142話 二十八日目 暇潰しの映画鑑賞
大型ディスプレイから流れてくる重低音と共にデカデカと映画のタイトルが浮かび上がる。
そのタイトル名は『
物語の舞台は砂埃舞う中南米のとある都市郊外。
挨拶代わりの銃声と爆発が混じり合った音をBGMに場末のバーで独り酒を呷るスキンヘッドの大男。
「おいおい、俺が言うこっちゃないが飲み過ぎじゃないか?」
「あん? いいからもう一杯だ――――」
低く、しゃがれた声。酒瓶の底をカウンターに叩きつけ、やがて男はカウンターに沈んだ。
そんな導入から映画は一気に加速する。
主人公は元特殊部隊の傭兵にして、かつて南米の麻薬カルテルを壊滅させた伝説の男、『ジャック・ケンドリック』。
ある少女の拉致事件にひょんなことから巻き込まれ、巨大麻薬組織と全面戦争を繰り広げる羽目に陥る運の悪い男。
敵も味方もやたらと爆散し、車が横転し、ヘリが撃墜され、ビルが崩れる。あらゆる武器を手に取り、主人公ジャックは怒号と共に敵への突撃を繰り返す。
ポロリもあるよ――どころではない。「デロン」や「ズルリ」なシーンのオンパレードで、それが無修正なのだ。
間違いなくこの映画はR指定、それも十八以上は確定だろう。正に、これが漢の義務教育だ! と言わんばかりの暴れっぷりである。
(なんちゅう映画を見せてくれたんだ、カール!)
「……いや、この大男は猟兵かなにかなのか? しかし、また考え無しに突っ込むな。死にたがりか?」
アカリが冷笑しつつ、そんな感想を呟く。そしてテーブルに置かれたナッツを一摘み。
末法の世を生き抜く彼女にとってこの程度のグロは気にならないようだ。
「なかなかの武辺者でござるな、この御仁は。無垢なる少女を助け出し、八面六臂の大活躍ですぞ!」
クロハは腕を組んで画面をジッと見据える。「身のこなしに迷いがなく、捨て身の構え……こやつ、できる!」――等と、真面目に映画の内容を受け止めている。
これはフィクションなので気楽に観てもらいたい……。
大型ディスプレイには爆煙を背にして敵のアジトに突入するジャックの姿が大迫力で映し出される。
そこかしこでバチバチと火花が飛び散り、壁ごと敵を叩き潰すシーンには――。
「うーむ……生身とは思えん凄まじい膂力、敵の頭が完全に潰れたぞ。この男は全身サイボーグか?」
炭酸水の入ったグラスを揺らしながら主人公のゴリラを超えたゴリラ染みたパワーを称賛していた。
あまりの馬鹿さ加減に語彙がおかしくなってきそうだ。
「しかし中々の迫力だな、金が掛かってそうだ」
「そりゃそうだよ~、旧世界の当時の最新技術で作られた映像作品だからね」
カールが「エッヘン!」と得意気に応える。
「アカリが言いたかったのは多分弾薬費の事だと思うが、この爆発とかは実際に?」
「違うよ? 劇場用のAI合成エンジンと物理演算マッピングがバリバリに使われててね、そりゃもう実際の爆発並にリアルよ!」
CGか。でも全く違和感が無いのが凄いな。
「……にしても、知らない俳優ばっかりだな。俺が眠りについた後の作品だからだろうけど」
俺が呟くと、カールがにんまりと笑った。
「ん~? ああ、そっちも爆発とかと同じくCGだよ? リアルタイム合成で作られた架空の人物! 本物そっくりでしょ?」
「マジかよ。人間の俳優にしか見えんぞ、こいつらは……」
「生成AIもびっくりというやつですな……!」
やがて映画は終盤に差し掛かる。
全身に傷を負いながらも単身で麻薬組織を壊滅させ、見事に少女を救い出す。
ラストは瓦礫と化した街の中心で少女と一緒に青空を見上げるジャックの姿で幕を閉じる。
そして本編とは似ても似つかない静かなエンドロール。先程まで鳴り響いていた銃声と爆発音が嘘のようだった。
「……ベタな展開ばっかりだったけど。まぁ、それなりに楽しめたな」
注文したら注文通りの料理がちゃんと出て来た――そんな作品だった。グロが不必要に多かったが。
肩を回しつつそう思っているとアカリも一つ頷く。
