2話:俺がナールであることは絶対秘密
――炸裂する雷撃。
炎をまとった魔人が雄叫びを上げる。
「お、おまえら、そんな数で襲ってくるのは反則だろ!」
俺は剣を握りしめ、押し寄せるモンスターの群れを必死に迎え撃つ。
ゴゴゴゴ……!
大地が揺れ、大量の敵が重なり合うように襲ってくる。
これをどう突破すればいいんだ?
いや、むしろこういうときこそ、ファンのみんなにかっこいいところを見せるチャンス――
「――はい! というわけで本日の配信はここまでにしておきます!
ご視聴ありがとうございました!」
モンスターの大群を前に、なぜか画面がピタッと止まり、テロップが流れ始める。
……は? 終わり? まだ途中だろ?
「って、俺が配信を終わらせる設定なのかよ! 勝手に切るな――!」
俺の叫びもむなしく、視界が真っ暗になっていく。
次の瞬間、俺はベッドでガバッと飛び起きた。
「……夢、か」
深夜のゲーム実況の続きが脳内で暴走したらしい。
心臓がバクバクいってる。隣の机を見れば、配信用マイクとパソコンが散らかったまま。
まだ消し忘れたモニターにはログイン画面が出ている。
ここは異世界でも何でもなく、俺の部屋だ。
パジャマ姿で仰向けになって、しばし天井を見つめる。
「とりあえず、今日は学校行かなきゃな……」
当たり前だけど、俺には“世界を救う”よりも“授業を寝過ごさない”ほうが大事な日常がある。
もうすぐ文化祭の準備が本格化するっていうのに、配信ばかりしてる場合じゃない。
でも正直、配信は楽しいし、少しずつだけどファンも増えてる。
できれば続けたいよな。
――そう心の中で呟きながら、俺は意を決してベッドから起き上がった。
◇◇◇
朝の教室。
俺が席に座ってボーッとしていると、青柳 翔太が「ナールの動画」を見ながらニヤニヤしていた。
「いやー、昨夜の切り抜きが最高だったんだよ!」
「モンスターに囲まれて絶体絶命のとき
“これが俺の真の力だ!”みたいなこと言いながら大技出そうとして――」
「……そ、そうなんだ」
翔太はまったく気づいていないが、その配信者こそ俺本人。
複雑な気分になりながらも、適当に相槌を打つ。
「しかも、その技を出す寸前で“今日の配信はここまで”って切ったんだぜ?
あの絶妙な引き! やるなあ、ナール」
どこかで聞いたような展開だと思ったら――
俺が寝落ち寸前で配信を終了させたやつだ。
ゲーム内では仕留め切れなくて悔しかったけど、リスナー的には盛り上がったっぽい。
結果オーライ……かな?
「……まあ、引き際も大事なのかもな」
そう言ってごまかしていると、隣の席の女子がひそひそと話しかけてきた。
「そういえば茅ヶ崎さん、今日は生徒会の仕事であちこち回るらしいよ。
クラス毎に企画アンケートを集めるって」
「へえ……ってか、俺らのクラスも協力するんだよな」
文化祭はもう二週間後だから、準備スケジュールがキツいらしい。
茅ヶ崎 香澄――あの完璧生徒会長が中心になってみんなを動かしているとか。
俺には直接関係ない……と思っていた、そのとき――
ガララッと、教室のドアが開いた。
「失礼します。茅ヶ崎です。
先日配布したアンケートの回収と、追加でお知らせがあって来ました」
一瞬にして教室が静まる。
茅ヶ崎香澄は相変わらず整った姿勢で立ち、堂々とクラスを見回してから、やわらかい声で話し始めた。
「皆さん、アンケートへのご協力ありがとうございました。」
「実は――文芸部や放送部とも連携しまして、ステージ企画をもっと盛り上げられないか検討しています。
その関係で、編集や動画関係に詳しい生徒を探しているんですけど……」
と、そこで茅ヶ崎さんの視線がこちらを向き、ほんの少しだけ止まったように見えた。
まさか、と思う間もなく、彼女はすぐに目を逸らして続ける。
「もし詳しい人や興味がある人がいれば生徒会室か職員室までお越しください。」
「以上です」
そんな一言を残し、茅ヶ崎香澄は深々とお辞儀をしてから去っていく。
教室の男子数名が「天使か……」と呟いているが
あまりに格式高いオーラがありすぎて誰も気軽には声をかけられないらしい。
――動画編集か。
俺はVTuberとして配信や動画投稿をしてるから詳しいっちゃ詳しいけど、絶対言えない。
「おい優、興味あるんじゃねーの?」
翔太が冗談交じりに言ってくる。
「いや……別に」
「ま、確かにお前が人前で何かやるなんて想像つかねえよな」
翔太はケラケラ笑っている。俺は苦笑いで返すしかない。
(でも……今、茅ヶ崎さんが俺の方を見たのは何だったんだ?)
気のせいかも、と思いつつも、胸の奥に小さな違和感が残る。
クラスのみんなが「生徒会長ってやっぱ完璧だよなあ」「学年トップの成績だし」と騒ぎ始めるなか、俺はぼんやり考え込んでいた。
◇◇◇
放課後。疲れた体を引きずって部室棟の一角にある文芸部の部室へ向かう。
ドアを開けると、顧問の先生はまだ来ていないようだ。
先に一人でパソコンを起動し、明日の課題をやっつけようと思う。
(生徒会が動画編集技術を求めてる……文化祭の企画……)
思い出して勝手に気が重くなる。
俺が名乗りを上げるわけにはいかない。
学校にバレたら配信もできなくなるかもしれないし、そもそも舞台裏ですら目立ちたくはない。
だけど、なんとなく心の片隅で「もしかしたら面白いことができるかも」なんて思ってしまう自分もいる。
「……俺には向いてないさ。黙ってよう」
そう呟いて、ノートパソコンを開いた。
今日こそは早めに帰って、配信は深夜までやらないようにしないと。
テストも近いしな。
……だが、その日の夜、思いもしない“呼び出し”が俺を待ち受けていた。
――明日、生徒会室に来てほしい。――
そんな書き置きメモが、いつのまにか机の上に置かれていたのだ。
書かれた文字は見覚えのない綺麗な字体。
まさか、これは……?
◇◇◇
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