第49話 5月の三重編(鈴鹿市 津市 亀山市)

 5月末になり新規の問い合わせで三重県営業に行くことになった。三重県の場合は、名古屋から乗り換えて特急を利用するくらいしかを訪問する経路がない。更に、訪問施設の最寄駅からレンタカーを借りるとなるとかなり乗り換えが面倒な感じだ。若者達は、そんな交通事情とレンタカー利用必須のため修一に相談してきた。


「伊藤先輩、三重県の新規案件なんですけど、車の運転も慣れてないのでお願いできませんか?」

「良いけど、場所はどの辺なの? 遠いの? 和歌山県寄りなのかな?」

「いいえ、鈴鹿市なんですけど……最寄り駅も半端なんですよね。先輩なら心配ないでしょうけど……」

「分かりました。行ってくるね。三重県は契約施設が1つしか無いからね……確かに微妙だね」


 営業訪問を変わることになった。三重県内のTレンタカー店舗で車を借りれば、三重県内の店舗で返さなければレンタル料金が跳ね上がってしまう。帰りも名古屋まで在来線利用で戻るのも面倒なので、名古屋からレンタカーを借りて三重県までドライブすることにした。契約施設は津市だけにあるので、商談先はその手前の鈴鹿市という事になる。三重県と言っても、志摩半島から南側の和歌山寄りに契約施設や商談が少ないのも、我々営業が行きたくないという心理的な拒否感が有ったからかもしれない。確かに商談先が志摩半島を越えれば、日帰り出張は考えてしまう。


 今回は、まだ三重県の北半分のエリアなので名古屋からのドライブで何とかなりそうだ。名古屋駅から鈴鹿市の商談先までの距離は50kmない。高速道路を利用すれば1時間程度で着きそうなので、修一にとっては苦にならないコース設定になりそうだ。今回は、伊勢志摩などのエリアへの立ち寄りは無理そうだ。そんな事から、名古屋駅に朝9時頃に着くように新幹線を選び面談の時間を設定した。


 修一は、東京駅が6時20分前後の『のぞみ』で出発した。席はいつもの様に、富士山の関係で山側E席を確保している。走り始まると、サンドイッチとコーヒーで朝食を摂った。列車が新富士駅近くになると、富士山が裾野まで見えてきた。勝手な富士山占いでは、今日も何か良い事がありそうだ。まだ、名古屋までは時間があるが、その頃は調度眠くなる時間帯なので注意しなければならない。


 朝8時過ぎには、名古屋駅に到着した。Tレンタカー名古屋駅前店までは駅に近いので、移動にそれほどは掛からない。到着するとサービスカウンターに進んだ。


「S社の伊藤です。P1クラスで終日予約しています」

「お待ちしておりました。どちらまでのご利用になりますか?」

「三重県の津市までになります。夕方5時位までには戻ります」

「行ってらっしゃいませ」


 係の方と車の傷の確認をすると運転席に座りナビをセットした。商談先の鈴鹿〇〇病院には、遅くても午前10時前には着きそうだ。高速道路に上がる前にコンビニを見付けられる自信が無かったので、店舗内自販機で朝コーヒーを買ってから出発した。ナビ通りに車を進めると間もなく名古屋高速都心環状線に入ることになった。ナビの高速の名称案内がコロコロ変わるが慣れない修一には良く分からない。指示通りにハンドル操作をするだけだった。最後は、東名阪自動車道に入り鈴鹿インターチェンジで高速道路を降りた。


 病院駐車場には、午前10時の面談15分前には駐車場に到着した。少し早めだが、病院の受付に進んだ。


「S社の伊藤と申します。事務長様と10時に面談のお約束をしております。少々早めに着きましたので、待たせていただきますので」

「お待ちください。(S社の方が見えてますが……) お通しするようにとの事ですのでご案内します」


 事務長室に案内された。中に入り一通りの挨拶をすると、直ぐに事務長が話を始めた。


「早速なんだけどね、当院が三重大学の応援を貰っているんだけど、人員不足で医師の派遣間隔が長くてね……困ってるんだよね。大学の医局も抱えてる医師数に限りがあるからね。特に診断の方は……」

「三重県は、名古屋や京都、大阪からの派遣はないんですか? 三重大学との繋がりが必須なんですね。そんなご相談が、弊社でも増えております。一時的にも凌ぎで、遠隔診断系のサービスをご利用されたいという施設の相談が増えています」

「サービス内容と料金教えてくれる? 現状のままで、サービスを追加した良いんだけど……」

「月額料金とそれぞれの診断種別による料金は、この表のようになります。定額料金5万円は月々お支払い頂きますが、後はご利用された分へのご請求になります。ご利用件数により、最適なプランをご案内できると思いますので、初期費用と初月の基本料金は無料とさせて頂きます。病院様からご指示いただければ、サービス開始は2週間後からになります」

