第2話 『希望の種』

第2話:「希望の種」


 エリスは芽を見つめたまま、じっと動けなかった。小さな緑色の葉が、乾いた土の隙間からわずかに顔を出している。


「本当に……咲くんだ……」


 この町で最後に花が咲いたのは、エリスが生まれる前のことだったと聞いている。いつしか土は痩せ、木々は枯れ、花は咲かなくなった。そして町は、ゆっくりと死に向かっていた。


 だが今、目の前に確かに「新しい命」があった。


 エリスは芽に触れないよう慎重に水を注いだ。ぬるく濁った井戸水だったが、それでもこの小さな芽には十分な恵みのはずだ。


「お前が植えたのか」


 背後から低い声がした。振り向くと、またあの老いた男がいた。


「うん……母が遺した種なの」


「そうか……」


 男は目を細めて小さな芽を見つめた。


「覚えておけ。この花が咲けば、町の運命は変わる」


「そう!だから——」


「だが、それが救いになるとは限らない」


 エリスの言葉を遮るように、男はゆっくりと告げた。


「希望は時に呪いにもなる。もしもお前がそれを背負う覚悟がないのなら、今のうちに踏みつぶしてしまうんだな」


「そんな……!」


 エリスは慌てて芽を庇うように両手を広げた。


「そんなこと、できるわけない!」


「……そうか」


 男は微かに笑った。まるで、ずっと昔に同じ光景を見たことがあるかのように。


「なら、せいぜい見届けるんだな」


 それだけ言い残し、男は去っていった。


 エリスは彼の背中を見送り、再び芽を見つめる。


 ——私は、この花を咲かせたい。


 この町がどうなるかなんてわからない。それでも、何かが変わるなら。


 翌日から、エリスは毎朝芽の成長を見守り、水をやることを日課にした。町の人々はそれを奇妙そうに見ていたが、誰も口を出さなかった。どうせ枯れる、とでも思っているのだろう。


 しかし——


「……大きくなってる」


 数日後、芽ははっきりとした葉を広げていた。


 エリスの胸に、小さな希望が芽生える。


 この花が咲けば、本当に町の運命が変わるのかもしれない。


 そう信じるには、まだ早かった。


 彼女はまだ知らなかったのだ。この芽が育つたびに、町のどこかで誰かが命を落としていることを——。

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