第55話 甘酸っぱい恋の魔法

 ブラックウルフの魔石を確保したあと、オレたちはシルヴィアの案内で“聖なる泉”へ向かうことになった。


「ところでさシルヴィア、聖なる泉って何なんだ?」

「マルムの森にある精霊信仰の中心地ですわ。そこで身体を清めると、悪しき穢れが祓われ幸を呼ぶと言われていますの」


「へぇ……そんな伝承があるんだね」

「オレも初耳だぜ」


 ハルの感想にオレも同意した。


 けどそれより気になるのは――スカーレットの様子だった。


 さっきから頬を真っ赤にして、やたら辺りをキョロキョロして落ち着かない。

 明らかに挙動不審だ。


「どうしたんだよスカーレット? 裸になるわけじゃねえんだろ?」

「な、なってるし! ちゃんと分かってるし!!」


 わかってねえ時の言い方だそれ。


 反対に、シルヴィアは横でずっとニヤニヤ。

 絶対なんか仕掛けてる顔だ。


 歩くこと数分、森の静寂がふっと途切れ――目の前に、澄み切った青の鏡のような泉が現れた。


「ここが……聖なる泉か」

『大量の魔力を感じる。うまそうだな』

「黙れジータ、食う場所じゃねえって」


 泉の水は透き通ったガラスみたいに揺らぎ、周囲の木漏れ日を跳ね返してきらめいていた。


 空気は澄んでいて、森とは思えないほど凜と静謐で……確かに“神聖”って言葉が似合う。


「それではわたくしはスカーレットと着替えてまいりますわ。――行きますわよ」

「わ、分かったわよ……! スタン、覗いたら消し炭だからね!?」

「覗かねえっての!」


 シルヴィアとスカーレットが視界から消え、続いてオレも脱ぎ始めると――


「ひゃっ!?」


 ズボンを下げた瞬間、ハルが変な悲鳴を上げて目を覆った。


「どうしたんだよ?」

「な、なんでもないよ! ボクは周囲を見張ってるからっ!」


 ハルは顔を真っ赤に染めたまま逃げていった。


「なんなんだほんと……」


 とにかくパンツ一丁になったオレは、先に泉に足をつけてみる。


「つめたっ……!」


 水は雪解けみたいに冷たい。

 慎重に慣らしていると――木陰からひらりと動きがあり、シルヴィアが姿を現した。


「スタンくん、お待たせいたしましたわ」


 次の瞬間、言葉が喉に張り付いた。


 シルヴィアは青のビキニタイプの沐浴着に、透ける白布を腰に一枚巻いただけだった。


 布の隙間からのぞく曲線は滑らかで、豊満な胸元は布を押し上げて今にも零れ落ちそう。

 陶器みたいに白い肌が水面の反射で淡く光り、長い脚線は眩しいほどしなやかで――


 まるで泉から生まれた女神そのものだった。


「うふふ……似合っています?」

「……似合ってる。やべえくらい似合ってる。ていうかすげえ綺麗だ」

「まあ……お上手ですことっ」


 嬉しそうに口元へ指を添えるシルヴィア。

 こら心臓、落ち着け……!オレにはスカーレットが――


「――スカーレット、そろそろお願いしますわよ?」

「わ、分かってるってばぁ……!」


 木陰の向こうから、消え入りそうな声。

 しびれを切らしたシルヴィアが容赦なく手を引きずり出した。


「きゃあ!?」


 そして姿を見せたスカーレットは――布面積の少ない赤いビキニタイプの沐浴着ひとつ。


 華奢な身体が際立つ細い腰、白く滑らかな素肌、わずかな布に強調される曲線。

 普段は凛々しく戦う彼女が、今は肩をすくめて頬を真っ赤に染めてモジモジしている。


 シルヴィアが“女神”なら、スカーレットは――刺すように可愛くて、息が止まるほど眩しい。


「み、見ないでよ……そんなに……」

「見ちゃうわ! きれいすぎて見惚れちまうに決まってんだろ!」


 言葉が勝手に漏れた。


「変じゃない? 変じゃないわよね……!?」

「変なわけあるか! めちゃくちゃ似合ってる! 本当に綺麗だ、スカーレット!」


 沸き上がる高揚感のままオレが思わずスカーレットの手をぎゅっと握ると、耳まで真っ赤にして――


「ふえっ!?」

「こんなにきれいな女の子がオレの彼女で……オレは幸せだ!」


 その瞬間、スカーレットの瞳がぱっと揺れ――


「……ッば、バカぁあああああ!!」


 バシィッ!


