隣の部屋のイギリス系美少女に料理を食べてもらいたい~年下の君と一緒に過ごす時間がお姉さんにとっては幸せで、楽しいんだ~

あげあげぱん

第1話 野菜炒めとオトナリさん

 ザクッ!


 ザクザクッ!


 まな板の上でキャベツを切る音が気持ち良い! キッチンで料理をするのは夜の楽しみだ。ここでは私の采配でなんでもできる。つまり私はこの空間の支配者なのだ! レディスーツからエプロンに着替えた私は、さながらコックさんといったところかな?


 キッチンのボウルには先に切られたニンジンや玉ねぎが入っている。野菜ごとに違う形に切られ、そのみずみずしい断面からは新鮮な青い香りがするかのように思える。さ、キャベツも切り終わった。


 フライパンに油をしいて温める。ゆっくりと温まっていく鉄板の上に手の平をかざすと暖かい。まだ春になったばかりで日によっては寒さを感じる。今日もそんな日だ。皮膚に感じる熱を嬉しく思えた。


 パチッ!


 油が跳ねたっ! フライパンが充分に温まったのだ。冷蔵庫から出した豚肉を投入すると、油の元気よく跳ねる音が楽しい。こっちまで元気になってきそうな音だ!


 ボウルに入っていた食材をフライパンへと流し込むように、入れていく。ジュウッ! と野菜の水分が飛んでいく音を聞くと、野菜が美味しい炒め物へと変わっていくのが分かる。そこへ塩と胡椒、醤油をかけてやると、もう美味しそうじゃないか! 焼ける野菜と調味料の、調和した香りを嗅ぐだけでもヨダレが出て来そうじゃないか?


 不意に、アパートのインターホンが鳴った。ちょ!? ちょっと待て! 今良いところなんだ。もう少しで美味い肉野菜炒めができるんだよ!


「アノォ?」


 どこか、妙なイントネーションの声が玄関の方から聞こえてきた。女性の声かな? あまり待たせるのも悪い。一旦火を止めて、応対するべきだな。


 玄関に向かい、念のためドアスコープを覗き込んだ。外の通路には若い女性……というより女の子の姿があった。歳は十代後半くらいかな? 学生さんだろうか? 外国の子なのか、通路の明かりに照らされた金髪が眩しい。人が良さそうな印象。たぶん、悪質な営業や宗教勧誘の類いでは無さそう。そのことに、少しほっとする。が、少しは警戒しておく。


「はい、今出ますよ」


 扉を開けると透き通った青い瞳と見つめ合う形になった。惚れ惚れするというか……宝石みたいに美しいなって感想が出てくる。その青い瞳が細くなる。彼女は安心したような笑みを浮かべて両手を前に差し出した。


「ワタシ、イギリスからやって来たエリザベスと言いマス。隣の部屋に越してキマシタ。エリザと呼んでクダサイ!」


 最初、両手をつき出されて握手を求められているのかと思った。けど、すぐに彼女の綺麗な両手に青い缶が乗っていることに気づく。それはそれで動揺する。これは何?


「えっと……この缶は何でしょうか?」

「日本だと引っ越しをした時、お隣さんに品物を送ると聞きマシタ! 詰まらないものデスガーと言うんデシタッケ?」

「なるほど。状況は理解しました」


 できれば缶の中身が何かを教えてもらいたかったけど、まぁ良い。缶に書かれている文字を読めば分かるだろう。英語で書かれているようだが、えっと……フォートナム? メイソン? ロイヤルブレンド? ロイヤルブレンドってことは。


