第6話 第三勢力

 神奈川の野球ファンは、父親の再来を期待している者も多い。

 上杉将典の獲得は、少なくとも期待度を高める効果はあった。

 超高校級と呼ばれることが多い、この年代。

 しかしながら最も強大なのは、昇馬であることは分かっている。

「一年目から一軍は経験させるが、故障させないことを最優先にするからな」

 現場の首脳陣の中では、このような会話が成されている。


 ここ二年はBクラスであり、去年は五位であったスターズ。

 上杉がいた頃は、彼自身の成績が落ちてきても、Aクラスにいることがほとんどであった。

 精神的な支えと考えれば、野球はやはりメンタルのスポーツなのか。

 将典は期待されていることを、充分に承知している。

 だが父親と自分は、違う人間なのは間違いない。

 それでも一年目から結果を残そう、とは考えているが。


 スターズのエースと言えるのは武史である。

 なんだかんだ言いながら、400勝を突破している。

 そして去年と同じペースで投げられたなら、上杉の持つ通算勝利記録を更新するかもしれない。

 上杉の持っている勝利の記録は、全てスターズでのもの。

 メジャー時代はクローザーをしていたため、シーズンでの勝ち星はない。

 これを武史が更新するのは、ちょっと複雑な気持ちがある、スターズのファンである。

 気にしないのが武史の、いいところであろうか。


 左右の160km/hオーバーを揃えているチームは、他に一つもない。

 もっとも将典のストレートは、かなり全力で投げたもの。

 安定して投げる速度は、もっと低めになる。

 それでも150km/h台の後半は出るので、間違いなく本格派と言えるだろうか。

 本人はスライダーと、スプリットを決め球にしている。

 このスライダーに関しては、叔父から学んだものである。


 キャンプでの仕上がり次第だが、開幕一軍は考えている。

 ローテーションの一枚に入るのは、全くおかしくないと考えられているのだ。

 重要なのは父親のような、鉄人と同じ考えで使ってはいけないということ。

 叔父の正也も150勝は達成しているので、一流のピッチャーであるのは間違いない。

 父は間違いなくレジェンドであり、メジャーでも間違いなく成功したであろうと言われていた。

 だがリハビリ代わりの一年だけを活動し、また日本に戻ってきたのだ。

 将来のスターズの監督、あるいは日本代表の監督さえ、やってもらえる人間だと言われていた。

 それが政界に進出したのだが、本人は選手としての能力と、監督としての能力は違う、ときっぱり言っていたのだ。


 実際のところは監督でも、充分にカリスマ性だけで、チームを率いていけたのではないかと思う。

 ただ本来ならば高校から大学に進み、いずれは地方の議員になるのが、上杉の進路のはずであった。

 それがあまりの人気にプロに入り、スターズでずっといたために、神奈川から出馬した。

 当時の与党が強力な、対抗馬を必要としていた、ということもある。

 新潟の方は新潟の方で、先に引退した正也が、市議会から地元の応援を得て、これまた国政にまで進んでいる。

 上杉一家は本来は、政治家一族なのである。


 将来的には将典も、スポーツ関連の団体で、なんらかの役職に就くであろう。

 政治家としての地盤は、兄の方が引き継ぐはずだ。

 今は大学に進み、柔道で来年の金メダルを狙っている。

 最重量級の選手であるので、海外の分厚い選手層と、どれだけ戦えるものなのか。

 もっとも中学時代、既に黒帯であった兄は、白帯で未経験のはずの母に、変な技で投げられていた。

「うちの母さんの前世は猪熊柔に違いない」

 兄よ、それはマンガのキャラである。




 このチームのエースの武史は、去年も18勝している。

 さすがに一年目から、高卒で二桁勝つのは、厳しいかと考えている将典だ。

 バッター相手に投げていても、一軍の上位を打つ選手は、簡単には打ち取れない。

 スプリットを使えば別であるが、まだあまり多用したくないのだ。

 右打者相手ならば、高速スライダーで相当に、空振りが取れる。

 ただ左相手にも使っていかなければ、ストレートの球威だけでは当てられてしまうのだ。


 ほとんどのバッターが鷹山と同レベルで、それ以上のバッターもいる。

 もっともプロであるのだから、高校野球のほんの上澄みがいるのは、当たり前のことであろう。

(分かっていたつもりだけど、中六日は必要になるよな)

