第10話 出張準備

「できた! 皆さんに転送しますね」


 打ち合わせ後、しばらく自席で作業していた阿佐美が久場と小野に声を掛けた。久場と小野がそれぞれ自席のノートパソコンを開く。


 ノートパソコンに表示された資料には、今回のサポート対象者である貝原の3つの人生の岐路が記載されていた。


 阿佐美が自席から説明する。


「まず最初の人生の岐路は、小学校3年生の夏休みの駄菓子屋さんですね。お店のオバチャンから万引きを疑われて人間不信になります。まずは、ここで疑われないようにする必要があります」


「次に20歳の飲み屋帰り。職場の同僚と喧嘩になり、相手を怪我させてしまいます。これで逮捕され職を失います。この喧嘩を止める必要があります」


「最後に44歳。ラーメン店の閉店時間を狙って押し入り、抵抗する店長とアルバイト店員を殺害。店の売り上げを盗んで逃走します」


「簡易シミュレーションの結果、貝原さんの場合は、この3つの岐路のうち、一つ目と二つ目を止める必要があるようです」


 それを聞いた久場が顔をしかめた。


「普通は最初の岐路に介入すれば済むことがほとんどなんだが、この平行世界は復原力が強いみたいだな」


「そうみたいですね。シミュレーションだと、想定復原レベルは3ですね」


「それなりに当たりが強そうだな……うーん、どうする? 小野君、最初はもう少し簡単そうなのからにしようか」


 何やら難しい案件のようだ。小野は悩みながら答える。


「そうですね、僕の手に負えない案件であれば……ただ、僕でも何とかできそうなら、やらせてください」


 小野は、初めて陪席した閻魔様の裁判で見た、泣きながら悔い改めるイガグリ頭の少年を思い出した。可能であれば彼の手助けをしたいと思った。


 久場が腕組みをしてしばらく考えると、笑顔で小野に言った。


「初めての案件としてはハードルが高いが、複数回の岐路にそれなりの復原力、これら一連の流れを一度に経験できる貴重な機会だとも言える」


「まあ、失敗すればもう一度やり直せるということで、やってみようか」


「ありがとうございます。頑張ります」


 小野は頭を下げた。



† † †



「よし、それじゃあ平行世界へ行くのに必要な資料を阿佐美さんが作成してくれている間に、装備の確認をしよう」


 そう言うと、久場が自席後ろの鍵付きのロッカーからいくつかの物を持ち出してきて、執務室中央のソファーに座った。小野はソファーの向かいに座る。


 久場が、小さなテレビリモコンのようなものを持って言う。


「まずこれが時間制御装置、通称『タイムリモコン』だ。平行世界の現地時間を操作して、次の人生の分岐点に移動する。最後にあの世に戻ってくるときにも使う」


「ただし、巻き戻し、あ、最近は早戻しって言うんだったっけ? それはできない」


 久場がタイムリモコンをローテーブルに置くと、次は自動車のスマートキーのようなものを手に取った。


「次にこれが光学迷彩装置。通称『消えるくん』だ。名前のとおり、周りから見えなくなる。ただ、物理的な存在までは消せない」


 久場が消えるくんのボタンを押すと、一瞬で見えなくなった。


 久場に促されて、久場が座っているであろう場所に手をかざすと、何も見えない空間で久場の体らしきものに触れることができた。すごい。


「ボタンを一度押すと消えて、もう一度押すと元に戻る」


 久場の体がまた現れた。久場が消えるくんをローテーブルに置くと、次はどう見ても拳銃のようなものを手に取った。


「お次にこれは、分子解離銃。名前のとおり、分子をバラバラにする。何か大きな物を消したいときや、危険が差し迫ったときに使ってね」


「あ、あの、こんな物騒なモノを使う可能性があるのでしょうか……」


 心配そうな小野に、久場が笑顔で言う。


「まあ、まずないけど、念のための装備だね」


「とはいえ、平行世界では魂を顕現けんげんさせた姿で行動することになる。その状態で大怪我をすると、魂自体が壊れて消滅してしまうことがあるからね」


 さらっと恐ろしいことを言われたような気がする。小野は気を引き締めた。


「最後にこれ」


 久場が黒いポーチを小野に渡した。中を見ると、現金が入っていた。大金だ。


「平行世界で通用しているお金だ。現地では数日滞在する場合もあるからね。適宜使用して対応してね。可能な限りレシートを貰ってね」


司命しみょう様、資料作成終わりました。出張命令の決裁お願いします」


「阿佐美さん、ありがとう。よし、それじゃあ、いよいよ初の出張だね」


 久場がニカッと笑った。

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