第15話 オムライスとオマジナイ
「お待たせいたしました。お嬢様」
サユリさんがオムライスを運んで来てくれた。私から見てサユリさんの姿勢やたたずまいは美しいと言わざるをえない。ただ、なんというか、そこには初々しさが同居している。おそらく、接客にはまだ慣れていないのだ。そう思うと応援したい気持ちになる。
「ワー! オムライスですヨ! 音鳴サン!」
「そうだね! 美味しそうだ」
私とエリザさんはスプーンを手にとりオムライスを食べようと思ったのだが、そこで店長のお婆さんに「待ちなっ!」と止められてしまう。な、なに!? 心臓に悪いですよ!?
「お客様。オムライスを美味しく食べるオマジナイがまだでさぁ。サユリのオマジナイを聞いてやっちゃあくれませんかい?」
「お、お婆様。メイドの喋り方はそういうものではありません!」
「ありゃ、そうなの? 難しいねぇ」
「で、でも……オマジナイは本当に必要でしょうか。お婆様?」
「そりゃ必要だろう。メイド喫茶ってのはそういうもんだろう? それくらいは私も知ってる。それがご奉仕ってものだろう」
「う、うぅ……何か、違うような気もするのですが」
サユリさんは恥ずかしそうに赤面している。これから、オマジナイとやらをするからなのか。それとも店長とのやり取りが恥ずかしかったのか。あるいはその両方か。サユリさん! 強く生きてくれ!
「それでは、コホン……できたてオムライスさぁん! 美味しぃくなぁれぇ!」
なかばヤケみたいなテンションでサユリさんは私のオムライスに、ケチャップで綺麗なハートを描いた。お、おお! これ知ってる! なるほど、美味しくなるオマジナイとはこういうものか! テンション上がるなぁ……とはいえ。
サユリさん、めちゃくちゃ恥ずかしそうだった。そこまで恥ずかしいなら、やめときなさいよ。と、お姉さんは思ってしまう。だけど、頑張ったね! サユリさん! このオムライスは美味しくいただきます!
「そ、それでは、こちらのお嬢様にも、ど、同様のオマジナイをおこなわせて、もらいます」
いやいや、同様のオマジナイじゃないんだよ! サユリさん! あんたが今凄く動揺してるんだよ! 端から見ても分かるぞ。え、誰か止めないの!?
店長は孫の成長を見守るお婆さんの目で熱い視線を送っているし、エリザさんはワクワクした表情で目を輝かせている。私はというと……あんな楽しそうな顔のエリザさんに水を差すようなことはできないな。すまない。サユリさん。あなたが頑張った分、お店にお金は落とすから。頑張って~!
「あ、あの、しょの……しょのぉ……」
サユリさん。顔が真っ赤で、目がぐるぐる回っている。や、やっぱり止めた方がいいかも……なんて思っていたが、遅かった。サユリさんは「きゅう……」と小さく口から漏らし、その場に崩れ落ちてしまった。え、気絶した!?
「き、気絶してるぅ~!? あまりの緊張に気絶しちゃったんだ!?」
「エ、エエエ~!? だ、大丈夫……? デハ、ないデスヨネェー!?」
エリザさんと二人で慌てているとカウンターから店長がやって来た。「あらら、またか」と呟く店長は、落ち着いた様子。またかって……というか、この子あんたの孫でしょうが……もっと心配してやりなよ!
