#5 そして誰かいなくなった

 白い。

 ただ、白い。


 天井も床も壁もない。ただし、それは「ない」のではなく、あるのだ。あるが、白すぎて認識できない。だから、ないのと同じだ。


 ここには五十人いる――いた、と言うべきか。


 最初に数えたとき、確かに五十人だった。それは皆の共通認識であり、疑いようのない事実だった。だが、ふと気づけば、誰かがいなくなっている。


「誰がいなくなった?」


 誰かが問うた。しかし、誰も答えられなかった。なぜなら、その「誰か」を思い出せないのだ。


 白い空間は何も変わらない。人々は同じように佇んでいる。だが、確かに数が減っているのだ。数え直してみた。四十九人。確かに一人、消えている。だが、その名も顔も、声も、誰一人として覚えていない。


「最初から四十九人だったんじゃないのか?」


 誰かが言う。否定しようとしたが、確信が持てない。確かに五十人だったはずだ。しかし、それを証明する術がない。名簿もない。写真もない。ただ、漠然とした記憶があるだけ。だが、記憶とは何か? 証明なき記憶は、それ自体が存在するのか?


 考えれば考えるほど、混乱する。この何もない空間が気持ちを狂わせているのだろうか。そうしているうちに、また誰かがいなくなる。


 四十八人。


 名も知らぬ、顔すら思い出せぬ誰かが消えていく。まるで、最初から存在しなかったかのように。


「このまま、私たちも消えるのか?」


 誰かが呟いた。誰かが消え、そしてまた誰かが消える。気づけば、四十七人。次に数えれば、四十五人。やがて、四十人。


 記憶は頼りない。人の脳は曖昧で、時間とともに歪む。もし、いなくなった者のことを誰一人覚えていなければ、それは本当に「いなくなった」のか? 存在したと、どうして言えるのか?


 三十人。


 二十人。


 十人。


 五人。


 ついに、二人になった。そして、一人になった。


 彼は、最後の一人としてそこに立っていた。しかし、彼の顔には不思議な表情が浮かんでいた。


 「いや、違う。私は……最初から一人だったのではないか?」


 そうして、彼は数える。


 一。


 それは確かな数であった。


 では、消えた四十九人は? 彼の記憶の中にすら、その存在はない。そもそも、「いた」とは、どういうことなのか? 存在とは、何をもって証明されるのか?


 白い空間は、相変わらず何も変わらない。ただ、そこにあるのは、一つの数だけ。


 一。


 そして、誰かがいなくなった。

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