135話 澄実香への告白と正式な加入


 装甲スーツの話の後、俺は一度セラスと目を合わせて小さく頷く。



 先程、彼女には自分たちの事情を話す許可を取ってある。今からその事情を知らない者へ伝えるのだ。



「澄実香、クロハ、少し時間をくれ。今から大事な話をしたい」



 俺の言葉に対面のソファーに座っていた澄実香がきょとんと目を瞬かせる。俺の隣に座っているクロハもその言葉にスッと背筋を伸ばした。


「おやおや、何やら意味深だね? うん、面白い話なら是非聞かせて欲しいね」


 彼女は好奇の色を湛えながら視線をこちらに向ける。なにを言うのかとワクワク顔だ。


 一方のクロハは小太刀を外して脇に置き、膝をピッタリと閉じて揃え、静かに頭を下げる。


 ていうか、腰に差したまま座らないでほしい。



「拙者が未だ知らぬこと……そのような秘め事を今ここで?」


「そうだ、クロハにも聞いてほしい」


「御意! 拝聴させて頂きます」



 その様子を窺っていたアカリはソファーの背にゆったりともたれ、腕を組みながら軽く言う。


「そうか、二人にも話すのか。ま、クロハには言っておいいた方がいいだろうな。それと澄実香にも話すというのなら止めはしないぞ」


「ふむ……」


 澄実香は腕を組みながらも片手は顎に指を添え、興味深げに首を傾げる。


「うーん、かなり大事な話のようだね。これは真面目に聞かないといけないかな?」


「ああ、そうしてくれ。クロハもな」


 クロハは直ぐ隣から黙して真っ直ぐに俺の目を見つめる。紫水晶のような瞳を揺らがせずに俺の言葉を待っている。



「単刀直入に言う、俺は旧世界の人間だ。六百年以上前に冷凍睡眠処置された状態で、ここから北にある地下施設にずっと保管されていたんだ」



 その瞬間――澄実香は一瞬だけ息を呑み、目を大きく見開く。そして言葉を失ったまま、そっと手に持っていたカップをテーブルに戻した。


「なんの因果かその施設でつい最近目覚め、そこでセラスとキナコと出会った。ベヘモットともな。それでそこから抜け出し、オールドヤードに辿り着いた。その後に猟兵登録をし、アカリやカールを仲間にして今に至るというわけだ」


「旧世界……六百年……冷凍睡眠…………」



 澄実香は指で眉間を押さえながら目を伏せていたが、やおらに顔を上げた。


「冗談じゃないんだよね? 本当に、君は……」


「ああ、本当だ」


 もう一方のクロハは俺の言葉を静かに聞いていた。やがて彼女はゆっくりと口を開く。


「……では、御屋形様は人の身でありながら遥かな時を越えて来られた御方――これは正に神仏の加護に近い……まさしく伝説の御仁」


 そう言い、ソファーにピシッと座った姿勢のまま深く頭を垂れる。なんだか大袈裟なこと言い始めている、このくノ一は。



「このクロハ、誠に不忠千万ふちゅうせんばん! 御屋形様の真なる御姿に気づかずにいたとは……」


 なんだよ、不忠千万って。そこは無礼とか失礼千万じゃないのか? それにラスボスよろしくこの姿から変身はしないのだが……。


「いや、そこまで言わんでいい。普通はわからないだろうよ、こんな事情があるなんてな」


「……それでも見抜けなんだ我が未熟を恥じまする。本来なら切腹もの……ですがっ! これまで以上に命を賭してお仕え致しますので、どうか平にご容赦の程を」


「ああ、そう……。もうちょい気楽にいこうな、気楽に」


「はっ、笑止!」


「承知、ね……笑顔だからいいけど。なんにせよ、これからもよろしくな」


 苦笑混じりにそう言うとクロハは満面の笑みを浮かべ、その中に僅かな安堵の色をにじませて大きく頷いた。


「はっ、有難き幸せ!」


 セラスもそうだが、お前の忠誠心はちょっと重いんだよな……。


「さてさて……本物の旧世界の人間に、六百年の眠りときた! こりゃあ、すごい大ネタだね。いや、厄ネタかな? くふふっ」


 澄実香は興奮しているのか頬を赤らめ、目を爛々と輝かせる。手元の端末を取ろうとしたのを止めて、一度深呼吸をした。



寝物語ねものがたりで聞かされた、君が持つミュータントの異性への影響。それについてまだどこかで疑っていたんだけど、そこは散々体験して納得したよ。けれど、そういう事情があったとはね。いやはや、研究者としてはたまらない存在だよ君は」


