第3話

記憶の波が一気に襲ってきたことによる頭痛と吐き気で眠りこけて1日。すっかり体調はよくなったが、結局俺はもとの枯れた生活には戻らず高校生のままだった。高校生を演じるというのは無理だけど、潜入捜査だと思えばなんとかなるかもしれない。


(いや、さすがに何年も20歳以上年下の高校生と同じテンションで生きるのは無理だな)


すぐに無理だと悟るがやるしかない。そう思い朝の支度をして家を出た。両親からは健康体だった俺が異常に体調が悪くなり、吐いてすらいたのに1日で高校に行くと言ったらとても心配していたが気にしない。


駅に着き満員の電車に乗る。社会人になって、満員の電車に乗る機会は減っていたからこの満員電車に乗るのは久しぶりだった。ぎゅうぎゅうとかばんやらで背中や腹を押される感覚。そんな中、斜め前に同じ高校の制服を着た女子高生がちわわみたいに震えて立っているのが目に入った。


学校は俺の乗る最寄りから快速急行で1駅だ。だから次の駅につくまでまだあと5分以上ある。震えている女子高生が体調不良なら、倒れてしまうのが心配だ。同じ高校の制服を着ているなら話しかけても問題ないだろうと思って、視線を少し下にずらした時だった。


(スカートが捲れ上がってる…痴漢か?)


スカートがブレザーの裾あたりまでずり上がっていた。いくら満員とはいえスカートがそうなることはない。つまりこの斜め前にいる女子高生は痴漢にあってるということだった。俺は警察官だし、痴漢は見逃せない。


とりあえず証拠が必要だ、と思い身を捩ってスマホを取り出しマナーモードにして撮影する。写真を確認すると丁度手が下着の中に滑り込もうとしている様子から、伸びている手の主の顔まで写せていた。


女子高生は泣きそうな顔になりながら、顔を青ざめさせている。そんな様子を見て、俺は女子高生を抱き寄せ痴漢野郎の腕を女子高生から離し摘発する。


「痴漢は犯罪ですよ。こんな身動きも取れないような場所で犯行に及ぶくらい欲が溜まっているなら、そういうお店に行った方がいいんじゃないんですか?」


「なっ!私は痴漢なんてしてない!勝手な言いがかりはやめてくれないか」


相手より身長が20センチくらい高かった俺は、上から圧をかける。現役の警察官舐めるな。


「っ、ガキのくせに…」


そんなことが聞こえたが、周りは”痴漢”というワードと少しスカートの捲れ上がった女子高校生を見て状況を判断したようで、ヒソヒソと冷たい視線が犯人へと向かう。


そんななか学校の最寄りに到着する、という車内アナウンスが流れる。この号車は階段の目の前に着くから、走って逃げられたら困る。痴漢はしっかりと処されるべきだ。俺は痴漢犯の腕を掴み、駅に着くのを待った。


「放せ!俺は痴漢なんてやっていない!」


そんなことを喚いているが、否認はダメだ。


「痴漢されて嫌な気持ちかもしれないけど、事情聴取のためにちょっと駅員室まで来て欲しい」


女子高生にはなるべく柔和な声と顔を努めて作って話しかける。


「はい、ありがとう、ございます」


駅に着き、喚く痴漢犯をひっぱりながら女子高生と共に駅員室まで行く。


「おいガキ!いい加減放せ!警察呼ぶぞ!おい!聞いてんのか!?あぁ!?」


「聞いてますが、警察を呼ばれて困るのはあなたの方では?」


そういうと痴漢犯は何も言えなくなったのか、嫌々ながらも俺に着いてきた。駅員室につくと駅員は怪訝な顔で俺を見てきた。


「痴漢の犯人とその被害者です」


そう言うと、駅員も理解したのか俺の見る目と痴漢犯を見る目が変化した。駅員が警察を呼び、到着した警察官に俺が撮った映像を見せ、女子高生本人からの証言もあり男は逮捕される運びとなった。


駅員室で助けた女子高生を改めて見て気づいたことだが、被害者は同じクラスの三輪さくらさんだった。たしかに三輪さんはかわいらしい見た目をしているし、痴漢の対象になり得るような見た目をしていた。だからといって、痴漢をしていいわけではないんだけど。


そんなこんなで俺たちは警察から解放された。三輪さんは親に迎えにきてもらって帰るそうなので、それまで俺が三輪さんを見守ってることにした。


「高井くん、今日は助けてくれてありがとうね。私痴漢に遭うなんて思ってもみなくて…、すごい気持ち悪かったし、見えない誰かに触られて、その手が直接触ってきた時なんて、気持ち悪すぎて泣くかと思った。そんなとき、高井くんが引っ張ってくれて、気持ち悪さから解放してくれた」


うん、と相槌を打ちながら俺は三輪さんの話を聞く。


「まだ気持ち悪いのは治らないけど、あのまま触られるのがエスカレートしてたら…って思うと…うん。だから助けてくれてありがとう」


「いや、俺は人として正しいことをしただけだよ。もっと早くに気づけたら、三輪さんが気持ち悪い思いをする時間も短くできたのにって俺は思うよ」


「…高井くんは優しいね。今日はほんとにありがとう」


そして待つこと30分。三輪さんの母親らしき人物がこちらに向かって走ってきた。


「さくら!身体は大丈夫?あ、あなたがさくらを助けてくれた子ね。ほんとになんて感謝をしていいか。本当にありがとうございます」


「いえ、こちらこそ娘さんが不快な思いをしているのに気づけずにすみませんでした」


俺が頭を下げると三輪さんの母親はあたふたとしていた。


「いいえ!謝らないでちょうだい。それに今日は学校もあるだろうし、あなたの貴重な時間を奪えないわ。私はさくらと車で帰るからえーと…」


「高井です」


「高井くんは学校に行きなさい。それから今日はほんとうにありがとうね。お礼はまたするわ。ほら、さくら。あなたもお礼言いなさい」


「言われなくてもわかってるよ!!…高井くん。今日はほんとにありがとね。またね!」


お互いにペコペコして別れ、俺は学校へと向かった。

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