第53話 マルムの森での狩り
森に分け入ったオレたちは、まず魔物の痕跡を探すことにした。
「それにしても魔物ってばどこにいるのかしらね? いるものなら出てきなさ〜い!」
スカーレットが無意味に声を張り上げる。
「意味もなく叫んだって出てくるかよ。こういうときは足跡とか残骸を探すんだって、メーヴィス先生が言ってただろ?」
「ふんっ、そのくらい知ってるわよ!」
ぷいっとそっぽを向くスカーレットに、オレはやれやれと肩をすくめた。
相変わらず素直じゃねえな……。
すると、その空気を切るようにハルが声を上げる。
「ねえスタン君、これ……足跡じゃない?」
ハルが指差した先、地面に小さな人の足型みたいな跡が並んでいる。
「この大きさ……ゴブリンか?」
「たぶんね。こっちに続いてるわ!」
スカーレットが足跡を追い、オレとハルもそれに続く。
しばらく下草をかき分けると、前方の茂みに三匹の緑色の影が見えた。
――ゴブリンだ。
「最初の相手としてはちょうどいいわねっ!」
「おい、勝手に――」
制止する間もなく、スカーレットは駆け出していた。
「クキャッ!?」
「クキャキャキャ!」
ゴブリンたちは声を上げ、粗末な棍棒を構える。
「行くわよ、ドレイク! ――我、汝を呼び求む。業火の息吹を操る赤竜よ、顕現せよ!」
スカーレットの呪文に応え、赤い魔法陣が展開する。
次の瞬間、頭一つ分もある巨大なドラゴンの頭が姿を現した。
「グウウウウウウンッ!!」
咆哮一つで枝葉が震え、ゴブリンたちは腰を抜かしそうになりながら逃げ出す。
「逃がすものですかっ!
「待て! こんな森の中で火を使うな!」
「――っ、しまった!」
スカーレットは悔しげに奥歯を噛むと、すぐに切り替えた。
「なら、業火の息吹を操る赤竜よ、焼失の剣と化せ!」
ドレイクの姿が一閃の光に包まれ、金色の刃に変化する。
「っ、行くわよ!」
スカーレットは一陣の疾風のように駆け、逃げるゴブリンに迫った。
「これでも――食らいなさいッ!」
剣を振り下ろす。その一撃は重く、音もなく最初の一匹を頭から両断する。
「クキャアァアッ!!」
「クギャッ!!」
仲間を斬り伏せられ、二匹のゴブリンが恐慌の中で突進してくる。
「――甘いわよ!」
スカーレットの剣が横薙ぎに閃いた。
空気が揺れ、炎の残滓が尾を引く。
その余波に呑まれたゴブリンたちは、甲高い悲鳴を上げて炎に飲まれた。
「クギャアァアッ!!」
たった数秒で三匹全てが沈黙した。
「はぁ……はぁ……。どう、アタシとドレイクにかかればこんなものよ!」
控えめな胸を張るスカーレットに、オレとハルは思わず息を飲んだ。
「やっぱすげぇな……」
「スカーレットさん、本当に強いね……!」
「ふふん、当然よ!」
得意げに笑うスカーレットの隣で、炎の残り香が微かに漂っていた。
戦闘が終われば、次は魔石の回収だ。
「ううっ……なんでこんなグロいことしなきゃなのよ……!」
スカーレットが顔をしかめ、ゴブリンの胸にナイフを突き立てる。
鈍い感触が伝わり、心臓の代わりに小さな結晶がのぞく。
「しょうがねえだろ。魔石を集めなきゃ点数にならないんだからさ」
「うっ……分かってるけど……」
「我慢しようよ、スカーレットさん」
ハルが優しく宥めると、スカーレットは観念したようにため息をついた。
それぞれ一匹ずつを解体し、胸から緑の魔石を摘出する。
「……これが、魔物の命の核か」
陽光に透かすと、魔石がどこか不気味に煌めいた。
次第に、初めて命を奪ったときの重みが胸をよぎる。
けれど、それを越えていかなきゃいけない。
「さあ、次を探しに行くか」
「ええ!」
「うんっ」
それぞれ魔石を懐に収め、オレたちはまた森の奥へ歩みを進めた。
✳
一方その頃、シルヴィアもお付きのメイド・アレッタと共にマルムの森を進んでいた。
「本当に他の方と組まれなくて良かったのでしょうか……?」
不安げに眉をひそめるアレッタに、シルヴィアは豊満な胸に手を添えてきっぱりと告げる。
「心配には及びませんわ。わたくしとアレッタがいれば、この程度の森など造作もないことですもの」
その肩には、雪梟の召喚獣ワイズが止まり、丸い目をぐるりと巡らせながら、冷徹な視線で周囲を見張っていた。
そのとき、アレッタがぴたりと立ち止まる。
「……お嬢様」
「ええ、感じていますわ」
ふたり同時に構えた瞬間、茂みをかき分けて巨大な影が現れる。
くすんだ茶色の毛並み、丸太のような前肢。
息を荒らし、爛々と目を光らせるのは――
「ブラウンベアーです! お嬢様、後退を!」
「いけませんわ! ここで下がれば、むしろ危険です!」
言葉を交わす間にも、ブラウンベアーが咆哮を轟かせ、土煙を巻き上げて突進してくる。
「グウオオオオオッ!!」
「アレッタ、任せますわ!」
「はっ!」
巨体の猛進を、アレッタが両足を踏ん張って真正面から受け止めた。
地面が陥没し、周囲の木々が揺れるほどの衝撃。
「ぐ……っ、さすがに重い……ですが!」
アレッタは顔をしかめながらも、両腕でブラウンベアーの胸板を押し返す。
「さすがですわ、アレッタ! ――雪原の賢者よ、氷結の弓と化せ!」
「ポッホーウ!」
ワイズが白銀の光に包まれ、精緻な氷の弓に変わる。
「動きを止めますわ!
弦を引き絞った指先に、空気が凍りつくほどの冷気が集まる。
放たれた矢は光の尾を引き、うなる音と共にブラウンベアーの胸へ突き刺さった。
「グアアアアッ!?」
凍結がみるみる広がり、茶色い体毛を白く覆っていく。
「アレッタ、今ですわ!」
「……心得ましたっ!」
アレッタが踏み込み、逆らう巨体の頭を見据える。
凍りついた皮膚に亀裂が走ると同時に、振りかぶった拳を振り下ろした。
「はああああっ!!」
鈍い破砕音が響く。
ブラウンベアーの頭蓋が陥没し、体が崩れ落ちた。
「……っ。仕留めました」
「お見事ですわ、アレッタ。さすがはわたくしの自慢の従者ですこと」
アレッタが血に染まった拳を布で拭う。
「……しかしお嬢様。あの巨体を氷で封じたとは、相変わらず見事なお手並みです」
「ふふ、当然ですわ。わたくしとワイズの連携に死角などございませんもの」
シルヴィアは軽やかに微笑んだが、その視線は森の奥へと向かう。
吹く風が、木々をざわめかせる。
「……スカーレット。あなたも無茶をしていませんと良いのですが」
そっと胸に手を当て、友の無事を祈るシルヴィアだった。
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