 そう言いつつ、にんまりと笑う。まるで極上の獲物を発見した狩人のようだ。だが、その瞳の奥には明らかにそれ以外の感情も混じっているように思えた。


「……で? 私に話してくれたってことはどういう意味と捉えていいのかな?」


 彼女はわざとらしく腕を組みながら俺を覗き込むようにして問う。そんなことをすればたわわに実った胸部装甲がより強調されてしまうというのに……。



(わかっててやっているな、こいつは)



「澄実香に正式に仲間になって欲しいからだよ。それだったら隠し事は無しだろ?」


 その返事に澄実香はその場で口を開きかけて――そして何かを飲み込み、表情を引き締めた。


「……うん、わかった。この天乃澄実香、これより正式に君たちの仲間になろうじゃないか」


 彼女はソファーから立ち上がり、まるで儀式のように一礼する。普段の飄々とした態度の彼女からは想像もつかないような仕草だった。


「研究者であり、技術者でもあり、そして整備士でもある。戦闘は不得手だけど、なるべく足手纏いにはならないように努力するよ」


「ああ、荒事は俺たちに任せてくれ。その代わり、そっち方面で頼りにしてるよ。よろしくな!」


「くふっ、こちらこそ。それと正式に仲間になるついでに猟兵登録でもしちゃおうかな? 研究者と猟兵、二足の草鞋ってやつだね。くふふっ」


「そうか、澄実香がそれでいいなら――」



 そして俺の仲間たちが次々に声を上げる。



 アカリがニヤリと笑って――。


「戦闘は私たちに任せろ。その代わり、その整備の腕に期待する」


 セラスは俺の隣で軽くお辞儀をしながら――。


「歓迎いたします、澄実香様」


 キナコは尻尾を左右にブンブンと振って――。


「ウォフッ!」


 カールはいつもの調子ではなく、何故か合成音声風に――。


「アラタナユニット――天乃澄実香ノ登録完了。能力評価、B――チーム構成バランス――改善傾向……なんつってね! まあ、僕たちが居れば澄実香が戦うようなことは無いって、気楽にいってみよ~!」


 クロハは両膝を揃えて座したまま――。


「澄実香殿。至らぬ点が多々ありましょうが、今後とも――」


「うん、こちらこそ。それとクロハ君、堅苦しいのは程々にね?」


「……はっ、お言葉かたじけなく」


 皆が思い思いの歓迎の言葉を述べる。それと、クロハの堅苦しいというか古風というか、この独特な口調は直らんだろうな。





    ◇





 さて――澄実香が俺たちの正式な仲間になってからの最初の一歩。それは、現在抱えている問題に向き合うことだった。



「――それで、だ。今日の予定なんだが、車両販売店スチール・ロードに向かうでいいんだよな?」



 俺がそう口にすると、アカリが一つ伸びをしながら立ち上がる。


「ああ、私の緋閃の修理だろ?」


「そうですね。どの程度の時間が掛かるかわかりませんが、装甲スーツの状態を源蔵様に診てもらいましょう」


 他の面子も賛成の様だ。当然のように随行する気満々、別に置いていく気は無いが。


「スチール・ロードに行く前に寄る所があるな」


「うん。猟兵協会で私の猟兵登録だね」


 澄実香が小さく頷く。


「ああ。今のままでも大丈夫だと思うが念の為だな。本人も乗り気のようだし、先に登録を済ませてしまおう」


「くふふっ、なるほどなるほど。さっきも思ったけど、私が猟兵デビューか……。くふっ、面白くなってきたね」


 彼女は軽くウィンクし、善は急げとばかりに素早く立ち上がる。


 これから向かう戦場――いや、猟兵登録に向け、まるで遠足の時の子供の様な軽い足取りだった。


 そんな彼女に続いて俺もソファーから立ち上がろうとし、ふと思い出す。



(あれ……? 正式な仲間になったということは、賭けは俺の負けってこと?)



