第2話 領土拡大オジサン


 スイセンを見るために兵庫県に行くことを決めた私が、まずまっさきにやったことは、「ツアーに申し込む」というものでした。ラッキーなことに、良さげなツアーを見つけたんですよ。


 ……えっ、女ひとり旅のはずでは?


 いや、そうなんですけれども、でも、ツアーって楽でしょう。チケットの手配を任せてしまえるし、道に迷う心配もないですし。ガイドさんについていけばいいので、頭を使わなくていいですから、考えごとに集中できそうです。


 それに「お花をみにいくツアー」なんてね、絶対女性ばっかりだと思うんです。それもバラや桜のような華やかなものではなく、スイセンですからね。正直いって地味です。まさに狙い目。参加者は私と似たような人ばっかりだと予想しました。なんだか安心感があります。



 私が選んだツアーは、「新門司港からフェリーに乗り、大阪南港へ。その後、観光バスで淡路島に行き、スイセンを見て帰ってくる二泊三日の旅」というものでした。

 地味ですね。でもそこがいい!


 そんなこんなでツアーに申し込んだのはいいものの、旅行当日、なんと大雪の予報が出てしまいました!


 もしかしてツアー中止になってしまうでしょうか? ちょっとだけ不安になりましたが、幸い公共交通機関は動いておりましたので、これならきっと大丈夫。旅行会社からも何の連絡もありませんから、多分ツアー決行です。たぶん。


 ツアーの集合場所は、北九州市の新門司港のフェリーターミナルです。というわけで、私は北九州市に向かわねばなりません。


 自宅からバス、JRと乗り継いで、まず小倉駅へ。雪のため、電車に遅れはありましたが、無事に到着しました。

 小倉駅に来るのは久しぶりです。私が小倉にくるときは、いつも空がどんよりと曇っているような気がするのですが、この日もそうでした。その上、雪も降っていますし。モノレール、リバーウォーク、紫川が、暗い空の下、吹雪に覆われて、それでも無視できないほどくっきりとした強い存在感を放っていました。


 小倉駅を出ると、モノレールのあるほうとは反対側のバス乗り場へと徒歩で。フェリー会社の送迎バスがあるので、そちらに乗せてもらって、新門司港へと向かう予定です。


 さて、ここでハプニングが。

 送迎バスで隣に座ったオジサンが、「脚広げオジサン」だったのです。二つ並んだ座席の面積を10とするなら、オジサンが6、私は4でした。


 座った直後からそれで、膝が当たるのが嫌だからと私が縮こまれば縮こまるほど、オジサンは股を広げて領土を広げてくるのです。領土拡大オジサンです。じわじわと7対3になっていきます。困ったものです。


 バスの壁に肩と頭がめり込みそうなほど縮んでいた私の耳に、「なんでやねん」という声が飛び込んできました。

 車内では、乗客たちのおしゃべりが盛り上がっているようです。とても賑やかでした。このバスに乗っている人たちは、大阪に向かうフェリーの乗客たちなのですから、私のように関西に遊びにいく人もいれば、関西に帰る人もいるのでしょう。よく耳を澄ませてみれば、あちらこちらから関西弁が聞こえてきます。


 なんだか、もうすでに関西にいるような心地となり、気分も上がります。私の機嫌が直ってきました。


 そのとき、脚広げオジサンの膝が、私の膝に当たりました。嫌すぎる! せっかく機嫌が良くなっていたというのに!

 私もなんでやねんと言いたい気持ちになりました。脚広げオジサンに「なんでやねん」と言ってみたい。しかし、こういう変なオジサンに何か言って、たった一言で済むとは思えず、言うからには乱闘も覚悟せねばなりません。


 こういうオジサンは、むしろ女性が文句を言うのを待っているところがあります。そのために迷惑行為をしているといってもいいぐらいです。「やめてください」なんて言うと、オジサンは喜んでしまうのです。どういう脳みそをしているのかわかりませんが、女性にやめてと言われるとニヤニヤした顔になりますし、迷惑行為をやめてくれることはありません。多分「なんでやねん」も効果はないでしょう。それどころか、これをきっかけに馴れ馴れしく話しかけてくる危険すらあります。


 だから、オジサンに注意するときは、敵を威嚇するときのフクロテナガザルのような野太い声で、「脚を広げるのをやめんか、貴様、ああん? オッウホホホホホ? オホホウッ?」ぐらいのことは言う必要があります。

 しかし、オジサンは女性が口汚く罵ってくると、カッとなってしまう性質があるので、そうなったらもう暴力行為を覚悟せねばなりません。


 私はこれから淡路島でスイセンを見るのです。物思いにふけるのです。フクロテナガザルになってオジサンと殴り合って病院もしくは留置所に送られてしまうわけにはいかないのです。


 ですから、ぐっと耐えました。

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