この退魔師の物語は、最低最悪のキスから始まる
風使いオリリン@風折リンゼ
#1 プロローグ~Don't won(*3*)Chu KissMe!~
犬耳と犬の尻尾が生えた巫女服姿の少女が、緑がかったくすんだ色のサイドテールを振り乱しながら闇の中を跳ねまわっていた。
空は雲に覆われ、月明かりもなく、夜とはいえ不自然な程に静まり返った公園の敷地内を、短刀・
少女――
その怪物たちを
愛憎様々な大きな感情を抱いている人間に取り憑き、その想いを暴走させ人々に害をなす怪物へと変える異形の存在。
そんな色情鬼と人知れず戦う者――退魔師――たちがいる。美玲もその一人だ。今月、中学校を卒業したばかりではあるものの、幼い頃から修行を続け、多くの色情鬼を祓ってきたこともあり、その実力は折り紙付きだった。
美玲と戦っている色情鬼たちはナナシと呼ばれる人に憑依する前のモノだ。人間の女性のようなフォルムで、全身はまるで影のように黒く、目だけが赤く光っている。手には身体同様真っ黒な刀が握られており、美玲を斬ろうと次々に襲い掛かる。
「急いでいるというのに、次から次にうじゃうじゃと……。
降り積もった雪を吹き飛ばす風のような素早い身のこなしで刀を振るい、斬りかかって来たナナシたちを数匹まとめて斬り伏せる。
ナナシたちを軽々と返り討ちにしつつ、その親玉がいる築山の頂上へ急ぐ。
美玲は先程までそこで、主人であり幼馴染でありバディでもある少女と共に、色情鬼を人間に憑依させる色情鬼たちの幹部の一人と戦っていた。しかし、敵の攻撃から主人を守った際に吹き飛ばされ、主人と分断されてしまった。
その後、けしかけられたナナシたちを倒しつつ、主人の元に戻るべく疾走していたのだ。
そうして、やっとの思いで美玲は築山の頂にたどり着いた。
不意に月の光が差し込み、遠くで車が走る音が聞こえてきた。
――結界が解けた⁉
色情鬼たちは人を襲う時、思わぬ邪魔が入らぬように獲物だけを結界に引き込む。それが消えるということは、色情鬼が祓われたかその場から離れた時だけだ。
前者ならいいが後者の場合だと、主人の身に何かが起きてしまっている可能性もある。
美玲は恐る恐る辺りを見回した。
「……樹里様!」
美玲は視線の先に、ロングヘアで巫女服姿の少女を見つけた。ほんのりと黄色がかったベージュの髪が月明かりに照らされて柔らかく輝いている。主人の
とりあえず見たところ大きな怪我は無さそうだと、美玲は安堵した。
「……遅くなって申し訳ありません」
警戒するように大狗利を構えたまま、美玲は樹里のそばに寄った。
「ところで、ヤツは?」
「逃がしてしまったわ……いえ、そもそも私みたいな中途半端な人間に、最初からヤツを倒せる訳がなかったのよ」
思わずぞっとするような冷たい響きだった。
普段の樹里は行方不明になった姉に代わって当主の座を継ぐべく日々努力を重ね、それに裏打ちされた自信に満ちた言動をしている。
だからこそ、そんな樹里らしからぬ言葉に、美玲は鼻白んだ。
「一体どうしたんです? らしくないじゃないですか」
「私がお姉さまのようになるには、お姉さまと同じようにしなきゃいけないのに、私にはどうしてもそれができないみたい」
明らかに様子がおかしい樹里の顔を、美玲は恐々と見つめた。
「なっ……⁉」
美玲は鋭く息を呑み込んだ。
樹里の目が赤く光っていたからだ。それは色情鬼に憑依されたものの特徴の一つなのだ。想定外の事態に、美玲は固まってしまった。
「お姉さまならきっとこんな気持ちを抱いたりしないと思うわ。でも、私はもう自分を抑えられないの」