 澄実香と初めて会った後のセラスとの賭け。


 彼女が仲間になるかならないかだが、護衛依頼を受けた時は正式な仲間というわけでなかった。


 しかし、ついさっき彼女は俺たちの正式な仲間となった。


 これは……。



(あの時は負けると思わなかったからなんでもって言っちゃったんだよなぁ……)



 横に居るセラスをチラリと盗み見る。彼女は常と変わらず無表情で何を考えているのか全く読めない。



(このタイミングで賭けの事を言ってくると思ったが……まさか忘れている? いや、それはないな。しかし、なにも言ってこないなら好都合だ。このまま有耶無耶にして――)



「どうされました、マヒロ様? 皆に置いて行かれますよ」


「御屋形様、もしやお体の具合が⁉」


「……いや、なんでもない。触らんでいいから……」


 アンドロイド組に心配され、俺はようやくその場から動き出す。早足で階段を駆け上がり、ガレージを通って外に出て皆に合流。


 その背中をジッと見つめる無機質な視線に気付かずに……。




    ◇    




 協会内はいつも通りの賑わい見せていた。そして、その奥の受付カウンターには見慣れた顔がある。



「おはようございます、マヒロさん。今日は狩りですか、それとも遺跡探索を?」



 目の前に居るのは俺たち専属の受付であるエリナさん。今日は登録だけなので個室ではなくカウンターで応対してもらった。


 いつもの笑顔、いつもの丁寧な声。だが――出会い頭に一瞬だけ心臓がドクンと跳ねた。



(昨日のカゲロウ・シェルターでのアレがなぁ……)



 あの未発見遺跡を勝手に探索した一連の顛末。これが知られたらどんな罰則を受けることやら……。



(あそこから退避した時、周囲には誰も居ないことは確認済みだが)



 俺は努めて平静を装いながら笑顔で返す。


「いやいや、今日は休みですよ。昨日は……ちょっと外で狩りをしていたんで」



(――うん、嘘は言っていない。荒野でモンスターとやり合ったのは事実だ)



 少しだけ背中に汗が滲むのを感じた時、俺の隣でセラスが静かに口を開いた。


「昨日は荒野にて複数体のモンスターと遭遇。即時戦闘となり、全て排除しました」


「あ、はい。お疲れさまです。ちなみにどのようなモンスターでした?」


「はい。メタルハウンドやカラクリモールばかりですね。賞金首狙いで動き回っていましたので特に剥ぎ取りなどはしませんでした」


 セラスの口調は終始ブレず、事務的ながらも一切の反論を許さない圧があった。下手に反論しようものならなにをされるかわからない――そんな迫力を感じさせた。



 エリナさんは端末を操作しながら「そうですか」と頷く。



「それで今回は新規の登録ということですが、そちらのお連れの方――」


「天乃澄実香だよ。今日からマヒロ君たちのチームに正式に加入することになったんだ。まあ、よろしく頼むよ」


 澄実香が一歩前に出て名乗る。白衣の襟を正して、どこか慇懃に頭を下げる。


「戦闘は専門ではないけど、調査・解析・整備といった分野で貢献できるかな。よろしくね、エリナ君」


「なるほど、メカニック系の方ですか。ええ、ようこそ。では必要事項に記入をしてもらって――――――はい、大丈夫ですね。では、等級はFからになります。猟兵についての説明をしたいのですが?」


 俺が初日に訪れた時と同じ流れで手続きが進んでいく。書類を提出し、携帯端末は自分の物を使うということで断る。


「ありがとう。説明は要らないよ、マヒロ君たちに教えて貰うか携帯端末に情報をダウンロードして読むからね」


 そう言いながら、自分の携帯端末を取り出してエリナに見せつける。それを見たエリナさんは納得し、備え付けの端末に澄実香の登録情報を入力していった。



 そして登録は無事完了、澄実香はエリナから登録証を受け取る。


「天乃澄実香さん、これであなたは正式に猟兵となりました。これから頑張って下さい」


「ありがとう、エリナ君」


 澄実香が笑顔で返すとエリナも柔らかく微笑んだ。一瞬の気まずさもなく、このやり取りは無事に終わった。



(……よし、バレてない。多分)




