#8 火輪のうた
おお、燃ゆる火輪よ。今宵もまた、海の彼方へ沈まんとするか。わたしは立つ、浜辺に立つ。揺らめく光の宴、橙と紅とが空に溶け、波の綾に映りこむ。しかして、この光景、ついぞ留め置く術なし。嗚呼、惜しや、惜しや。
光は落ち、色は褪せ、天の果てより藍が染み出す。目を凝らせど、そこに火輪の姿なし。されど、瞼を閉じてみよ、たしかにある、たしかに見える。今しがた消えたはずのその輝き、わたしの眼裏に刻まれしは何ぞ。いや、果たして消えたと申せるか。見えぬは、なきことと同じや否や。
風よ、風よ、お前は知るか。彼の火輪の行方を知るか。その暖かき気配、まだここに残るか。さればこそ、見えずとも、消え去りしとは申せぬ。風は囁く、「ここにも、あそこにも、あの者の影あり」と。かつて沈みし無数の夕陽、その名残を運びゆく風ならば、今日のこの陽もまた、どこかへと運び去られるのであろう。
記憶なるもの、奇妙なるかな。姿なきもの、触れぬもの、されど確かに胸のうちに息づくもの。見えねども、感じらるるならば、それはまだ在ると申せるか。今日の夕陽もまた、消えたのではなく、形を変え、わたしの内に残るものなり。
さあ、夜の帳はすでに降りぬ。海の上には星の華。闇こそ広がれど、闇にあらず。消えたるものの残した余光、それこそが、この夜を照らすものならん。
かくしてわたしは、火輪のあとを追うをやめ、今宵の星を見上ぐるなり。沈みし太陽は、滅びしにあらず。消ゆるはすなわち、また生まるることなり。今消えた光は、明日の朝日へと繋がるものならん。
さればこそ、さらば、さらば。光よ、また会わん。
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