5再生【千の言葉とひとひらの愛、受け取っちゃったぁ】

「あお~ん!」


 有り余るパトスを持て余すニャンコのように、わたしの猛々しい叫び声からライブ配信が始まった。


「飼い主ですか~! ワンコがいれば何でもできる! このごはんを食べればどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめばごはんはなし。食べればそのカロリーが元気となる。迷わず飼えよ。飼えばわかるさ」


 淡々とそう言い放ち、絡みつくような甘ったるい猫なで声で「にゃ~ん♡」と鳴く。

 これでリスナーさんのリビドーはきっと猛烈に刺激されたはずだ。


(よーし! 今日も今日とていっくよぉ!)


「らりるれろ~♪ ニャンコだと思ったぁ? 残念! 食いしん坊ワンコの“リリカル・リッツ・リリパット・リエンタール・リリム・リジョイス・リン・リ・リラージュ・リンカリンカ”、略して“リカ”だよぉ~!」


(のらのらみゃおみゃお)


 心のなかで一息ついたわたしは、にっこり笑ってひらひらと手を振り、「ドンドンドン、パフパフパフー!!」と大きな声で叫んだ。


「今日はねぇ、AMENOHOSHIアメノホシ PRODUCTIONプロダクションのメンバーが勢揃い! んがちゃんもザコ先輩もママさんも一堂に会するお祭りみたいな特別なコラボ配信をリスナーのみんなにお届けしちゃうよぉ! みんなでエンジョイしちゃおうねぇ!」


 テンションマックス!

 ニャンコ餌までまっしぐら!


「舞台は整ったよぉ! じゃあ――」


 ごくり。生唾を飲み込む。


『はよしろ』

『ついに』

『何が始まるんです?』

『ドキドキ』

『第三次大戦だ!』


 コメント欄が緊張に包まれた。


「公園へ行こうぜ……。久しぶりに……キレちまったよ」


 絡みつくような甘ったるい声が、わずかに凄みを帯びる。


「なにしとんじゃ!」


 あまりに勿体ぶった態度に、んがちゃんが繊細なガラス声で大きくツッコミを入れる。


「前フリが長すぎていつまで経ってもあーしたちが出られないじゃないのよ!」


 舌っ足らずな赤ちゃん声でぶーぶー鼻息を鳴らすザコ先輩へ、わたしは星が見えるかのような可愛らしいウインクを送った。


「まあまあまあ~♡ みゃーこちゃん、悪い子は、めっ! なんだからね~♡」


 おっとりした間延び口調のママさんに、わたしは素直に「ごめんなさい」と謝る。


「いいのいいの~♡ ちゃんと謝れてえらいえら~い♡」


 耳をくすぐるような柔らかい声で、ママさんが優しく赦してくれた。


「さて、『アノメン』も全員揃ったことだし、リカ以外のみんなで、画面の向こうのザコたちに挨拶をするわよ」


 んがちゃんとママさんもニッコリ笑って同意する。


「じゃあ、まずはがなからお願いするわ」


 いつのまにかザコ先輩がトークを仕切っていた。


「おどれに銃と殺意をお届け、仁義ある“慈良しらんがな”じゃ☆ みんなよろしく頼むけん」

「次、次」

「は~い♡」


 ママさんがゆる~く深呼吸。


「たとえ主がきみを赦さなくても、ママはきみを赦します♡ だから、今日はママと一緒にたーくさんイチャイチャしようね♡ “御前野おまえのママ”は、今日もみんなのお母さんです♡」

「それじゃ、最後にあーしね」


 ザコ先輩は『んっ、んっ。あーあー』と喉を鳴らし、からかい口調で言った。


「ザ~コザコ。あんた、あーしに負けたのよ。これであんたはあーしのもの。もう、ずっと一緒だからねっ! あんたの幼妻、“芽沙めすながき”よ。今日もよろしくね、ザコのみんな」


 四人そろって大きな声で『楽しんでいってね!』と叫ぶ。


「じゃあ、ほら。いつもの“コットンキャンディー”に来てるザコのみんなからの質問に答えてあげるわよ」

「はーい」

「うふふ~♡ ええとね~♡ 今日はこんなご質問が来てるわよ~♡」

「なんじゃ?」

「“もし、女の子に告白されたらどうしますか?”だって~♡ きゃ~♡」


 ――この前も似たような質問が来た気がする。


「急に梅干しでも食べたんかいな?」


 わたしが『う~んう~ん』と唸っていると、んがちゃんが会話を振ってきた。


(こ、これって、もしかしてもしかするぅ~?)


