宵の口


『お世話になっております。株式会社ヘブンの山下です。お忙しかったでしょうかねぇ?ずいぶん電話に出るのが遅かったようですけど』


株式会社ヘブンは、表向きは普通の人材派遣会社だ。人間界ではなかなか名の知れた派遣会社で、登録をすれば普通に工場の仕事やコールセンターの仕事など、スキルに合った職場を紹介してもらえる。「普通の」派遣会社だ。


ただ、一部の社員は特殊な能力を持っていて、その力で人間界と第3の世界「ヘブン」を行き来しながら様々な仕事をしている。僕のサトウ便利店とは、表でも裏でもガッチリと業務提携が組まれていて、裏の仕事は僕がだいたい一人で引き受ける。

この相手からかかってくる電話は、そちら方面の仕事依頼と決まっているからいつも腰が重くなった。


毎度浴びせられる山下アイリからの小言を軽く受け流し、いったい何の用かと核心に迫ろうとしたその時だった。


もう一台のスマホが鳴る。便利屋の稼ぎ頭のケイからだった。


僕は山下アイリの話を無視しながら、ケイからの電話に出て音声をスピーカーにした。


「おつかれ、どうした?」


『タクミさん、良かったー!てことは、この会社の回線は通じるんだな?すみません…今、スマホの回線っていうんですか…?…あの、とにかくWi-Fiとか、ネット…かも使えなくなっちゃってるみたいで。今日の仕事……うと思ってー…』


スピーカーにしたスマホから聞こえるケイの声が所々途切れて、ひどいノイズにかき消されるように電話は切れた。


「てな感じなんだけど、なんか面倒な事起きてますか?今日は余計な事務仕事も頼まれてないので、久しぶりに事務所でゆっくり電話番をしようと思っていたんですけど」


耳に当てていた山下アイリからの電話にそう話しかける。


『こっちはクリアに聞こえます。それより至急、人探しをお願いします』


「僕の話聞いてました?なんかネットも使えなくなってるみたいな事今言ってたよね?会社大丈夫なんですか?てか、人探しなら警察とかに言った方が早いんじゃない?」


チッ!と、ひと際大きな舌打ちが耳元で聞こえて思わずスマホを耳から離した。


『あっちの世界からの依頼なんで無理っす。ゲートが不正に使われると、どういう訳かおかしな電波が出てこの世界の通信に影響することがあるんっすよ。今回もそれだと思うんですけど、私は会社の方が大丈夫じゃないんで、タクミさん1人で調査をお願いします。詳細はメールするんで』


「電波障害起きてるのに、メール送れるの?」


僕の問いに、山下アイリはため息混じりに答えた。


『これ、一応普通のスマホっすけど、魔法使いが作った機械なんで。多分人間界の電波は拾ってないと思います。逐一報告お願いします』


そうだったんだ、と言うのと同時に、山下アイリからの電話が切れた。その後、いつものようにメールで詳細が送られてくる。


便利屋のメンバーが入っているコミュニケーションアプリのグループチャットにメッセージを送っても、送信ができないマークが付くだけ。人間界の電波はとても悪いようだ。

僕は次に出勤してきた誰かに宛てて、仕事の依頼は僕が戻るまで保留にするように書き置きを残し、便利屋にある固定電話を留守電にすると事務所を出た。


人間界と第3の世界ヘブンでは時間の流れが違うため、ヘブンにいる時間が長ければ長いほど誤差が生じてしまう。

そのため、僕たちのような人間はあちらの世界絡みの仕事であれば、そこに費やした時間はなかったこととなるように、父や兄の力で時間を戻してもらっていた。


したがって、今回は今の時間まで戻してもらうように、ブックマークを入れるためにこうして書き置きを残す。

まぁ、戻せるのは単純な時間だけで、そこで起きた出来事によって変わってしまった運命はどう足掻いても戻すことはできないんだけどね。




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