第28話 2月の千葉(鴨川市 館山市)
2月に入り、千葉県の房総半島先端の契約先が解約するということで撤去作業に行くことになった。東京からは、新幹線や飛行機が使えるエリアではなく、出張上申と言うよりもレンタカーや特急利用など交通系の利用許可をもらうための出張申請だった。特急を利用する事も考えられるが、東京から館山までは2時間半程度は掛かり新潟に行く方が近いくらいだ。Tレンタカー館山で車を借りるくらいなら、千葉駅まで総武線で行ってレンタカーを借りた方が、あちこち自由な旅気分が味わえると思っていた。いずれにしても、今回は千葉が東京の隣県で近いという会社の判断から、出張夕食代が出ないエリアなので楽しみが半減している。修一は、出張旅としては不成立だと思っているが何とか楽しもうと努力していた。
(新幹線で1時間しか掛からない静岡市でも夕食代が出るのに、それ以上に時間が掛かる房総が、何故、出張にならないんだ)
と思っているが社内の規定でどうにもならない。仕方なく現実を受け入れてプランを練っていた。
いつもの様に通勤電車で、最寄り駅を朝5時に出発すれば、JR秋葉原駅を経由して7時10分頃には千葉駅に到着する。Tレンタカー千葉駅中央店は、まだ空いていない時間なので朝食を食べながら待つことにした。千葉駅近いコーヒーショップでモーニングサービスを食べると調度良いと感じていた、いつも行っているチェーン店なのでメニューは分かっている。時間まで朝コーヒーとトーストで過ごした。時間になって、Tレンタカーの千葉市の店舗に向かい受付のカウンターに向かう。
「S社の伊藤です。P1クラスで終日予約しています。返却は館山の店舗にしたいと思っています」
「予約は確認できています。館山駅西口店ですね。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
修一は、最初の訪問地を解約する施設にセットすると、1時間20分と表示が出たが内房経由の有料道路経由のルート。それでは詰まらないと外房を通る2時間20分程度のコースに設定した。施設側には、午前11時頃に解約撤去作業に伺いますと余裕のある言い方をしてある。出発すると、コンビニで朝コーヒーを調達して房総半島先端までの長旅に出た。まずは、車で東京湾側から外房に移動し国道128号線を通り、鴨川市の『菜な畑ロード』を通過するルートに設定した。鴨川までは2時間20分と出ているが、病院の到着時間を考えれば問題ないと考えていた。
千葉県の出張には費用面でのメリットは無いのだが、修一には幾つかの行動したい予定や希望があった。一つ目は今の季節の景色、房総の菜の花畑を見たかったこと。二つ目は、修一が子供の頃にテレビで見た南総里見八犬伝の八犬士の数珠を買いたいという思い。仁…義…礼…智…忠…信…考…悌の八犬士の数珠を探そうと思っている。何かそんな楽しみが無ければ、この出張旅を楽しめない。出張の夕食代は出ないが、館山駅から新宿までの特急『新宿さざなみ』で帰ることにした。今回は、赤字覚悟の自腹で夕食代を捻出するしかない。
最初の通過点は『菜な畑ロード』だ。季節柄一番いい時期で一面の菜の花は素晴らしかった。平日なのだが、写真を撮るお母さんと子供達が所々にいる。近くの人で写真を撮りに来たのだろうか。せっかくの菜の花の絨毯を見られる時期なので、その家のお父さんも一緒に来られたら良いのにと思ってしまった。道路近くで写真を撮っている母子が居たので、親子の写真を撮ってあげたいと思い車を止めて声を掛けた。
「写真を撮ってあげましょうか? お子さんと一緒に菜の花畑の写真いかがですか?」
「ありがとうございます。実は主人が急な仕事で来られなくなってしまって、直前のキャンセル料も高いので房総を巡って夕方の便で札幌に帰る予定なんです。」
