12話:ナールと鳴海 優は同一人物!?


 ――深い霧に覆われた廃墟の街。

 見渡すかぎり、瓦礫だらけの暗い世界が広がる。

ここは、ゲームの中のボスステージだったはず。


「今日は絶対にクリアしてみせる……!」


 視界に映るのは、黒いドラゴンがうごめく邪悪な城門。

炎がちらつき、凶暴なモンスターの咆哮が遠くから聞こえてくる。


 俺は剣を握りしめ、実況カメラに向かって決意を表明した


――その瞬間、画面がフッと消える。


「……え、また落ちた?」


 暗転したモニターに焦る。

だが、その次に映し出されたのは配信ソフトの不調ではなく、現実の俺の姿が反射しているだけだった。


「……ふう。最近やたら配信が止まるな。視聴者にも迷惑かけちまう……」


 深夜の部屋でヘッドセットを外し、独り言を呟く。

 近ごろ文化祭の準備でさらに疲弊してるせいか、集中力が続かないのかもしれない。

 俺は“ナール”としての配信活動を無理やり切り上げ、机に突っ伏すように眠りかけた。


 すると、スマホからプルルッと着信音。

 

見ると、生徒会長の茅ヶ崎 香澄から連絡が来ている。

 夜も遅いのに珍しい。


いったい何事だろう……と、少し不安になりながら通話ボタンを押す。


「鳴海くん……ごめん、こんな時間に。今、少しだけ話せる?」


 茅ヶ崎さんの声は緊張でやや震えていた。

いつものクールさは感じられない。


「うん、どうした? 何かあったのか?」


「……実は、聞いてほしいことがあるの。あのね――」


 茅ヶ崎さんが何か言いかけた瞬間、どこからかもう一つの着信音が鳴った。


 え?どこからの音だ?


 俺は画面を確認しようとしたが

茅ヶ崎さんが「ごめん、あとでまた連絡する……」と急に切ってしまう。


「なんだろう。茅ヶ崎さんらしくない……」


 不安が増す。

まさかまた秘密がバレる系の事件?

いや、もう茅ヶ崎さんは大人気VTuber“CAS”であることは俺にバレてしまったし……。


 それ以外で何があるんだ。


 頭をかきながら、通知を見てみると、今度はコメント欄からのメッセージと配信終了のメッセージが表示されている。


「配信終了のメッセージ表示……でもなんで茅ヶ崎さんが連絡を……」


「配信終了のメッセージ表示……?」


 配信が強制終了された場合、メッセージは表示されない。


 まさかと思いつつ、嫌な予感が胸をかすめる。

 もしかしたら、俺が“ナール”である証拠を茅ヶ崎さんが掴んでしまったんじゃ……?


 そんな考えを頭から追い出せずにいると、今度はSNSのメッセージが届いた。

 「鳴海くん、明日放課後、例の資料室で会えない?」


――茅ヶ崎さんからの短い連絡。


 そこには、ただならぬ緊迫感が滲んでいた。



◇◇◇



翌日、放課後——資料室


 埃まみれの資料室に向かうと、茅ヶ崎さんが書棚にもたれて待っていた。

 俺の顔を見るなり、真剣な眼差しで近づいてくる。


「……鳴海くん。単刀直入に言うね。あなた、“ナール”でしょう?」


 ――心臓が一瞬止まるような感覚。


 まさか、ストレートにこう来るとは……ごまかしようがない。

あまりの衝撃に息を飲んでしまう。


「え……なんで、そう思うわけ?」


 精一杯の抵抗を試みるが、茅ヶ崎さんの目は鋭い。

もう決定的な証拠を掴んでるかのようだ。


「昨日何気なく最近人気のゲーム実況者"ナール"の配信を見ていたの。

そしたら途中で画面が不自然に止まって……」

「切り替えて文化祭準備の話をしようと鳴海くんに電話を掛けたの、

そしたらその直後にナールの配信から着信音が鳴ったの」


「そ、それは……ただの偶然じゃないか?」


「そう思ってた。でも、決め手は“鳴海くんの声”と“ナールの配信トラブルで一瞬漏れた声”が酷似していたこと。正直、はっきり確信したわ」


 がーん。


 声マネなどできるはずもないし、もしチラッと配信に素の声が混ざってしまったのなら、もう言い逃れは不可能だ。


 茅ヶ崎さんは悲しそうに目を伏せた。


「ごめん……鳴海くんにも秘密があるなんて思ってなかった。

私の方こそ、CASだってバレて困った身だけど……もし、うまく言えなくて苦しんでたなら、早く話してくれたら良かったのに」


「俺、言えなかったんだ。怖くて……お互い秘密を抱えているのは同じだけど、俺は地味な存在でしかないし、ナールとしての活動なんて大したものじゃない。」


「でも、実はけっこう頑張ってて……配信が楽しくて……

それを茅ヶ崎さんや学校の人に知られたら、どう思われるか不安だった」


 口をついて出る本音。まるで胸の奥に詰まっていたものが一気に溢れ出すようだ。

 茅ヶ崎さんは少し戸惑った表情を浮かべたあと、すうっと息を吐く。


「そっか……気持ちはわかる。私も、生徒会長である自分と、配信者CASの自分をどう両立すればいいかわからなくて不安だから」


「うん……」


「でも、これで私たち……お互いがVTuber同士だってことを知ってしまった。

もう隠しようがないね」


 茅ヶ崎さんは言葉を切り、微苦笑する。

その表情には、重荷が少しだけ軽くなったような安堵も含まれている気がした。


「それなら、いっそ腹を割って話さない?

文化祭の配信企画、すごく力を入れたいの。」

「二人で協力すれば、もっと面白いものが作れるかもしれない。

 ……だって、ナールとCASがタッグを組んだら最強じゃない?」


 動揺していた俺の胸に、ぱっと光が灯る。


 そうだ。

俺も茅ヶ崎さんもお互いがネット配信に本気なんだ。

それを隠しながらやるより、協力し合ったほうがいい。


 ただし、学校や家族にはバレないように……まさしく“裏アカ同盟”だ。


「……茅ヶ崎さん、ありがとう。正直ホッとしたよ。これまで言うタイミングを逃してたから」


「私もようやく踏ん切りがついた。せっかくだから、文化祭の配信で一緒に何かやらない?。

"私たち"を使ってみんなを驚かせる企画とか……!」


「おう、任せろ! 俺は編集も配信も、負けない自信あるからな!」


 ガッチリと拳を合わせる二人。

 これが、俺たち“ナール”と“CAS”の本当の連帯感。


 そう思うと胸が高鳴り、もう一度深呼吸してみる。苦しかった秘密が消え、漲る開放感がすさまじい。


「よし、これからが本番だ。"裏アカ"同士、思いっきりやってやろうぜ!」


 茅ヶ崎さんもうれしそうに頷く。


 ――こうして、長きにわたる秘密が崩れ去り、俺たちは本当の味方になるための一歩を踏み出すことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る