「……缶の中身はコーヒーですか?」

「ノン。紅茶デス!」

「あ~紅茶。えっと、貰って良いんですか?」

「ハイ! 貰ってクダサイ!」

「紅茶、良いですね。好きですよ。ありがとうございます」


 私が紅茶の缶を受けとりながら、そう応えると、エリザさんは身を乗り出すかのように、勢いよく顔を近づけてきた。は、鼻息が荒い。ちょっと怖い。


「アナタも紅茶が好きなのデスネ! これを選んでで良かったデス! 紅茶! よく飲まれるのデスカ!?」

「あっはい。時々……」


 普段飲んでるのは午後ティーだけどね。困ったな。イギリスの本格的な紅茶とか全然分からないんだが、何か上手い会話のかわし方はないものか。


「あ、そうだ。私まだ名乗ってませんでしたね」

「そういえば、ソウデシタ」


 まあ、この女の子に名乗っても問題にはならないだろ。お隣さんなら、これからもお付き合いをすることがあるかもしれないし。


「音鳴です。音が鳴るって書いてオトナリと読みます」

「オトナリ……良い名前デスネ!」

「エリザさんも、良い名前です」

「エヘヘー。そ、そうデスカー?」


 明らかに嬉しそうな反応のエリザさんが少し可愛く見えた。そんなエリザさんは……なにやら鼻をくんくんさせている。小動物みたいに見えてしまう。


「……良い匂いデスネ?」

「料理をしてたんです」

「あ、それはタイミングが悪かったデスカネ?」

「大丈夫ですよ。気にしないで」

「ソウデスカ……?」


 申し訳なさそうな顔をするエリザさん。う~ん、このまま分かれるのは、後味が悪いだろうか? 何か、ちょっと話せたら良い感じに別れられるかも。でも、う~ん。良い言葉が思い付かないな。とりあえず、話してみて、後は流れでどうにかするか。


「エリザさんは料理とか、好きですか?」

「ハイ。食べるのは好きデス」

「ほうほう。どんな食べ物が好きですか?」

「辛い食べ物には目がなくて、特にカレーは大好きデスヨ!」

「なるほど、カレーなら駅前のダージリンってお店が美味しいですよ。インド料理のお店です」

「オウッ! ダージリン! 素敵な名前のお店デスネ! 今度行ってミマス。ありがとうゴザイマス」

「いえいえー」

「ソレデハ! ワタシはそろそろ失礼シマス。コンゴトモヨロシク!」

「はいー」


 なんか良い感じに話を終えることができた。別れ際に小さく手を振ってくれたエリザさんが可愛くて、私も片手で小さく手を振った。


 その後、野菜炒めに火をかけ直し、テーブルに運んだ。テーブルに置きっぱなしのアニメ雑誌を棚に戻す。さ、ご飯の時間だ。飲み物は缶の紅茶……ではなくインスタントコーヒーだ。とりあえず、紅茶は保留。そのうち飲む。


 席に着き、箸を持つ。炒めたキャベツを箸で摘まむ。口元へ近づけた料理から、醤油と香辛料の刺激的な香りが鼻孔に届く。思わず、口の中のヨダレが増えてしまいそうだ。喉がゴクリと鳴る。ただの家庭料理だが、されど家庭料理だ。私が作った野菜炒めだもの。絶対に美味い!


 口の中へ運んだキャベツから、まずは調味料の辛味を感じた。ほどなくして、甘味が広がってくる!

 炒めた野菜というものは甘いのだ! 仄かな辛さにコーティングされた野菜の甘味は、新たな食欲をそそる! 食っているのに腹が減る感覚! 美味い料理というものは食えば食うほど腹が減る! 胃の限界点に到達するまで、幸せな空腹を味合わせてくれる! 矛盾しているようだが、美味い料理とはそういうものだ!


 ふぅ……腹八分目……にはちょっと足りないかも。


 皿いっぱいに作っていたはずの野菜炒めを、あっという間に食べきってしまった。さすが私。事務の仕事をさせておくには勿体ないな。とはいえ、料理人になる気もあんまり無いけどさ。


 野菜炒めは、めちゃ美味だった。とはいえ、毎日野菜炒めでは飽きるからな。明日はまた、別のものを作りたい。そうだな……何が良いかな。明日はもうちょっと辛い料理にするのも良いかもなぁ。


 さっき出会った女の子のことを思い出しながら、私は幸せな満腹感を覚えていた。大きめの皿にいっぱい。結構な量だが、食えてしまう。美味いものを食べるのは幸せだ。若干の眠気を感じるが、食べてすぐ寝ると牛になってしまうよ。と、私が子どもの頃から両親によく言われたっけ。


 さて、もうちょっとコーヒー飲むかな。


 新たにインスタントコーヒーを作る。食器を洗い、歯を磨いてから、スマホの画面を開いた。『紅茶 淹れ方』で検索する。今夜は紅茶の淹れ方を勉強しよう。とはいえ、やり方が分かればすぐに美味い紅茶を淹れられるというものでもないだろうね。こういうことは、実際にやってみて経験を積んでいかないと。何事も経験だ。

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