手にしていた狐火咲を地面に突き立てる。よく見ると、刀身に黒い鎖が巻き付いている。どうやら力が封じられているようだ。
フリーズしつつも、この状況に対処すべく、美玲はどうにか現状を整理していく。
そんな中、突然樹里にぎゅっと抱きしめられた。
「美玲……ずっと好きだった……幼馴染としてでもなく、主従関係でもなく、恋人としてあなたの隣にいたかった」
「……ッ⁉」
「けれど、それが叶わないこともわかっていた。私はお姉さまに代わって、五十嵐家の巫女にならないといけない。色情鬼を祓う者として恋愛なんて許されないもの」
樹里の全身から禍々しい黒いオーラが溢れだす。辺りを闇が包み込み、月明かりが再びかき消された。その強力な圧に美玲の身体から力が抜けていく。
「私はね、寂しかったの。いつの頃からか、あなたは私に敬語を使うようになってしまった。あなたとの距離が離れてしまったような気がして」
「落ち着け、樹里! その感情はきっと色情鬼に憑かれたせいや! 今、ウチが……」
普段意識して封印している方言がつい出てしまうほど必死に、美玲は叫んだ。
樹里に憑いた色情鬼を祓うべく、一度樹里を振り払おうとするが、全身にうまく力が入らなかったため、それは叶わなかった。
「美玲、どうか私のモノに……」
樹里の腰から四本の触手が生えてくる。
その触手に美玲は頭をがっちりと固定され、直後に樹里に唇を奪われた。
「んんっ⁉」
驚く間もなく、樹里の舌が美玲の口内へ滑り込む。
柔らかく温かいそれが口の中をくすぐるように荒らしまわる。
背徳的なこそばゆい気持ちよさを感じてしまいつつも、美玲は樹里の舌による責めを止めようと、自分の舌で樹里の舌を追いかける。
そうして、二人の舌が絡みあっていくうちに、美玲はより一層脱力していき、もう何だか訳が分からないけど心地よいという感覚に全身を支配されそうになった。
「むぐぅ……んんっ……」
――あかん……このまま、ウチが快楽堕ちしたら、誰が樹里を助けられるって言うんや!
そんな想いでギリギリ踏みとどまると、美玲は僅かに動く手で、狐火咲に向かって大狗利を投げる。
すると、大狗利は短刀から犬に姿を変え、狐火咲に巻き付いている鎖に食らいついた。
大狗利や狐火咲には神霊が憑いており、その姿を動物に変え、自立行動することもできるのだ。
やがて、大狗利が狐火咲の鎖を食い千切った。
――ようやった! 大狗利! 頼む! 狐火咲!
瞬間。
狐火咲が太刀から九尾の狐へと姿を変えると、周囲に業火が迸った。炎が樹里の周りを包み込む黒いオーラと混ざり合って弾け飛ぶ。その余波を諸に浴びた美玲は吹き飛ばされて地面を転がった。持っていた大狗利も取り落とす。すると、美玲に生えていた犬耳と尻尾が掻き消えた。
――祓えていてくれ……。
力が入らず、その場から動けない美玲は、祈るように樹里の方を見つめた。
「私は……いったい」
樹里はその場にへたり込んでいて、不思議そうに辺りを見回している。目の赤い光は消えている。これで一安心だ。
そう思った時だった。
「や、やだっ、私……そんな! ごめんなさい、お姉さま! ごめんなさい、美玲!」
自分が色情鬼に憑かれていたことを思い出したようだ。突然パニックになりながら立ち上がると、樹里は逃げるようにその場から走り去る。
「樹里!」
美玲はすぐに追いかけようとしたものの、まるで地面に縫い付けられたように這いつくばった状態から動けなかった。離れていく樹里に向かって、ただ空しく手を伸ばすことしかできなかった。
「樹里……」
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