「われは女の子に告白されたら、どうするんじゃ?」

「え、ええっ……」


 愛らしい猫のように口をパクパクさせる。

 いつも心の内でつぶやいているが、わたしの百合はお仕事なのだ。


 お、女の子同士なんて……。


(な、なんて答えたらいいのぉ)


 まるで放送事故のような空気が流れる中、突然、大きな深呼吸のあとに耳を疑う一言が飛んだ。



「――好きよ」

「え?」


 思わず目を見開いた。

 口からは、間の抜けた声がこぼれてしまう。


「好き好き大好き~♡」

「へ?」

「好きじゃ」

「え? え? え?」


(――???)


 きょとん。

 まさにその一語がぴったりと当てはまる、そんな顔をしたわたし。


「「「だから」」」


 全くもって何が起きているのか分からない。

 頭の中がひどくぐるぐるする。

 でも、わたしの理解を超えて、それは突然告げられた。


「われが」

「あんたが」

「みゃーこちゃんが」

「…………はい」


 時が止まったかのように空気が張りつめ、

 三人は意を決したようにわたしへ告げた。


「「「“タベたい”です」」」

「…………性的な意味でってことぉ?」

「「「そう!!」」」

「…………」


 沈黙が広がる。


 コメント欄をのぞくと――


『どゆこと?』

『配信っていうレベルじゃねぇぞ』

『ガチ告白笑』

『ウケる』

『百合が咲いた笑』


(あわわわ! リスナーさんたちも困惑してるよぉ!)


「「「――もしも」」」


「へ?」

「もしも、わしと付き合ってくれるなら、われの好きなもんをずーっと飽きるまで食べさせてあげるけぇ」


 ……ごくり。


「い、いや! そうじゃなくてぇ!」

「もしも、あーしと付き合ってくれたら、あんたの好きなものをなーんでも買ってあげるわよ」


 ……ごくり。


「い、いや! だから、そうじゃなくてぇ!」

「もしも、ママと付き合ってくれたらね~、みゃーこちゃんのことは~、死ぬまで一生養ってあげるわよ~♡」


「えっ!?」


 思わぬ言葉に声が裏返る。


「ババア! あんた、ふざけてんの! 抜け駆けはずるいわよ!」

「知らな~い♡ こういうのは言ったもん勝ちよ〜♡ うふふふ〜♡」

「……おどれ、ええ歳しとって、かわいこぶりよって!」

「なによ~♡」


 三人は配信中だというのに、まるで意に介さず声を荒立てた。


「ま、まぁまぁ……。ちょっと落ち着こうよぉ」


「「「落ち着いてられるか!!」」」


「……うっ!」


 わたしのために、とびきり可愛い女の子たちが醜く罵り合いながら奪い合っている。

 これってやっぱり修羅場? どう考えても修羅場だよねぇ。


 美少女三人の罵り合いは、お顔が整っている分、この世の終わりのような地獄味を帯びていた。


 そんなの、そんなのって……。


(にゅふふふ……正直……まぁ、満更でもない……かなぁ……)


 ハッ。


 だ、だって、今まで一度もモテたことなんかないしぃ(シクシク)


(わたしの百合はお仕事だったけど、でも、ちょっとだけ……)


 “女の子っていいな”と、心のどこかで思ってしまった。


「「「――リカ!!」」」


「は、はいぃ~」


 これは、吹けば飛ぶような弱小Vtuber事務所“AMENOHOSHIアメノホシ PRODUCTIONプロダクション”に所属するわたしたちが、赤裸々に綴る輝かしい成長の記録である。

 わたしたちVtuberは、ときに笑い、ときに泣き、ときに大笑いしながら、リスナーであるあなたに感謝を伝え、心を込めて「大好き」を届け続ける。

 そして今日も、わたしたちは面白おかしく、全力で日々を魅せていく。


 ああ! ごめんなさい!

 真面目ぶってしまいましたぁ!


『純白の花には下心を 花弁には愛撫を わたしたちはそんなVtuberですぅ』


 改めまして――


“どうかみんなよろしくねぇ!”


 わたしがこの先、んがちゃん、ザコ先輩、ママさんの誰をパートナーに選ぶかは、運命の女神ユリンユリン・イチャラブスキーさまだけが知っているのだぁ。


“百合属性のなかったわたしがVTuberをはじめたらガチ百合勢に全力でわからせられてしまってこれから誰をパートナーにするか悩んでる”

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