24話:両親への説得と決意の火種


 ――巨大な悪魔が漆黒の翼を広げ、燃え上がる火柱の中央で咆哮を上げる。


 俺は荒れ狂う炎の渦をかいくぐり、最後の一撃を放つ。


 倒れゆく悪魔は、不気味な怨嗟の声を残して闇へと消えた。


「……よし、今日の配信はここまで! いやー、これは手応えあったな」


 深夜の自室で、配信ソフトを切りながら思わずガッツポーズ。


 VTuber「ナール」として活動する俺、鳴海 優は

 ここ数週間ずっと試行錯誤を続け

 ようやくゲーム実況が板についてきた気がする。


 でも今はそれどころじゃない。配信を終えると、すぐにタスクを確認。


(明日、両親との話し合いがあるんだった……本気で説得しなくちゃ)


 「コラボイベント参加」を正式に表明するにしても

 家の反対をどうにかしないといけない。


 先日の文化祭が一時的にバズった影響もあって、もう後戻りはできないのだ。


 思わず息を呑む。

 頭に過ぎるのは、レイナ先輩の猛アプローチや茅ヶ崎さんの複雑な表情……。


 焦っていても仕方ない。明日こそ踏ん張りどころだ。


「……やるしかない。俺にはもう、VTuber活動を捨てる選択肢はないんだ」


 そう呟きながら、ベッドへと身を横たえる。


 ――しかし、翌日の現実は想像以上に波乱を呼ぶことになる。



◇◇◇



翌朝、リビング


「優、ちょっといいか?」


 朝食のあと、父が真剣な目で俺を呼び止める。


 母も隣で腕を組み、やや厳しい顔だ。


 昨日俺が「週末に配信イベントがある。

 コスプレイヤーの先輩とコラボするかもしれない」


 と切り出したのが発端だ。


「そのVTuber活動とかいうの、もう少し詳しく説明してくれないか。

 学校の勉強に支障がないなら好きにしろとは思うが……

 将来のことを考えてるのか?」


「将来、ですか……」


 頭が痛い質問だ。

 俺は素直に言葉を探す。


「実は文化祭で配信を取り入れたステージを大成功させて

 自分なりに手応えを感じてるんです。

 将来かどうかは分からないけど、もっと真剣に続けたいと思ってて……」


「しかし、お前はまだ学生だろ? 

適当にやっているわけじゃないとはいえ、進学のこととか考えてるのか?」


「もちろん考えてます。

でも、配信活動が将来につながる可能性だってあると思うんですよ」


 父の眉がひそまる。


 「確率は低いんじゃない? そんなネットの世界……」と母も呟く。


 一瞬、やっぱりダメかと心が折れそうになる。


 でも、ここで引き下がったら終わりだ。


「僕は、一度でいいから本気でやってみたいんです。文化祭の成功もあって、応援してくれる仲間がいます。ネットで人を楽しませる仕事だって、立派な生き方の一つだと思うし……」


「……仲間、か」


 父が面白くなさそうに腕を組む。


 母は難しい顔をしながらも

 俺の真剣な表情を見て何かを感じとったのか口を閉じる。


 数秒の沈黙。


やがて父がため息をつき


 「あとでちゃんと話そう。夜、時間を作れ」とだけ言い残し、会社へ向かった。


 「あまり父さんを怒らせないようにね……」

 と母も心配そうに微笑んで出かける。


「ふう……」


 重い空気が残るリビング。


 自分の意見を伝えられたのは進歩かもしれないが、すっきりとはいかない。


 しかし、これで終わりにするわけにいかない。


 今日の放課後、茅ヶ崎さんや翔太、三浦さんに状況を報告して動こう。


 そう決意して家を出た。



◇◇◇



放課後――裏アカ同盟会議


「親御さん、どんな反応だった?」


 翔太が真っ先に尋ねる。俺は苦笑いで首を振る。


「とりあえず“ちゃんと話そう”って……まだ決着はついてない。

 でも、全否定って感じでもなかったかな」


「それは良かったかもね」


 三浦さんが微笑む。


「ちゃんと向き合ってくれそうじゃない?」


「そう思いたい。……茅ヶ崎さんはどう? 家族に言ったりしてる?」


 そう振ると、茅ヶ崎さんが静かに頷く。


「先日のテストでそこそこ結果を残したから、少しは聞く耳持ってくれそう。

生徒会長の仕事もちゃんとやってるし、言いようによっては理解してもらえるかも」


「いいじゃん! 香澄ちゃんも一歩前進だな」


 翔太が嬉しそうに言うが、茅ヶ崎さんは複雑そうな顔をする。


「でも、レイナ先輩のこともあって、鳴海くんがどう動くのか気になって……

落ち着かないの。配信は続けるけど、先輩とはどうするの?」


 彼女の瞳は揺れている。


 レイナ先輩が俺に想いを寄せていることを薄々感づいており、不安そうだ。


「正直、まだ悩んでる。

 コラボイベントには参加しようと思うけど……恋愛感情は別問題でさ……」


「そう……」


 しばし沈黙。その空気を三浦さんが破る。


「でも、とりあえずコラボする以上、準備進めないと日程に間に合わないよね?」


「うん。先輩には参加表明しておこう。

あとは親との話し合いがクリアできれば、正式に動けると思う」


「そうだね、あまり先延ばしにしたら先輩にも迷惑だし……」



◇◇◇



その日の夜――実家のリビング


「話を聞こう。で、何をどうやって続けるつもりなんだ?」


 父がソファに腰掛け、腕を組む。母は少し離れたところにいて俺を見ている。


「えっと、俺がやってる配信活動は“VTuber”って形です。

ご存知の通り文化祭でも少しやったんだけど、あれが結構評判良くて……。

ネット上で観てくれる人も増えてます」


「評判……なあ。でもそれで食っていけるわけじゃないだろ?