「うむ。テンポは良かったし退屈しなかったな。音響と映像の出来のおかげか? 旧世界の映画とやらは侮れんな」
「拙者は少々燃え申した。義手のカラクリ等、見習うべき動きが多かったでござる」
あれは見習わなくてもいい気がする。物理こそ正義、ザ・脳筋! と言った暴れ方だった。
「フンッ」
キナコは映画に興味無しのようで、床で丸くなって時折鼻を鳴らしている。
「さてさて、お次は何にする?」
カールがリモコンを肉球の上でクルクルと回しながら選択画面のサムネイルを選んでいく。
リモコンを使わんか、リモコンを……。
「どんな作品が有るのかわからないからお前が選んでくれよ」
「わかった! うーん…………今度は趣向を変えて、これだっ!」
カールのリモコン? 操作と同時にディスプレイの画面がフェードインし、重厚なBGMが流れ始める。
『
そんなタイトルが灰色の金属質フォントで浮かび、背景には惑星軌道上を周回する宇宙ステーションが映る。
(これは……アニメか? またもや聞いたことの無いタイトルだ)
タイトルの表示中に背景が惑星内に移り、雨のように降る灰の中で砲火が響き渡る。
「かつて存在した文明によって燃やし尽くされた星。残されたのは灰と記憶。そして、忘れられたプロトコル――」
やたら渋い声のナレーションが入り、画面はそのままフェードアウト。
惑星『ケルターⅣ』――そこは荒廃しながらも地下資源豊富な未開の惑星。
人類が広大な宇宙に進出した時代。
新たに発見された星を巡って数十の星間企業が資源獲得の為に争い、企業お抱えの部隊や使い捨ての傭兵たちがその惑星上の戦場に投入されていった。
そのような説明と共に冒頭から爆音と共に映し出されるのは泥にまみれた無骨な人型兵器。
ヘヴィ・フレームと呼ばれるソレが大量に荒野を駆け抜け、火線を交差させる戦場。
その中の一機、コックピットの中で愛機を操縦しながら無言で煙草をくゆらせる中年男性。
ごつい顎、皺の刻まれた目元、着ているパイロットスーツは所々が破れていた。
「……って、またオッサンじゃねえか!」
俺と同様にアカリも即座にツッコむ。
「どういうことだカール、また戦争物か? 映像がアレだが、規模は段違いのようだな」
「むむむ、いかにも
クロハがしげしげとスクリーンを見つめる。独り真面目に主人公らしきオッサンの考察をしようとしている。
「えっとね、これはリアル系兵器主体の戦争アニメでね? このシリーズはくたびれたオッサン主人公が多いのが特徴なんだよ」
カールが映画を邪魔しない程度の小声で説明してくる。
また実写かと思ったらまさかのアニメである、しかもシリーズ物。こいつは予想外だ。
しかし劇場版アニメらしく? 美麗な作画でキャラやロボットがヌルヌルと動くのは観ていて心躍るものがある。
(でもオッサン主人公……)
オッサン主人公はさておき、肝心の物語は企業間の小競り合いに傭兵として参加している主人公『ロウ・ガルドナー』の視点で進行していく。
彼の搭乗する旧型のヘヴィ・フレーム――ラグナ08は無骨で泥臭く、火器も全て実弾仕様だ。
射撃、砲撃、近接武器による白兵戦、塹壕での取っ組み合い──歩兵同士の戦闘の延長のような戦場描写が続く。
「うむむっ……! この兵器が相手でも拙者なら斬り伏せられる自信がありまする」
「大型の強化外骨格が相手か……。装甲スーツだと少々キツイか?」
「いえいえ、鈍重故に隙は多そうですぞ?」
(二人共、主人公機を仮想敵扱いせずに作品に集中してくれ。しかし、良くできたアニメーションだ。金が掛かってそうだな)
「おい、モンスターは居ないのか? モンスターは? いかにもモンスターが出てきそうな雰囲気だぞ」
アカリが渋い顔で映画にいちゃもんをつける。ヤマト連邦の日常と一緒にしないでほしい、これはフィクションなのだから。
「こう……未知の脅威とかはないのか? ほら、ネストモーフみたいな奴らが襲ってきたりとかだな――――」
