亡国の儀式と、ある伝説に纏わる顛末
亜脳工廠小説執筆部
01-1 警句の森
少しばかりの餞別。
その後に城門を出た私に待っていた第一の運命は死であり、この時、私は生まれて初めての死を経験した。
野賊の類も、何もない、ただ野獣に襲われ、恐ろしくも食われて死んだ。
私はその時に零れ落ちた一つの肉片から再生し、袂に私のぐずぐずになった肉片と、汚れた僧衣が散らばっていた。
幸い、装飾品や道具などは無事である。
私は丸裸になりながら、また荷物を背負い、歩き始めた。
境遇など、死んでみればあっけのない、取るに足らない些末さである。
愚かしく歩み続け、靴は野原に擦り切れる。
かつての亡滅に堕ちた、今や、その残滓たちが住まう土地へと向かう。
そうして、擦り切れてなくなった靴の後、血の跡は伸び続け、その末端は乾き続ける・・・
いつしか、血も止まり、硬くなった足裏を自覚するころ、私に第二の死が訪れた。
自殺。
あるとき、一瞬だけ、全てが莫迦莫迦しくなって、持っていた短刀で衝動的に心臓を貫いた。
*
夜。レテの端、〈警句の森〉の古びた小屋にて、二人の男女の姿があった。
男は暖炉の炎を背景に修羅の像を彫り、女はコートにくるまりながら地面に寝ていた。
この小屋はかつての詰め所で、国という体を無くしたレテには必要のないものである。
「よう、起きたか」
男は一度女のほうを見やったきり、また像を彫り始める。
それから、また幾ばくかの時間が流れた。
「・・・・・・」
目覚めた女は奇妙なものを見るように、茫然と男を見つめている。
「・・・あなたは?」
「旅の者だ」
宵の終わり、虫の音が煩くなる時間。
薪の燃え落ちる音が静寂に消える。
「何故?」
「何故とは?」
「何故、助けたのですか」
「人を助けることに理由がいるのか」
女は包帯を巻かれた腹部を覗きこみながら言う。
「放っておけば、勝手に生き返ります」
「そんなわけがあるか、失血して、一歩間違えれば死ぬところだったんだぞ
雨で血が流れて、放っておいたら失血していた」
男は多くの装飾品を身につけていた。
異民族的な、趣向的な、気持ちの悪い象徴の数々である。
東方の民族特有の低い鼻も相まって、彼が異教徒であるというのは明白であった。
解せないという顔をしながら、女は言う。
「何の対価も要求しないというのですか?」
「別に構わんよ」
「不死の荷などさっさと奪って、慰みものになどしてしまえばよかった・・・」
「・・・そういうことは言うものじゃない」
「そういうものなのです。不死とはそういうものでしかないのですから」
男はうろたえる。少しの沈黙ののち、
「おれは、仙戒という——」
溜息を吐きながら、仙戒という男は、完成した木彫りの修羅を地面に置いた。
「どんな用であれ、少し休んでいくがいい」
それきり、会話はなかった。
女はぼうっと天井を見つめ、数時間たったのち、眠りについた。
*
あまりにも深い闇の中、不可視の何かにおびえながら、声のような何かがずっと響いている。
その暗澹は恐ろしく、かつて『宇宙』という言葉とその意味を知った時のような、言いようのない大空間の恐ろしさに似ていた。
私はその空間で必至にもがき声にならない叫びを上げている。
何も伝わらない、何も聞こえない。
だが断続的な圧力ばかりがそこにあり、私は静かに窒息していた。
苦しみの中、私はいつしか呼吸を忘れ、その直後に、巨大な暗闇から小さな光へと排出された。
*
翌朝、女は忽然と消えていた。
くるまっていたコートも、彼女が持っていた荷物も、どこにもなかった。
巻かれていた包帯だけがその場にばらばらと落ちていた。
仙戒は落ちている包帯を拾いあげ、驚愕した。
包帯に血の跡はなく、体液の一滴たりとも付着してはいない。
ぐちゃぐちゃにした新品みたいな乱雑さがあるだけで、それはいつまででも透き通っていた。
彼女の言っていたことは妄言などではなく、彼女は確かに、紛れもなく不死だったのだ。
この時、仙戒はかつての啓示が真実であることを悟った。
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