうね、和歌ちゃん!」


 ねえさんはわたしから狐面を受け取ると、かっこよく笑いながら顔に当ててみせた。


 *


 歯車が狂い出したのは――多分、おとうさんが交通事故で亡くなってからだと思う。


 わたしが小学六年生で、ねえさんが中学三年生のときだった。


 それまで週三回のパートタイムで働いていたおかあさんは、フルタイムで働くようになった。

 お金を稼ぐためか、苦しさを忘れるためか。

 恐らく、その両方だったのだろう。


 ねえさんが中学二年生のときに買い与えられたスマホが、小学六年生のわたしの元にもやってきた。

 もうおかあさんには、わたしたちを温かく育てる余裕はなかった。



 ――そうしてわたしは、ダンジョン配信を見ることに、深くのめり込むようになった。


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 二章が始まりました!

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