おなじように感じて
ツル・ヒゲ雄
前編
おだやかなある春の日に、彼女は死んでしまった。自宅で殺されたのだ。後頭部を鈍器で殴りつけられて、あっけなくこの世を去ってしまった。
僕は彼女とおなじ大学に通っていた。それから大学の近くにある、ファーストフード店でも一緒にアルバイトをしていた。彼女がそこで働いていたからだ。
僕は彼女のことが好きだった。好意を寄せていた。彼女の死を、僕は深く悲しんだ。心の底から。
※ ※ ※
僕は彼女と大学で顔をあわせることを楽しみにしていた。可能な限り、おなじ講義を履修するように努めたし、たとえその日は一緒にいなかったとして、彼女がランチに行くことが多い時間帯を狙って、食堂を訪れるようした。
なによりも僕は、彼女と一緒のシフトでアルバイトをすることを楽しみにしていた。アルバイト先はちいさな店で、時間帯によっては彼女と二人きりになることもしばしあった。小学生が予定のない夏休みを待ちきれないように、なにがあるという保証もないそのタイミングを僕は待ち望んだ。
僕らはアルバイトの休憩中や退勤したあとに、一緒に食事に行くこともあった。ときにはお酒を飲んだり、カラオケを楽しんだ。複数人のグループで行くこともあれば、二人きりで行くことだってあった。
彼女も僕に対して、ささやかながら心を開いているように感じたものだ。
「嫌になっちゃう」彼女はレゲエパンチを一口舐めて言った。「もうサークルに行きたくない」
彼女はすこしだけお酒に酔ってリラックスしているようだった。僕たちはアルバイト先からほど近い居酒屋で夕食をともにしていた。店内の照明は不自然なほど白く、大学にも近いとあって、学生らしきグループが何組かいた。雑然とした店内はうるさかった。
オールラウンドサークルというものに彼女は所属していた。友達に誘われて、断り切れなかったらしい。様々なスポーツをしているそうだが、実際のところどういう趣旨で、どんな活動をしているのか、僕にはいまひとつわからなかった。
「行きたくなくなったんなら、行かなくていいんじゃない?」隣の席から転がってきた箸を除けながら僕は言った。
「いろいろとあるの。人間関係が」
「人間関係が」
「ねえ、私が言ったことをオウム返しするのはやめてくれない? 嫌なの、そういうの」
「ごめん、悪かった」僕は素直に謝った。
僕と彼女は住んでいる方面もほとんど一緒だった。よく一緒にならんで歩いて帰った。彼女が一人暮らしをしているアパートの前には、人々から忘れられたような寂れた公園があった。ときどきその公園のベンチに彼女と座って、様々なことを話した。大学の試験について、アルバイト先で起こったできごとについて、まだ漠然としている将来について、ときには過去について。
彼女は小学生のころに父親を亡くしていた。病死だった。医師は真摯に最善を尽くしたし、彼女をふくめた家族も懸命にサポートしたということだったけれど、残念ながらその願いが通じることはなかった。
その話を聞いたとき、彼女は酔っていた。日ごとに肌寒さを増す、冬の入口の夜だったことを覚えている。亡くなった父親が幼い彼女に与えていたであろう、やすらぎのようなものを僕で満たすことができたならと思った。
僕らは次第に、大学の講義やアルバイトがない日にも会うようになった。その日は花火大会だった。わりと大規模なもので、毎年恒例となっている一大イベントだった。
彼女は藍色の浴衣姿で待ち合わせ場所にやって来た。上品な淡い黄色の帯がよく映えていた。着こなしのすべてが彼女によく似合っていた。
僕は彼女を写真に撮った。撮らずにはいられなかった。それに気がついた彼女は両手で顔を覆った。
「やめてよ!」いつもより高く鋭い声で彼女は言った。
「ごめん、あまりにも浴衣が似合っていたから」僕は頭を下げて謝った。素直なのだ。
その日はとても蒸し暑かった。人ごみのなかを長時間歩いたから、べっとりと重たい汗に濡れていた。綺麗に染められた彼女の栗色の髪は、浴衣にあわせてアップスタイルにまとめられていた。そのうなじに、きらりと光るものを見た。汗の玉さえも煌めいて見えた。花火の輝きなんて、ほとんどなにも覚えていない。
僕は彼女のことが好きだった。
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