prologue2


 病院で難病を告知されてから一週間。


 俺はその間に身の回りの整理をあらかた終え、くだんの冷凍睡眠の治験を受けに指定された施設を訪れていた。



「こちらの書類一式にサインをお願いします――はい、ありがとうございます。それではですね、各種事前検査をした後に臨床試験を開始しますので――――」



 施設の職員から渡された同意書などの書類の束に黙々とサインをした後に手術着のようなものに着替え、職員の誘導に従い、現在は地下五階に設置された冷凍睡眠装置の前にいた。



「なんでこんな地下にあるんですか? 地上一階で良いでしょうに」


「いやぁ、私に言われましてもねぇ」



 職員――白衣を着ているから医師か研究者なんだろうな――と雑談をしながら部屋の中を見回す。


 まぁいいんだけどさ、地下五階でも。

 


(学校の教室ぐらいの広さか?)



 殺風景な部屋の中央にデカい棺桶のような物が鎮座している。


 これが俺が入る冷凍睡眠装置とやらだろう。高圧酸素カプセルより一回りデカいくらいだな。


 上側が透明だが閉所恐怖症の人にはこれでも辛そうだ。


 その装置から多数のコードが伸びて床を這い、回りの――おそらく被験者の状態をモニターするであろう機器類に繋がっている。



「では、準備が出来ましたのでこちらで横になってください。後は我々に全てお任せください」


「あの……これ、痛みとかそういうのは――」


「いやいや、ご安心ください。まず最初に被験者さんには眠っていただくので痛みを感じるようなことはありませんよ。その後に冷凍処置をしていきますから、赤木さんにとってはあっという間の出来事になると思います。最初は一週間後に覚醒させます。それで問題がなければ冷凍睡眠を月単位で何度か繰り返すことになります」



 それなら安心――か? 子供の頃に全身麻酔の経験はあるから、あっという間というのは分かる。


 オペ室で麻酔されて、まぶたがだんだんと重くなってきて、目を閉じた次の瞬間にはベッドの上――だったな。


 夢を見る暇もありゃしなかったな。


 しかし冷凍睡眠なんて初めての経験だ――正直な所怖い。しかし、今さら言っても始まらない。


 そう考えながら装置の中を見渡す――うん、狭いな。


「それでは、薬を注入していきます。少しヒンヤリします。リラックスしてください、段々と眠くなってきますからね――」


 俺は体の何カ所かにペタペタとバイタル計測用の電極パッドを貼られた状態で、冷凍睡眠装置内で静かに横たわっている。


 そして、腕に刺された点滴用の管を通って徐々に薬液が送られてくる。確かにヒンヤリするな……。


 そういえば、映画とかで主人公がエンディングで冷凍睡眠する時って、大抵は次回作で大抵碌でもない目に遭うよな。


 そう――なんて映画だったか。前作の主人公の吹き替えがやたら印象に残っていたような記憶が――――。



(――ナニかが入ってくるような感じは終わ――全身が気だる――――せい――――か――――――)





  ◇





「先輩! 例の被験者の処置は終わりましたか? だったら食堂でご飯にしません?」


「ん、良いよ。ちょっと早いけどね。んー、何にするかなっと…………よし! 今日はA定食にしようかな」



 白衣を着た2人の職員が施設内の食堂で大して美味しくもない定食を食べながら雑談をしていた。


 食堂内は静かだ。どうやら彼ら二人以外には食事をしている人が居ないようだ。



「AとB定食しかないですけどね。肉か魚かの違いしかないですもん……えぇと、僕はB定食で! でもですよ? もうちょっと社食のメニューが増えて欲しいですよね。訳のわからない研究に予算を割いてるからじゃないんですかね、ったく。それに……あの新しい部署のあいつらときたらもう――」


「……口はわざわいの元だよ。ウチはウチ、他所は他所。僕らは上の命令通りに仕事をすれば良いの」



 二人は雑談をしながら食事を手早く食べ終え、備え付けのサーバーで淹れたコーヒーを飲んで寛いでいた。


 その彼らの耳にテレビモニターから流れてくるニュース音声が飛び込んでくる。



「近年多発している異常気象は今後も――――ナノマシンの規制とアンドロイド新法は――――またも航空機の墜落事故――今月だけで二十件――――――」


「世の中どうなってんですかね、物騒なニュースばかりですよ。ここで働いている自分が言うことじゃないですけど、終末時計の針が一気に進みそうですね」



 先輩と呼ばれた男は目の前の後輩らしき男の発言に若干眉をひそめる。



「その冗談、笑えないね。それに人類はそこまで愚かじゃないよ、少なくとも僕はそう信じてる」


「わかりませんよ~? 今この瞬間にも核戦争が勃発! 文明社会は崩壊――なんてことに。もしそうなったら自分は苦しまずに死にたいですよ。下手にシェルターなんかに籠って生き延びてもお先真っ暗でしょう? あぁ、そういえばここの施設って地下階はシェルター仕様でしたっけ」



 なにが楽しいのかニヤニヤしながら不穏当なことをのたまう後輩を先輩と呼ばれた男は軽くあしらい、席を立つ。



「はいはい――いつまでもバカ言ってないで午後のお仕事をやろうか。例のレポート提出よろしくね」


「例の冷凍睡眠の被験者の、ですね。アレ……ひどい話ですよね。医者が患者を騙してるんだから。藁をもつかむ思いなんでしょうけど、自分だったら死にかけだろうが大金積まれようが、あんなの絶対御免ですけどね。だってアレ、ただの冷凍睡眠だけじゃ――――」



 先輩と呼ばれた男は後輩の男を無言で睨みつけ、そのまま何も言わず食堂を出ていってしまった。


 それを見た後輩の男は肩をすくめて食堂を後にする。


 食堂内から聞こえてくるのは、厨房で料理人が食器を洗う音とテレビからのニュース音声だけ――――。




「――以上、今日のニュース――えっ?――ここで速報が――――――」


 


 

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