北海道ならもっとスケールの大きい美瑛町など美しいスポットが有るのではと思ったが、成田空港から帰る時の『成田山新勝寺』のような立ち寄りスポットなのだと理解できた。誰もが憧れる北海道出身の方が、こちらの観光スポットに足を運んでくれている事がとても嬉しかった。これから、11時には最初の営業地点には着かなければ行けないので、挨拶をして車を始動した。外房の海を見ながら車は館山市に向かっていた。病院の駐車場には11時15分前には到着した。
ラフな訪問時間の約束なので、病院受付で確認すると作業を開始して良いとのこと。そのまま、作業する部屋に通された。中に入ると担当者がいてシステム系のパソコンや機材は全て他社製品と交換され纏めて置かれていた。
「新しいシステムを入れたので、ここに一式置いておきました。これを持っていってください」
「解約はどのような理由でしょうか? 差し支えなければ教えて頂くと有り難いです」
「いやぁ……、費用が安かったですからね。ごめんなさいね……」
(そんな事ならば一言、相談してくれれば良かったのに……)
そんな事を考えたが、誰も行きたがらず営業が行き届かなかったので仕方ないと思っていた。営業的に行き難いエリアでの解約は、以前に奈良県でも味わっている。人員不足で仕方ない面もあるが、今時の若い世代のピンポイント営業中心の姿勢は何とかしなければと考えていた。成約は難しいが解約は簡単に判断される。この時は、若い営業には仕事の達成感や喜びを少しでも味わって貰えたらと本気で思っていた。修一は、仕事はある意味チャランポランで楽しみを求める傾向があるが、契約先への愛情は強く大事にしていたつもりだ。いつも解約は、とても悲しかった。
解約撤去作業が終わり担当者に、確認のサインと契約終了の捺印をもらい病院を出た。時間はもうすぐ12時で昼食を考える時間になっている。ユーザーと良好な関係ならば、地元の飲食店の話をする所だが今日はそんな感じではない。自力でランチを探す事にした。今日は、出張時の夕食代も出ないのでコスパを求め安そうな海鮮メニュー系の食堂を探した。館山市内の海辺に近い路地を車で流していると、目立つ旗が立つ店を見付けた。『地元めし』『くじら』などの文字が並んでいる。空腹時の直感で、その店に入ることにした。
店内に入ると、シンプルな店内で色々な酒瓶が並んでいるので、夜は居酒屋に変身するんだなと思い描いた。何となく漁師さんが立ち寄りそうな店に思えた。テーブルについて、壁に貼り付けてあるメニューを見ると、『海鮮丼 900円』『なめろう定食 850円』『本日のランチ 850円』『爆盛り天丼 860円』などの魅力的なメニューが並んでいる。考えていると店員さんが、水を持ってきたので修一は話し掛けてみた。
「--本日のランチ--と--爆盛り天丼--ってどんな感じなんでしょうか?」
「本日のランチは、地元で獲れた魚を日替わりで出しています。爆盛り天丼は、海老天や魚、カボチャ、茄子などの天婦羅が山盛りで積まれてます。どういたしますか?」
「では……。爆盛り天丼でお願いします」
そう言われると、どうしても天婦羅などの油系を注文してしまうのが修一の習性だ。楽しみに待っていると名前の通り、丼ぶりの倍くらいの高さに天婦羅が積まれている。天婦羅で隠れていて、どうやってご飯を食べたら良いだろうと悩んでいるのを見て店のスタッフが来てくれた。
「持ち帰り用のパックを持って来ますか? それとも、お皿が良いですか?」
「ありがとうございます。パックをお願いしても良いですか」
スタッフが様子を見て、修一に聞いてくれたので助かった。いくつか天婦羅を取り分けてパックに置くと、やっと天婦羅からご飯に辿り着けるようになった。持ち帰り用は夕方の摘みにもなると思い慎重に選んで昼夕に振り分けた。それでも、天婦羅の量は十分だった。柴漬けとマカロニの懐かしいサラダも副菜に付いてたので昼食は十分に満足できた。今日は、夕食代が捻出できないのでラッキーな昼食に出会えたと嬉しく思っていた。