 下位打線でも普通に、高校野球なら強豪の、一番かクリーンナップであるのだ。

 最近は二番にも、強打者を置くチームが増えてきたが。


 将典は球種ならば、武史よりも多いと言える。

 武史はムービング系の他には、チェンジアップとナックルカーブを使う。

 ただ最近はストレートで、あまり三振が奪えなくなってきた。

 それでもカットやツーシームの変化で、充分に打ち取ることは出来ている。

 奪三振率も、リーグトップクラスであるのは間違いない。


 将典はその武史を意識する。

 160km/hオーバーのストレートだけでは、やはり簡単に三振は取れない。

 165km/hオーバーになれば、さすがに対抗できなくなるでろうか。

 武史は自主トレを行っているので、こちらの合同自主トレには顔を出さない。

 それでも数度はやってきて、キャッチャー相手に投げ込みをし、首脳陣と色々と話し合っている。


 まだ一月であるというのに、ちょっと力を入れれば160km/hが出せる。

 もっとも武史はかなり、肩を作るのに時間をかけている。

 若かった頃は一試合に、150球も投げたこともあった。

 だがさすがに去年などは、完投数も減ってきている。

 今の将典よりも、倍以上の年月を生きている。

 そもそも生まれる前からずっと、プロ野球選手でいるのだ。

 大卒選手でありながら、プロ21年目。

 400勝を突破した、史上三人目のピッチャーである。


 期待されているのは分かるが、200勝すら目指すのは難しい、と将典は普通に考えている。

 今と昔の200勝は難易度が違う。

 ただそれを言うなら、親の時代でも既に、200勝投手はほとんど出なくなっていたのだが。

 スターズでも上杉以降のピッチャーで200勝しているのは、既に200勝している状態で入ってきた武史だけである。

 100勝すらもなかなか難しいし、二桁を五年も続けられれば、それで充分にエースなのだ。

 短い期間で200勝に到達したという点では、昭和のピッチャーたちが言えるだろう。

 もっとも年齢などではなく、投げたた試合数に対して、一番早く200勝に達成しているのは、当然ながら直史である。


 アメリカと日本で、登板機会の差があったとはいえ、上杉は九年目、直史は七年目で200勝に到達している。

 いくら殿堂入りするには、活躍期間が短かったとはいえ、殿堂入りさせざるをえないピッチャー。

 同じリーグになったのだから、投げ合うこともあるかもしれない。

(白石にはまだ、どうにか勝てそうな気配があったんだけど)