「まぁまぁ、慌てなさんなって。これから出てくるかもしれないしぃ、出てこないかもぉ?」
カールがもったいぶった物言いをする中、映画は終始現実的なトーンで進む。
映画中盤。
企業の一つが占拠した古代文明の遺跡発掘作業中、発見された無人兵器群が突如として暴走する。
それを皮切りに各勢力が惑星の地下に隠されているという『遺産』の存在を察知し、血で血を洗う争奪戦に突入する。
時を同じくして他の古代文明の遺跡から現れる謎の機構体、意思を持つかの様に暴れ回る無人兵器。
それは神秘というより技術の暴走として描かれており、終始重々しい雰囲気が漂う。
「やっとモンスターっぽいの出てきたと思ったら、なんだ暴走機械か」
アカリがツマミと一緒に持ってきたスナック菓子のカーブを齧りながらぼやく。パワーバーベキュー味ばかり食べるのは止めてほしい。
「しかし、こやつらの制御コードが全て『旧言語』とやらで書かれておるとは……。演出とはいえ細かいでござるな」
クロハはその機械の構造表現にえらく感心していた。
そして戦局は混迷を極め、主人公の戦友たちが次々と命を落としていく。だが、彼はたった一人になりながらも襲い来る敵を排除し、尚も戦い続ける。
ライバル的なキャラを下した彼はナニかに導かれる様に遺跡の最深部――星の核と名付けられた遺産に辿り着く。
そこで彼が下した決断──それは、その遺産を解放することだった。
解放直後――。
画面全体が白く染まり、惑星ケルターⅣ全土が不思議な輝きに包まれた。
空が割れ、重力場が乱れ、機械の残骸が空へと舞い上がっていく。巨大な光柱が天を突き、世界が変わるかの様な荘厳な音楽が鳴り響く。
「うわ、なんだか凄いことになっちゃったぞ……」
その展開に手に汗握る。その時、不思議な事が起こったというやつだ。
「……人間の
「で、どうなるんだこれは……?」
アカリが食べかけのカーブを手に持って見入る。
その時、画面が暗転して再び星が俯瞰で映る。
残されたのは光に包まれたケルターⅣ。そして、コックピット内でボロボロの状態で座る主人公の姿。
「これが……俺たちの選んだ……終わり、か」
彼の低い声が響いた後、静かにタイトルが再表示され、エンディング曲と共にスタッフロールが流れる。
暫し部屋の中に沈黙が流れる。
「……終わったな」
俺がスタッフロールを見ながら呟くと――。
「うむ、色々と文句を言ったが楽しめたな」
アカリが少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「拙者、この泥臭き浪漫は嫌いではありませぬぞ」
クロハはどこか感慨深げに頷いた。
そして、再びカールがリモコンを手に取り――。
「さーて、お口直しに何か軽いの行っとく~?」
その後、結局三本目の映画は観ずに休憩することにした。流石に三連続で映画鑑賞は疲れる……。
「――で、結局あの惑星はどうなったんだ? 光に包まれて終わったが、なにも解決していないぞ」
アカリが空になったグラスを片手にさっきの映画の結末を気にしていた。
「主たる者、最後の一太刀で全てを締める……。大いに学ばせて頂きました」
クロハはよくわからんこと言い、静かに頷いていた。なんのこっちゃである。
「完全無欠のハッピーエンドとは言えないな、シリーズ物っていうぐらいだから続編が有るんだろうな。またオッサンが主人公だろうが……」
それぞれが感想を言い合う――そんな中、一階ガレージへ上がる為の階段から足音が響いてきた。
「やっほー、皆お疲れ〜……あれ、なにをしているのかな?」
笑顔と共に澄実香が下りてきた。いつも通りのキャミソールとミニスカート、オーバーニーソックスに白衣を着た格好。
そんな彼女は両手で髪をかき上げながらリビングのソファーに座る俺たちに近づいてくる。
「お、斬輝の修理は終わったのか?」
「うん、外装と内部部品の接続はね。この後に微調整をして、後はセラス君と一緒にAI周りの設定をして終了――かな?」