まずは、大き目の海老の天婦羅を口に含むと揚げたてのサクサク感が良い感じでとても美味しい。カボチャや白身魚と箸を進めて柴漬けで箸を休める。天婦羅を取り分けて食べても十分にお腹が満たされた。お昼の代金860円を支払って車に戻った。どうして、こんなに安く提供できるんだろうと考えながらエンジンを始動した。2月という季節もあり、天婦羅を温度が低い後部座席に置いておく事にした。
今日は正式な出張でもなく、午後の修一はあまりやる気が出ない。
(ごめんなさい。出張旅の醍醐味はやはりラストの晩餐なので……)
それでも、形だけは仕事をした事にしたいので、そこから近い病院に自社サービスのパンフだけを配り午後の仕事とする事にした。そんな事で罪悪感を消そうとしているのだが、今は楽しみの気持ちの方が勝っている。
まずは、館山城にナビを設定する。南総里見八犬伝の舞台になる里見氏のお城だ。春ならば梅や桜が咲いて、それ以降はツツジや椿……木々の緑で綺麗なのだろうが……今は2月。立ち寄りの目的は、仁…義…礼…智…忠…信…考…悌の八犬士の玉が欲しかったからだ。館山城内の展示室や展望台を見学しながら、お土産コーナーで八犬士の玉を探すが置いていない。とても残念で心残りになった。その当時のお土産物屋さんでは、見つけることが出来なかった。
(最近は、仁…義…礼…智…忠…信…考…悌の八犬士の玉が八犬伝グッズとして、どこかの工房で作られているらしいです。欲しい……行きたい……でも遠い……)
八犬伝グッズの購入は諦めて、早めにTレンタカー館山駅西口店に返却。館山駅前で弁当を購入することにした。街を歩いていると、くじら弁当の旗を見つけたので中を覗いてみた。鯨の説明図や房総らしい弁当のメニューが揃っていて中々良さそうだ。店内には、鯨の絵が飾ってあり『房州つち鯨』と大きく書いてあったので、ここで獲れる鯨の種類なのだろうかと考えていた。普通の『焼きそば』『ハンバーグ』『中華系』のお弁当や一品料理もあったが、昼食の天婦羅の残りもあり修一はご飯も食べたい気分だった。悩みながら、結局は館山名物と言われる『くじら弁当』その当時1,000円を購入した。途中でビールを買い館山駅に向かった。館山駅はモダンなオレンジ色の屋根が印象的な南国らしい建物になっている。
午後4時2分の新宿行きの『新宿さざなみ』に乗る事にした。新宿駅には、午後6時7分に着く。会社の通常勤務は夕方6時に終わるので調度良い時間で早めの直帰となる。たまには良いだろうと思っていた。『さざなみ』に乗り込み列車が動き始まると、少し早い時間だが昼の天婦羅の残りと『くじら弁当』を開いた。費用を抑えた割には、けっこう贅沢な夕食になった。外には南房総の東京湾の美しい海が見える。この日は晴れていて海の向こうに三浦半島は見えたが、残念ながら富士山の夕景を見つけることは出来なかった。
それでも気持ちの良い車窓からの景色を眺めながら昼の天婦羅を味わった。くじら弁当はというと『そぼろ』『鯨肉の大和煮』『卵』の三色に紅生姜が載っている。鯨肉は甘辛い味付けで昔の缶詰のような懐かしい味がした。東京湾の景色を見ながら夕食を味わった。木更津までの1時間程度が旅気分を味わえる時間帯だろう。千葉駅近くになると普通の都会の景色に戻り、旅としては現実に引き戻され楽しくない気分になってくる。
(こんなに時間掛かるんだから、夕食代も出張扱いにしてくれれば良いのに……)
と心の中で呟きながら列車は新宿に到着した。午後6時過ぎ、いつもよりかなり早い東京への戻り時間となる。出張旅としては少し足りない気分だったが、早い帰宅をその日のご褒美として帰路に着いた。
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