受験だってあるし」


「もちろん受験を疎かにする気はないです。時間管理もしっかりやります。

 俺がどこまでいけるかは分からないけど……

 友達と一緒に真剣に取り組んでいるんです」


 ふと母が口を挟む。

「友達って、同じ学校の子? いったいどんな子たちなの?」


「うん。生徒会長の茅ヶ崎さんとか、クラスメイトの翔太や三浦さん。

 あと最近知り合った先輩がいるんですけど……

 みんな優秀で、違う形で夢を持ってて……」


「楽しそうね。だけど学業はどうするの?」


「大丈夫。

 テストの成績は落とさないよう努力してるし、学校にも迷惑はかけません。

 もしダメだったらそのときは活動をセーブするとか話し合うから」


 父は難しい表情。


 母も多少やわらかい顔をしているが、まだ返事はもらえない。

 しばらく重たい沈黙が流れたあと、父が口を開いた。


「まあ、文化祭のステージは確かに好評だったようだし

 先生方も『鳴海くん達が想像以上に真面目に準備していた』と言っていた。

……いいだろう。とりあえず、もう少しやってみろ」


「ほ、本当?」


「勉強や本分を忘れたら容赦なく止めさせる。いいな?」


「はい、もちろん……! ありがとうございます!」


 思わず頭を下げ、母が微笑みながら「体だけは壊さないでね」と付け足す。


 まさかここまでわりとスムーズに進むとは思わなかった。


 ホッと胸をなで下ろす。


 (やった……これでイベント参加にゴーサイン出せる)


 しかし、まだ一抹の不安が消えない。


 レイナ先輩の告白にどう答えればいいのか、それは別の話だ。

 俺はそれを抱えつつも、とりあえず両親の説得ができた安堵感に包まれていた。



◇◇◇



翌朝――学校


「へえ、両親OK出たんだ! それはすごいじゃん、優!」


 翔太が声を弾ませて喜び、三浦さんも安心そうに笑う。


「良かったねー!」


「ふふ、私も今日、家で話したら理解してもらえたよ。

テストと生徒会の仕事をちゃんとこなすならいいって」


 茅ヶ崎 さんが少し誇らしげに語る。


「じゃあいよいよコラボイベントに向けて全速力で準備できるわけか」


 翔太が拳を突き出す。

「まさに裏アカ同盟、再始動って感じだな!」


「うん、そうだな」


 そう答えた瞬間、ふと後ろから軽やかな足音。


 振り向けばレイナ先輩がフワリと近寄ってきた。


「おはよう、鳴海くん。調子はどう?」


「あ、先輩、おはようございます。あの……両親説得できました。

 イベント参加OKです!」


「やったね! じゃあ本格的に準備しようか! ……あとでちょっといい?」


 先輩はいつもの余裕顔で微笑む。


 だけど、その目はどこか真剣。俺は「はい」と軽く返事をする。



◇◇◇



昼休み――校舎裏

「実はさ、そろそろ私、受験勉強が忙しくなるから

 今回のイベントが大規模コラボできるのは最後かも……って考えてるんだ」


「え……」


「だから、尚更全力でやりたい。

 これが成功したら、私も親に“ほら見ろ、やれるじゃん”って言いたいし……

 でも、それだけじゃない」


 レイナ先輩は目を伏せ、少し頬を染める。

 俺の胸がドキリと高鳴る。これは、あの告白の続きか?


「私、鳴海くん、いや、ナールくんのこと、ずっと好きだったから……

 もしかしたら、イベント後はもう少し積極的にアプローチするかもしれない。

 恋愛的な意味で、ね」


「先輩……」


「答えはすぐ出なくてもいいよ。むしろちゃんと私を見てから決めてほしいの。 だから、一緒にイベント準備して、コラボして、私のこともっと知って?」


 まっすぐな瞳に射すくめられ、返す言葉が見つからない。


 だって俺には裏アカ同盟の仲間たちがいて、ずっと一緒にやってきた。


 でも先輩の気持ちを軽く扱うのも失礼だ。


「……分かりました。俺なりに、ちゃんと考えて答えます」


 なんとかそれだけ言うと、先輩は安心したように笑顔になり


 「じゃあ、頑張ろう!」とウインク。


 ――こうして俺は、イベント準備に本腰を入れることを決意すると同時に

 先輩の告白にどう応えるか悩み続ける日々を送ることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る