軽く肩を回した後、俺の座るソファーの背もたれに手を置いて身を乗り出してくる。
そうすると、必然的に彼女の柔らかいモノが当たってしまうのだが……彼女は全く気に留めずにグイグイ俺へと自身の体を押し込んでくる。
(なんで……)
「で、君たち何やってたの?――――ん、映画? その大画面で?」
「……んんっ! カールの記録領域に入っている旧世界の映画だよ。実写アクションとロボットアニメものを一本ずつ観たんだ。まあ、オッサンばっかりだったけどな」
「くふっ、なんだいそれは」
俺の最後のぼやきに彼女は吹き出した。
なにが嬉しいのか、ニヤニヤしながら更に俺に体を押しつけてくる。
逃れようと身を捩ったが隣に座るアカリに片腕をガッチリホールドされていて身動きが取れない……。
逃げ場が無い……。
「くふっ、そりゃまた渋いセレクトだね。でもさ、もうお昼だよ? お腹は空かないのかい?」
「…………あー、もうそんな時間か」
澄実香にポヨンポヨンされるがままの状態で時間を確認し、アカリも「そういえば、なんだか腹が減ってきた」と、孤独な感じで同意してくる。
「うーん、セラスはまだ戻ってきてないし……。そうだな、皆で外に食べに行くか。ほら、市場の中に屋台通りがあるだろ? あそこはテーブル席もあるしな」
そういうことならと二人のセクハラ攻撃から解放され、俺は皆と一緒に北側駐車場の南にある市場の屋台通りへと繰り出していった。
◇
オールドヤード北側市場の屋台通りは昼時で非常に賑わっていた。
肉の焼ける匂いとスパイシーな香りが立ち込める串焼き屋で俺は人数分の肉と野菜の串焼きを選び、キナコの分にと骨付き肉も追加で購入する。
確保した店舗脇の飲食スペースでクロハは和風の魚介スープを姿勢を崩さずに啜り、カールは合成肉ソーセージを嬉しそうに頬張っていた。
澄実香はフライドチキンにパクチーらしきものを食しており、アカリは串焼き片手にブラック・エールを呷っていた。
食後には他の屋台で購入した果実入りの発酵茶を片手にまったりと一休み――といった流れだった。
◇
昼食後。屋台通りを抜けて北側エリアを散策していると日差しが徐々に傾き始めてきた。
しかし市場の喧騒は熱を失うことはなく、昼の名残を色濃く残していた。そんな市場を横目に腹を満たした俺たちは帰路に就く。
自宅のガレージ前まで戻るとスチール・ロードでの用事を終えたセラスと鉢合わせる。
「おかえり、セラス。俺たちは市場で昼飯を済ませて来たよ。そっちは?」
彼女は常と変わらぬクラシカルなメイド服を身に纏い、腰まで届くポニーテールを揺らしながら静かに一礼する。
「ただいま戻りました、マヒロ様。フロストナイト合金の加工及び冷凍兵装用バレルの製造は滞りなく完了致しました」
「え、もう? 随分と早くないか?」
一礼する彼女の両手は空だった。傍に運搬用のケース等も無い。
一日で終わるような作業じゃないと思うのだが、そこは崩壊世界技術と万能メイドロイドが合わさった結果だと納得しておく。
「完成したバレルはベヘモットの格納庫内に転送済みでございます。現物は冷凍兵装完成の際に一緒にお披露目致しましょう。どうかその時を楽しみにしていて下さい」
気のせいかもしれないが、その口調はいつもの如く淡々としていて柔らかく――しかし、どこか得意気でもあった。
しかし、完成したと聞いて喜んでいたのだが彼女のその言葉に少しだけ肩透かしを食ってしまった。
「できれば今見たかったな」
「申し訳ございません。ですが、これもある意味での様式美ですので」
「なんでもかんでもそれで済ませるなよ? バレルが早めに完成したのはいいけどさ……」
半ば呆れて呟く俺に対し、セラスは首をコテンと傾げただけだった。
何とも言えない空気が俺とセラスの間を駆け抜ける。なんだか文句を言うのが億劫になってきた。
(さっさとリビングに行くか)
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