 昇馬が怪我をした試合を除いても、延長までもつれこんだ試合があった。

 それと比べてもどうなのか、将典はそれなりに面識はある直史と、いよいよ選手として対峙することとなる。




 タイタンズは去年、司朗を獲得して一気にチーム力が増した。

 一番バッターとして、100打点オーバーというのは脅威過ぎる。

 盗塁の数としても、大介のシーズン日本記録は上回ることが出来た。

 ただ二年目の今年はさらに、厳しく攻められることとなるだろうが。


 タイタンズは昇馬を一位で外した後、大卒即戦力と言われるピッチャーを、確実に獲得にいった。

 ライガースなどはハズレ一位でも真田を外しているので、それに比べればいいのか、などとは思う。

 今年は若手の様子を、監督の寺島自ら、ずっと見つめている。

 二軍の判断ではなく、自分の判断で一軍に上げるつもりなのだと言われている。


 司朗はずっと一軍であった去年だが、二軍の様子がどのようなものかは、他の同期入団に聞いていたりした。

 二軍でほぼ無双しているのに、一軍に上がらない。

 その状況に不信感を持っている、選手は多いのだ。

「どういうことなんです?」

「俺は情報を上げてたから、一軍のピッチングコーチで止まってたんだよな」

 父の高校時代の先輩である、岩崎と話す司朗である。


 チーム内の派閥というのは、百害あって一利なしである。

 そもそも選手としても派閥などはどうでもよく、実力で評価してほしいのだ。

 去年も支配下六人のうち、四人はピッチャーであった。

 今年もまずはピッチャーを取りに行って、ピッチャー多めのドラフトであることは間違いない。

「野手は監督派閥だから、普通に上がっていくんだけどな」

 ただ監督の寺島は、ピッチャーの出身であるのだ。


 内部抗争をした後、その余力で他のチームと戦うなど、あまりにも非効率的すぎる。

 誰もが分かっていることだろうが、勝利のためにチームの力が使われていない。

 ただ去年のAクラス入りにより、かなり寺島の意見は通りやすくなっている。

 とにかくピッチャーは、先発ローテが二枚、枠が余っているのだ。

 どうせ一人ぐらいはシーズン中に故障するだろうから、三枚は先発にほしいところだろう。


 社会人で入ってきて、今年二年目の稲川などは、どう見ても一軍で投げるべきだ。

 ただポジション的には、先発ではなくリリーフ向けか、と思われている。

 社会人でもクローザーをやっていたので、それも当然の話。

 タイタンズがライガースに追いつけなかったのは、ライガース以上の投手陣の薄さであるのは、間違いのないことなのだ。

「リリーフも三枚ほどは、普通に入れ替えて使っていきたいんだが」

 勝ちパターン以外でも、リリーフが強いことは望ましい。

 そういう点では本当に、レックスはピッチャーに穴がない。

 先発の枠を一つ、今年は若手で争うのかもしれないが。


 レックスのピッチャーは、かなり負けていても、防御率がそこまで低くなかったりする。

 ここで不思議なことがあるのは、木津の存在であろう。

 防御率はあまりよくないのに、勝ち星自体はそれなりに増えている。

 これは木津が、それなりに長いイニングを投げているからだ。

 いいタイミングで継投するため、勝ち星が付きやすくなっているのだ。




 タイタンズは今年、かなりチーム戦力を、若手起用に傾けている。

 司朗が高卒一年目で、あれだけの成績を残したことが大きい。

 もっとも一人の選手の力だけで、そこまでチームの方針が変わるのはどうなのか。

 フロントなどは司朗が日本に残るなら、将来は監督をやってもらおうか、などという話も出ている。

 大卒でないと監督になるのが難しいタイタンズだが、何事にも例外はある。

 そもそも今の状況だと、司朗は三年でメジャー挑戦への、ポスティング条件を満たしてしまうのだ。


 昇馬を獲得できていれば、それこそ優勝も狙えたであろう。

 ただ合同自主トレのマスコミ報道を見ていると、パのチームに入ってよかったのではないかと思う。

 特にジャガースという、現在の選手層が薄くなっているチームでは、打撃さえも使いやすい。

 DHのあるチームとしては、ピッチャーをしていない時に使うのも、上手い運用だと思うのだ。

 実際にバッターとしても、間違いなくドラフトにかかる選手としては、最高の長打力を持っていたのだから。


 バッターとしての評価では、それに次ぐのが鷹山や風見であった。

 ただこの二人とほぼ同じ評価の、アルトを二位で取れたことが、ジャガースとしては最高のドラフトと言えるのではないか。

 一巡目指名は完全に競合というのが、日本のドラフトである。

 完全ではないが一巡目から、ある程度のウェーバーになっているアメリカとは、そこが違うのだ。

 超競合の一位指名を獲得し、ほぼ一位クラスを二位で獲得できた、ジャガースは戦力アップが間違いない。

 もっともそれでも、野球は九人、DHのあるパは10人で行うもので、先発のローテには六枚が必要なのだが。


 昇馬が完投能力を持っているのは、よく知っている司朗である。

 そして左右の両方で、投げることが出来るのだ。

 この左右両投げを、どのようにして使っていくのか。

 もっともピッチャーのピッチングで、負荷がかかるのは、腕の部分だけではない。

 自分でもピッチャーをやっていた司朗は、背中や股関節、また首や膝といった、あちこちに負荷がかかるのを知っている。


 セのドラフトで成功しているのは、おそらくスターズとレックスだ。

 スターズは最初から、上杉将典を一本釣りした。

 司朗としても将典の能力は、既に一軍で通用すると思っている。

 だが一年を通してローテを回せるかは、かなり微妙であろう。

 父親は鉄人と呼ばれたし、叔父も一年目から戦力となっていた。

 しかし親の世代と比べても、高卒はおろか大卒であっても、即戦力になる数は減っているのだ。


 司朗はさほど、チームに愛着などはない。

 むしろレックスの神宮の方が、高校時代にはプレイしていたので愛着がある。

 ただそれでも、アメリカに渡る前には、しかりと日本一にしておきたい。

「派閥で人事を決めるのって、スポーツの世界じゃありえないですよね」

「それはフロントに言ってくれ」

 遠慮のない司朗に対して、岩崎も苦笑して返すしかないのであった。

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