「先生方も困っているのでお願いしようかな、私の一存で……。使っても使わなくても良いからさ。利用方法はご説明頂けるんだよね? 開始の時は関係者を集めますので」

「承知しました。サービスの開始時期が分かりましたらご案内しますね……よろしくお願い致します」


 そんな事で契約書に押印いただき、2週間後からのサービス開始が決まった。お礼を言って車に戻ると、オフィスに居る部長に営業訪問の結果を連絡した。


「伊藤です。鈴鹿〇〇病院、成約しました。2週間後からの実施になりますので、システム設置の準備とサービス開始時の利用説明の準備をお願いします」

「ありがとう。三重県とってくれたんだね。鈴鹿って伊勢志摩近いよね……。なんか美味しそうな海鮮系とか松坂牛とかありそうだね。温泉ってあったっけ? まぁ……良いや、準備しとくね~。気を付けてね」

(また、午後は伊勢志摩訪問や宿泊情報の確認だな……。この後は、殿様の美食と豪遊、楽しい出張プランの作成か。部長と同行する若手の技術陣に任せよう……)


時間は11時になっていたので、昼食を考える時間になっていた。流石に事務長とは初対面なので、ランチの情報などを軽くは聞けなかった。色々考えてもアイデアは出なかったが、車を走らせていると〇〇やき亭という焼き肉店の看板が目に飛び込んだ。車を止めて恐る恐る店の中に入ってみることにした。なにせ、松坂牛で有名な三重県の焼肉店なので少し価格がドキドキなのだ。お店に入り一人だけと告げたが、店員さんの対応は感じが良く、直ぐに席に案内してもらった。客はまだ少なかったが、店内には既に良い香りが漂っている。早速、メニューに目を通してみた。


 さすがに本場の焼き肉店、松坂牛も置いてあった。気楽に注文できる様に少ない量で求めやすい価格設定にしてあるようだ。松坂牛の上カルビや味わいカルビが一皿に5枚載っていて680円、480円というものがある。それ以外には、安めのメニューでお店のランチセット1,100円と同程度にしようと知恵を絞った。ランチセットには松坂牛でなく国産牛と書いてあったので、何とか少量でも松坂牛を味わってみたかったのだ。

(もう少し仕事で知恵を絞れよと言われそうです……)


 その知恵を絞った注文の中身は、松坂牛の味わいカルビ(5切)480円、旨辛国産牛トロホルモン330円、白菜キムチ220円、ライス(中)300円の合計1,330円とお店のサービスランチよりも少し高めになってしまったが、そこは自分のセレクトで仕方ない。店員さんに注文すると間もなく、肉類とキムチ、ライスが運ばれてきた。対応が手早く見ていて気持ちが良い。若い店員さんに聞いてみた。


「このお店は、三重県の地元のお店なんですか?」

「私は学生バイトで良く分からないんですけど、愛知県・岐阜県・三重県が中心で東京方面にも何店舗か有るみたいです。こちらのスープはサービスになりますね。ごゆっくりどうぞ」


 まずは、最初に『松坂牛の味わいカルビ』とやらを焼いてみた。焼き過ぎないように注意しながらライスと一緒に口に運ぶと薄めだが蕩けるようで甘みのある肉。スープを飲んで気持ちを落ち着かせた。

(5枚しかないから、急がないで他も食べながら、ご飯も調整して……)

などと下らないことを考えながら、箸を休めてゆっくりとランチを楽しんだ。勿論、牛トロホルモンやキムチも美味しいくライスを調整しながら食べるのが大変だった。健診で中性脂肪が高いので、最近は、ご飯の量にも気を使っているのだ。さっきの学生店員さんは頻繁に網を交換に来てくれたり、本当に対応が気持ち良かった。この様子なら、この辺でも人気店なのは間違いないだろう。最後の松坂牛一切れとライス一口を食べ終わるとランチタイムは終了した。レジで昼食代を支払うとガム1枚とキャンデーを1個を頂き店舗を出た。


 車に戻っても、まだ12時にはなっていなかった。ランチタイムで駐車場の車が増えてきたので、良い時間に入れて良かったと思っていた。津市の契約先にナビセットすると国道23号線経由で30分程度のようだ。まだ施設も昼休みの時間帯なので、コンビニに寄りながらゆっくりと表敬訪問することにした。その後は、名古屋への帰り足になるので何処か1ヶ所位は立ち寄ろうと考えていた。伊勢神宮や志摩方面への移動は、名古屋までの戻りが2時間近くも掛かってしまうのでとても無理そうだ。せめて、お土産物だけでもと探してみるが、修一が欲しい物が売っている様なお店が見当たらない。諦めて、営業訪問後に津城(お城公園)にだけ寄ってから名古屋に戻ろうと心は決まった。


 病院には午後1時半に到着するように調整した。受付で事務長との面談をお願いすると直ぐに案内された。サービス内容でのヒアリングと要望等を確認したが特に問題はなかった。2時前には解放されて、津城(お城公園)の駐車場に向かい10分程で到着し、城郭・石垣・お堀の見える位置まで散策した。今回の修一の立ち寄りでも津城に関する知識はまったくなく、何となく眺めて説明を読むくらいだ。織田信包や藤堂高虎などの名前が刻まれていたが、初めて聞く名前で何となく説明書きを読んだ。いつも営業訪問の空き時間では、どうしても融通の利く寺社仏閣やお城などの見学が多くなってしまう。さすがに、今回も鳥羽水族館で楽しむという訳にはいかない。そこが、出張旅の悪い所とも言えるが、仕事の延長で訪れるのだから限界はあると思っている。そんな事で公園内を一周して駐車場に戻ると、ナビをTレンタカー名古屋駅前店にセットした。


