第2話 訂正印の威力

 ハンコで過去が修正されてしまったのだ!


 具体的に説明しよう。


 前回の失敗にこりた啓介は、本番に備えて入念に原稿を書いた。

 といっても、ちょっとばかりギャグを入れた短めのスピーチだ。


 こういう挨拶は短めの方がいい。

 高校生の時には知らなかったが、20代になった今なら分かる。

 長い挨拶ほど迷惑なものはない。



 やり直しのステージに立った啓介は、落ち着いた声で話し始めた。

 スピーチの中に軽くギャグを交えると、予想以上にウケた。

 会場が爆笑の渦に包まれたのだ。


「何だか、本来の実力の150%くらい出ているみたいだぞ」


 啓介は驚きながらも頭の一部は冷静だった。



 ふと気がつくと目の前にゼノが立っていた。


「どうかな、訂正印の威力は?」

「凄い、凄すぎる!」


 啓介は素直に訂正印の力を賞賛した。


「しばらく使ってみるかね」

「でも……高いんだろ?」

「最初の1ヶ月は、そうだな、三千円にしておこう」

「三千円か。その間、何度でも使えるのか?」

「そうだ。好きなだけ黒歴史を塗り替えられるぞ」

「よし、使わせてくれ!」


 訂正印を手にした啓介は無限の力を得たような気がした。

 とはいえ、最初は慎重に使ってみる。


 試しに小さな黒歴史をひとつずつ訂正してみた。


 友人に余計なことを言って不愉快にさせてしまった過去、試験での失敗、仕事の時のちょっとした遅刻。

 訂正するたびに、過去の人生から黒歴史が消えていき、気持ちが軽くなっていった。


 難点があるとしたら、他人を動かすのが難しい事だ。

 自分の言動は修正できるが、他人のそれはコントロールできない。

 運が良ければ啓介の思い通りに動いてくれる、という程度。


 ただ、使っているうちに「再修正をかける」という裏ワザを身に着けた。

 他人がうまく動いてくれなかった時は何度でもやり直せばすむ。

 心なしか訂正印が手に馴染んできたような気がする。


 啓介は思い出す限りの黒歴史をノートに書いておき、時間を見つけては順に修正していった。



 もう一つ、啓介には懸念があった。

 過去を修正すると現在に影響するのではないかという事だ。

 というのも、啓介は現在の生活に特段の不満があるわけではなかった。

 だから、過去の修正が大きく現在を変えてしまったら、それはそれで困った事になる。


 幸い訂正印にそこまでの力はないようだ。

 実際の書類の修正と同じように、ピンポイントで過去の一部を変えるだけだった。

 その方がむしろ啓介には都合良かった。



 だが、ある時、啓介はふと思う。


「これって、もっと大きなことにも使えるんじゃないか?」


 例えば、恋愛だ。

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