    ◇




 澄実香の猟兵登録手続きは無事終わった。そして、その直後の事――。



「あの~……さっきから気になっていたんですが、そちらのお二方は?」



 カウンターの向こうに居るエリナさんの視線が俺の後ろに向けられている。


 そう、俺の後ろ――セラスの隣でちょこんと佇むクマ型ヌイグルミ。カールが遠隔操作するテッド・ランチャーに視線が釘付けになっているのだ。



「マヒロさん……。あの、そちらの可愛らしい……クマ?……さんは」


「ああ、こいつですか? カールの新しい端末なんですよ。ほら、前に言ったじゃないですか。端末にするって」


「あぁ、そういえばそんなことを……本当に端末にしているんですね」


「前はカストリを端末にしていたんで大分印象が違ってますけど」


「確かに。あの時の印象が強かったので、実際にこの姿を見るとなると……」



 目を丸くしてカールを見るエリナさん。


 そんな彼女に対してローズピンクカラーのテディベアが愛嬌たっぷりに手をワチャワチャと振る。


 プニプニの大きな肉球、そして首元には小さなチョーカーとリボンがきらりと光るラブリーなクマのヌイグルミ。



「へい、エリナくぅん。お久しぶり~。ボクの新しい姿、どう? ふわっふわでしょ? 抱き心地抜群だよん、遠慮なくモフッていいのよ?」


「…………」



 だが、口を開けばその可愛さは減少。


 エリナさんの頬が引きつっているのがその証拠だ。対応に困っているのが表情筋の変化から容易に読み取れた。


「えっと……とても……かわいらしい……ですね、ははっ……」


 無理やり笑顔を作ったエリナさんに対して、カールは上機嫌で耳をぴょこぴょこと動かす。


 彼の隣では、セラスが何も言わずに視線を彼女に向けていた。


 そして、エリナさんが真に面食らったのはその次――。



「それと、こっちの――」



 俺が何気なく言葉を発した瞬間、カウンター越しのエリナさんが硬直する。


 彼女の視線は、俺の陰からニュッと姿を現した独特な衣装を身に纏うクロハに注がれている。


「えーと、ですね……。彼女はくノ一型アンドロイドというやつでして――」 


「えっ、アンドロイド⁉ それに……く、くノ一?」


「……」


「……あの、その、本当に……?」


 クロハは無言のまま軽く一礼し、何故か言葉を発しない。ただ、怜悧な目でエリナを射抜くように見ていた。



(……そりゃ驚くよな)



 濡れ羽色の髪に特徴的な簪、改造された小袖とアームカバー、そしてガーターベルトとオーバーニーソックスという出で立ち。


 それが足音も立てずに滑るように動き、影のように俺に寄り添っているのだ。



 セラスに負けず劣らずの美貌のくノ一型アンドロイド。



 それは先のテッド・ランチャーとはまた違った意味で場の空気を凍りつかせるに足る存在だった。


 というか、俺や仲間と話すときは割と感情表現豊かなのだが、初対面の相手だと警戒するのだろうか。


 受付嬢は敵ではないんだが……。



「クロハと申す。故あって御屋形様にお仕えしております」


「ゆ、故あってですか……? おやかたさま…………」


「左様…………」


(うーむ、なんて言えばいいんだ? 未発見遺跡で仲間にしましたなんて言えるわけがないしな……)



 どうしたものかと思案していたその時、例によって彼女が動いた。



「荒野で拾いました」


「……はい?」



 セラスの平坦な声が、その場に漂う微妙な空気を一刀両断した。



「拾いました――以上です」


「…………はい?」


「拾いました。道端に落ちていたので回収しました」



(いやいや、お前はなにを言っているんだ?)



 いやいやいやと俺が思う間もなく、セラスは強引なドリブル突破を敢行する。


 エリナさんは動揺の色を隠せずになんとも言えない表情でセラスの無理筋な経緯を聞いている。



(犬猫じゃ…………あぁ、そういえば犬は拾ったか)



「そ、そう……ですか……? 拾った……」


「ええ。土砂に埋もれていた(カゲロウ・シェルター内の)球状格納コンテナを発見したのです。偶々、偶然、チャンスです」


「はあ、そうですか……」


(そうそう、偶然だぞ――で済む話じゃないと思う。でも、エリナさんはそれ以上突っ込んで聞いてこないし。うーん、これは……?)


 セラスは全く動じることなく、拾ったの一点張りを通す。拾われたクロハ本人は、無言のまま俺の傍に控えていた。



 なんだろうか、この状況は。



 エリナさんは最後まで腑に落ちない表情だったが、結局それ以上は何も言及してこなこなかった。


 どこか疲れたような表情、諦めの境地であろうか。



(うーん、怖いな偶然)



「はぁー……。それでは、澄実香さんの登録は完了しました。皆様お気をつけて」



 溜息の後にそう言いい、彼女は一礼した。貼り付けた様な営業スマイルだが目が少し泳いでいた。そこには敢えてツッコむまい。


 こうして俺たちは協会の建物を後にする。


 カールが操るテッド・ランチャー、セラス、待合スペースで待っていたアカリ、そして新たに加入した澄実香とクロハを連れて。



(こうして見ると中々に個性豊かなメンバーだ)



 こいつは今まで以上に騒がしい毎日がやって来ること疑いようが無い。そう思いながら次なる目的地へと歩き出した。



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