「お客さん。落ち着いてくださいね。よくあることなんです。数分もすれば起きます。けれど、今日はもう休ませた方が良いかもねえ」
店長はお店の入り口に向かい、掛札をひっくり返して戻ってきた。お店を準備中にしたんだと思う。
「何度も言いますがね。この子、数分もすれば起きます。そういうことなんで、まあ……心配要りませんや」
「え、えぇ……」
とりあえず、言いたいことも聞きたいこともいっぱいあったけど、とりあえずサユリさんを私の隣に座らせることにした。糸が切れた人形みたいに気を失ってるようだけど、床に寝かせておくよりは椅子に座らせておいた方が良いと思う。背もたれもあるしな。店長は、特に文句を言うこと無く、カウンターへと戻っていった。
ほどなくして、店長がコーヒーをもって戻って来た。お盆に乗ったコーヒーは三つ。私たちとサユリさんの分かな? 店長、態度は冷静だけど、サユリさんの心配はしているよう。そのことが分かると、少し安心できた。いや、でもなぁ……孫を気絶させるのは良くないでしょ。私も彼女を止めなかったから、人のことは言えないけどさ。
「サービスでさ。ご注文分も含めて、お代は要りませんよ。すいませんね」
「えっと、サービスなのは良いんですけど、その……」
それを聞くべきかは悩んだ。だって失礼な質問だと思ったから。でも、どうしても気になって聞かずにはいられなかった。
「あの……店長さんは、今回みたいなことがよくあるって言ってたじゃないですか」
「……言いましたね」
「その、こういうことを聞くのは大変失礼だとは思うのですが、どうしても気になるんです。こういうことが、よくあって、その度にお代は結構ですなんて言ってたら……お店が成り立たないんじゃないですか?」
正直、黒字とか赤字とか以前の問題だ。店として成り立ってない。今日はまだお昼にすらなってないのに、店員が気絶して店じまいだなんて、マトモな状態じゃない。しかもそれが良くあることだって!?
今、私は凄く不謹慎なことを考えている。今の私の心中を誰かが知れば、サイコかお前は!? と突っ込むかもしれない。でも、私は今凄く、この奇妙な祖母と孫の関係に興味を引かれている。だって凄く、フィクションみたいでファンタスティックだ!
店長はどう答えたものか迷っているようだった。私も、迷惑な質問をしている自覚はある。これまでの私なら、こんなことは絶対に聞いてない。たぶん、ここ数日で私は少しだけ、色々なものに対して大胆になったのだ! あ、でも「なんやこいつ?」とか面と向かって言われたらショックで数日寝込むかもしれない。その時のことを考えてなかった……ど、どうしよう。
質問をしてしまった手前「やっぱいいです」とは言いにくい。というか言えない。でも、だんだんと冷静になってくると、これ以上店長に追求する勇気もどこかに消えてしまった。うぅ……やっぱり、勢いなんかで行動するもんじゃないかも。
その時「うぅん……」と言う小さな声が聞こえた。声のした方を見ると、サユリさんが目を覚ましたのだと分かった。お、おお! 良かった! 心配していたんだよぉ!
「サユリサン! 目を覚ましマシタカ!? 良かったデス!」
「うん、ほんとに良かった。大丈夫? どこか打ったりしてない?」
私とエリザさんがすぐに声をかけて、少し遅れたタイミングで店長が「サユリ、大丈夫かい?」と声をかける。サユリさんはほんの少しの間、ぼうっとしていたけど、状況を理解したのか、急いで席を立ち私たちに深々と頭を下げる。
「申し訳ありません! お嬢様!」
「イヤイヤ、無事なら良いんデスヨー」
「そうそう、サユリさんが無事なら、私たちは安心だから」
「あ、ありがとうございます……」
サユリさん。平気かな……? 今の彼女になんと声をかけるべきか迷っていた時、誰より先に動いたのはエリザさんだった。
「コチラの音鳴サンも気にしているようデスシ、私も気になってマス! サユリサン!」
「は、ひゃい!?」
「アナタさえ良ければ、聞かせてほしいんデス。何か訳ありのようデスシ。もしかしたら、力になれるかもシレマセン」
うおぉ!? エリザさんガンガン行くなぁ。アクセルべた踏みで、なのに冷静って感じ。さっきの私は勢い任せで店長に質問したけれど、エリザさんはそれを冷静にやっている。この子凄い! と改めて思った。
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