第9話 先輩。結局なにしてたんです?
「西条……さん?」
顔を上げる。目の前に立っていたのは会社の後輩ちゃんだった。
なんでここに……と思ったが、彼女の住まいこの辺だったなと思い出す。彼女的にはむしろなんで私がここにいるんだって感じだろう。
「西条ですよ。で、先輩。本当になにしてたんですか? とんでもなく目立ってましたけど」
後輩はしゃがんで私と目線の高さを合わせる。
「とりあえずダンゴムシ探してたわけじゃない、と弁明させてもらうね」
「それは知ってますよ」
と、苦笑された。
なんだよせっかくノリに乗ってあげたのにと若干不満を抱く。財布を無くしたイライラで心が狭くなっていた、ということにしておきたい。
「先輩。結局なにしてたんです?」
「……」
「先輩?」
「……」
私は押し黙った。
財布を探している、と本当のことを言った場合、結衣だけでなく後輩にまで気遣わせるという私的には非常に情けない結果が見えてしまうから。
「一応ひとつ推理したんですけど、聞きます?」
ふっふっふっ、と笑っている。
「じゃあどうぞ」
「泣きそうな顔をして側溝を覗いており、しかも周囲の目を一切気にしていなかった。この二点から考えるに、切羽詰まった状況か、焦燥感に駆られているかの二択ではないかと考えられ、そうするとスマホか財布を無くしたか、彼氏にでも振られたか……どっちかではないかなって思うんですけど、どうですかね? 先輩、あってます?」
声を弾ませて問いを投げてきた。そのテンション感で口にするセリフでは明らかにない。
「……」
不貞腐れ、僅かな反骨心で口を一切動かさない。
「先輩。どうです〜? どうです?」
後輩は私の反応をものともせずにグイグイとくる。金髪をゆらゆら揺らす。髪の毛の色とかと含めて、ギャル陽キャすぎだろ〜と面白くなってくる。
「……あってる、あってるけど」
不貞腐れる。
「けど、なんです〜?」
わかっててからかってくる。つんつん頬を突っつく。とても私が先輩だとは思えない。傍から見れば友達に見えているのだろう。先輩の頬を指先で突っつく後輩がどこにるって話だし。
「あ、わかりました」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべ、ぽんっと手を叩く。
パチンと指を鳴らしてから、
「彼氏に振られたんですか?」
と、心底楽しそうにしている。
「違う。今彼氏いないし」
「え〜、せっかく面白いネタ掴んだと思ったんですけど〜」
残念、と肩を落とす。
「そういう西条さんはどうなの」
やられたからやり返す。
ただやられっぱなしというのはあまり面白くない。しかも後輩に。
後輩は面食らったような顔をしている。
ましか自分には質問が回ってこないと思っていたのだろうか。多分思っていたのだろう。というか、なんにも考えていなかったいうのが正しそう。
恋バナをしかけて良いのはやられる覚悟がある者だけだ。
「……先輩マジで意地悪ですよね」
不満そうに睨んでいる。
もっと恥じらうような反応を期待来ていたので、なんだその反応と興味が下り坂になる。全然面白くない。
「なにがよ」
「社会人子ども部屋おばさんの私に彼氏なんてできるわけないじゃないですか。なんでわかりきったこと聞いたんですか」
「でも西条さんギャルだし」
「ギャルじゃないですよ?」
どの口が言っているんだ。どう見てもギャルじゃん。社会人になって少し落ち着いたギャルって感じ。
「真面目な話、財布でもなくしました?」
「そうだけど。よく絞れたね」
貴重品は財布だけじゃない。さっき後輩が言っていたスマホだってそうだし、家の鍵とかもある。その中で財布を言い当てるのは普通に凄いなって思う。もしかして、もしかしなくても超能力使えたりしちゃって。って、それはないか。
「スマホはそこのポケットに入ってそうですし、家の鍵だったらもっと隅々まで見てそうですし、クレジットとか免許証ならさっさと諦めてるはずですし」
「冷静な分析どうも」
「お褒めに預かり光栄です。そんな優秀な後輩を先輩にプレゼントします」
突然じゃじゃーんという効果音を口で鳴らす。本格的に意味がわからない。これ漫画なら頭の上に何個もクエスチョンマークが浮かんでいる。
首を傾げると、後輩は楽しそうにくすくす笑う。
「探すの手伝ってあげますって話」
「え、いいよ。迷惑かけられないし。パワハラになっちゃう」
「なりませんよ、なりません。私がやりたくてやるんですから」
後輩が本当に可愛く見えた。
「とりあえず先輩。落としてそうなところ教えてください。探してきますよ」
「そうだね、それじゃあ……」
と、私はいくつか候補を出す。そうすると彼女は「承知しました〜!」と私の前から姿を消す。そして後輩と入れ替わるように結衣はやってきた。
「お姉さん。ギャルが好きなんですね」
ぽつりと呟く。
いや違くないんだけど違うよ?
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