 勢いよく頬を叩かれた。


「なんでだよ!?」

「恥ずかしいこと真顔で言わないでよぉおおおお!!」


 顔を両手で覆いながら、全身真っ赤になっている。


 ――いや、ビンタされたけど。

 でも悪くねえ。だって今のスカーレット、最高に可愛かったから。


「うふふ、お二人とも初々しくて、とっても可愛らしいですわ」

「青春ですね~」


 泉の縁で固まっているオレとスカーレットを、シルヴィアとアレッタさんが見守っていた。

 けどその視線は冷やかしじゃなくて――どこか優しくて、あたたかかった。


「それじゃ、スカーレット。一緒に浸かろうぜ。……楽しみにしてたんだろ?」

「な、なによその言い方……! どうしてアンタにそんなこと分かるのよ」


 しゃがみ込んで視線を逸らすスカーレットに手を差し伸べながら、オレは吐き出すように本心を伝える。


「恥ずかしくても、その姿をオレに見せてくれた。それだけで分かるよ。……オレは嬉しい」


 スカーレットの肩がびくりと震えた。


「もう……バカ。そんなこと言われたら……余計に好きになるじゃない」


 その呟きは、泉の波紋みたいに胸に広がっていく。

 オレはそっと彼女の手を取って、泉の方へ歩いた。


 なぜだろう――胸の奥が、熱くてたまらなかった。


「つ、冷たっ……!」


 水に足を浸した途端、小さく身を縮めるスカーレット。

 思わずオレは横に寄り、抱き寄せてしまった。


「す、スタン……?」

「こ、こうすれば……冷たくないだろ」


「なっ……! スタン、今日どうしちゃったのよっ!?」


 顔を真っ赤にして、きょろきょろ視線を泳がせるスカーレット。

 その反応に、逆にオレの顔も一気に熱くなる。


「ご、ごめん! そんなんじゃなくて……オレはただ、スカーレットが……オレのことを想ってくれてたのが……嬉しくて。つい……」


 言葉を並べようとしたその瞬間――


「うわっ!?」


 足を滑らせたオレはスカーレットと一緒に泉へ倒れ込んでしまった。


「きゃっ……!」


 水しぶきとともにつかんでしまったのは――赤い布の下、柔らかくも慎ましやかな胸元。


 一瞬の感触に、オレは反射的に手を引っ込めた。


「ご、ごめん!! わざとじゃ――!」


 制裁を覚悟して身を固くする。

 いつ火を浴びてもおかしくない――


 ……しかし。


 スカーレットは怒らない。

 むしろ、頬を薔薇色に染めて、とろんとした瞳でオレを見つめていた。


「スタン……しゅき……」

「は?」


 さっきまで凛々しかったスカーレットじゃない。

 水に濡れて、頬を赤くして、今にも泣きそうな甘い声で――


「スタンが欲しいの。ねえ……お願い、アタシを抱きしめて」


 喉がカラカラになる。

 心臓が暴れ出す。


 こんな表情、オレだけに向けられてる。


「スカーレット……本当にいいのか?」

「うん……スタンじゃなきゃ嫌なの。お願い……」


 目を閉じて小さく唇を尖らせるスカーレット。

 触れれば、きっともう引き返せない。


 けれど、それでも――


「……スカーレット」


 オレは、そっと顔を寄せた。

 触れ合う寸前――あとほんの数ミリで――


「大変だよ、みんな! 魔物が――えっ?」


 最悪のタイミングで、ハルが駆け込んできた。


 オレとスカーレットは反射的に飛びのき、顔を両手で覆ったまま震えるスカーレットの頬は真っ赤、オレの心臓はもう爆発寸前だった。


 ああもう……あと数秒だったのに。

 でも――


 胸の奥が、熱い。

 オレは確かにスカーレットを好きだって、今日ほど強く思った日はない。

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