 有料道路指定なので、津からは1時間半は掛からないで名古屋には到着予定だ。途中、亀山パーキングエリア(PA)に寄ってお土産物や摘み夕食を見ていく事にした。名古屋駅で買うといつもと変わり映えしないのと三重県色が出ないと思ったので、ゆっくり亀山PAで休みながら選ぶことにした。新幹線は少しだけ早めて帰ろうと考えていた。名古屋が午後4時半の新幹線「のぞみ」に乗れば、調度、退社時間過ぎの夕方6時6分に東京駅に着く予定。たまには、そんな出張の戻りも良いだろう。


 亀山PAで、休憩をしてお土産物と摘みを眺める。PAなので酒類は販売していないので、名古屋駅で求めることにした。テイクアウトのコーナーには、『揚げたこ焼き』と『松坂牛コロッケ』『たこ棒』がおいてあったので買い求めた。そのまま歩いて行くと、「LITTLE MERMAID」という焼き立てパンのコーナーがあった。美味しそうな『デニッシュバー』という細長いパンが置いてあったので2本購入する。これで、出張夕食代の2,000円位になる。レジのスタッフにお願いして領収書を夕食代で切ってもらった。


 時間はまだ午後3時を過ぎていないため、名古屋に戻るには十分な時間。自販機でコーヒーを買い求めると、東名阪自動車道を上り線を一路、名古屋方面に向かった。午後4時前には車を返却し名古屋駅に向かうとビールと缶チューハイだけを買い求めてホームに向かった。10分後には、『のぞみ』がホームに入ってきた。計算したようなタイムスケジュールで自己満足。富士山を通過する頃には、まだ明るいだろうという事で席は山側のE席を予約してある。席に着くと『揚げたこ焼き』と『松坂牛コロッケ』『たこ棒』を広げてビールを開け自分に乾杯した。


(修一は、こんな出張帰りのタイムスケジュールと酒宴の準備だけは、いつも用意周到なのだ……)


 まずは、ビールでお疲れ様をして『揚げたこ焼き』を頬張った。熱々で買い求めたが既に冷めてはいるが、カリカリの食感は残っている。今日の様なメニュー選択もたまには嬉しい。松坂牛コロッケも温かくはないが美味しい。さすがに松坂牛という感じはする。1個で400円もするのだ……普通なら買わない。まだ明るい陽射しの中、就業時間を終えていない時間に飲むビールは最高だった。オフィスではできないことだ。


 次に『タコ棒』を食べながら、缶チューハイを開ける。たまには、こんなジャンクな感じの夕飯も良いものだと思っていた。そうこうしていると、列車は浜松駅を通過しようとしていた。前方を見つめるとパーサーの方が進んでくるのが見える。ドアを開けて近づいて来ると修一はアイコンタクトを取った。パーサーの女性が目の前でブレーキを掛けると、いつもの東海道利用では定番にしている高級アイスクリームを注文した。


「硬いので少し時間をおいてから、お召し上がりください」

パーサーの方にそう言われると、窓側にアイスクリームを置いた。三島駅の手前くらいまで放置状態にすると調度食べ頃になる。残りの晩餐を続けた。締めに『デニッシュバー』という細長いパンを取り出して食べた。主食というより、これも摘みの様な感じで購入した。デニッシュの生地に砂糖がまぶしてありザクザクして食感が良い。外側の硬い感触と中の柔らかい食感がとても美味しかった。これが、また缶チューハイに良く合っていて、2本買い求めたのは正解だと自分を褒めていた。


(もっと、仕事とか他に褒める所はないのかとお言葉が出そうですが、修一にそんな所が有れば今の部署に来ることは無かったでしょう……)


 そんな事で、列車は新富士駅を通過したのでアイスクリームを開いてみる。プラスチックのスプーンを刺してみると調度良い硬さになっていた。東海道での帰りのアイスクリームは至福の時間だ。まだ少し残っている『缶チューハイ』『デニッシュバー』と合わせながらデザートタイムを楽しんだ。


 長い晩餐の時間が終わると、『のぞみ』が新横浜駅に到着した。酔いが少し冷めたような気がした。修一が勝手に名付けた新幹線利用時の『横浜―大宮―覚醒』だ……。間もなく『のぞみ』は、夕方6時6分予定通りに東京駅に着いた。就業時間は終わっているので、アルコール入りの身体でも気にすることはない。東京駅に着くと退勤らしいサラーリーマンはまだ居ないように感じる。何事も無かったように、いつもの帰宅利用の通勤路線に向かった。今日も楽しい出張だったなと、非日常な三重県の1日を思い浮かべていた。

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