ほしいのはきみだけ

空見 れい

第1話 奪われた初恋

 あの日の俺を止めることが出来たなら、俺と君は、もっとたくさんの時間を共有出来たのかな?


 桜の舞い散る、まだ肌寒い4月。長かった受験勉強を経て、今日は待ちに待った入学式。俺がこの高校に来た目的は一つ。初恋のあの子と、今度こそ仲良くなりたいからだ。

 まず、1学期の目標は『挨拶』なんだけど、その為にはできれば同じクラスになりたい。

 期待を込めて掲示板の前に進むと、まずは自分の名前を探す。

 えーと、…しいの、椎野…あった、椎野琉人は2組だ。そのまま、2組の女子の名前を探してみる。頼む!あってくれー!

 掲示板にくっつきそうな勢いで、彼女の名前を探すと…あった!

『君島夢生 きみしまむう』

 2組で間違いない!

 5年も報われない片思いをし続けた俺への、神様からの入学祝いに俺は感謝した。辺りの空気がキラキラと輝いて見えて、俺はこの高校生活の始まりに期待が膨らんでいく。

 最初が肝心だからな…まずは今日、挨拶出来るかどうかが今後の展開を大きく左右する。

 そう思った俺は、今日は早めに家を出てきた。君島さんなら、必ず一番早くに教室に入っているハズだ。誰か他の人が来る前に教室で2人の時間が作れたら、挨拶くらいは容易い。

 新しくお世話になる校舎や、周りの雰囲気など目に入らないくらいに心が浮き立って、走り出しそうになる足を必死に抑えながら競歩の選手の様に廊下を移動すると、2組の教室だけがハッキリと見えた。

 段々とうるさくなる胸の高鳴りが、なんだか心地よく感じる。中を覗くと、窓際で外を見ている生徒が1人いた。

 ツヤツヤの黒髪は肩につかないくらいのボブで、小柄の体とのバランスが良い。窓際に置いた手は小さくて白く、柔らかそうなフォルムで丸まっている。小さくて可愛いその人の髪がサラサラと風に流されると、眼鏡のフレームがあらわになり、それが俺には色っぽく見えた。間違いない…君島さんだ。入学早々ツイてるな!俺!

 2人っきりの教室に足を踏み入れて、挨拶をしようと冷たい空気を少し吸い込む。俺が挨拶をしたら、君島さんはこっちを見てくれるだろうか?もっと近くに行くことを、許してもらえるだろうか…。

「おは…。」

「あー!!琉人いたー!おはよー!またよろしくね?」

 俺が声を出したその瞬間、また邪魔が入ってしまった。俺は、いつもこうだ。

「ねー、琉人。今朝は何時に出たの?明日からは一緒に行こうよ?帰りはどうするー?」

 これは、小学校から一緒の浜浦みつは。俺が君島さんに近付こうと思うと、いつもこうやって邪魔が入る。そもそもこの浜浦が、女の子たちが俺のことを追いかけ回すようになったきっかけだ。

 自分で言うのもどうかと思うけど…俺は昔から見た目だけは良くて、いつも女の子に追いかけられていた。

 休み時間も、給食の時も、登下校にも必ず誰かがついてくるし、習い事を始めれば入会者が増える。それに、家にまで押しかけてくることだってあった。

 そんな状態がずっと続くって、正直しんどい。

 俺だって一人になりたい時もあるし、男同士で遊びたい事だってある。

 それになにより、俺は君島さんと話したかったんだ。

 浜浦が現れる前も女の子たちが近付いてくる事はあったけど、どちらかというと遠目に見てることの方が多かった。だけど、この浜浦が堂々と俺について回るようになったら、それに便乗して他の女の子たちも大胆に行動するようになってしまったんだ。

 断っても断ってもついてくるし、強く言えば泣くしで…どうしていいのか分からない俺も情けないんだけど、ごめん、正直面倒くさい。

 だけど、それでもめげずに?ついてくるんだよなー。

 気持ちは分かる。俺だって君島さんに近付きたいし、君島さんと話がしたい。好きな人に近づきたいって思うのは当然だよな。だからあんまり無下にすることも出来ないんだけど…だけど、今日は俺にもチャンスをくれー!

「琉人ー、みつはちゃん。おーはよ!みつはちゃんは今日も可愛いね!」

 軽い感じで現れたのは、井川世羅。世羅も小学校から一緒で、俺の唯一の友達だ。

「みつはちゃん、登下校なら俺としようよ?」

「えー?琉人が一緒なら良いけど?」

 世羅は俺から女子を遠ざける手助けをしてくれるんだけど、この浜浦にだけはなかなか苦戦している。浜浦って可愛いし、スタイルも良くて、男の中ではかなり人気が高い。しょっちゅう告白もされているし、俺の周りに集まってくる男の中にもこの浜浦が目当てのヤツも多い。

 それも俺には悩みの一つだ。君島さんはこういう騒がしい雰囲気が苦手みたいで、教室で俺の周りに人が集まってくると、君島さんはすぐに教室から出て行ってしまう。だから、俺が君島さんに接触出来るチャンスは限りなく少なくて、接触どころか姿を確認することだって難しい。

 それに、俺の周りにいる男は俺が目的で集まってくるわけじゃないから、俺だって男友達が作り辛い。きっかけはともかく、一個人として話せば友達になれるのでは?と、思ったこともあったけど、利用されていたり、ライバル視されて陰口を言われているのを聞いたりすると…ちょっとね。

 その点、世羅は本心を隠さないから楽だ。

「琉人さ、お前は君島さんの事が好きだろ?じゃあ、お前の周りに集まる可愛い子はぜーんぶ俺に任せておけ!」

 世羅はフランス人の祖父を持つクォーターで、キレイな顔をしてるし、背も高い。俺と違って社交的で女の子の扱いにも慣れてるから、普通にモテる。だけど彼女は作らずに俺の周りに集まる女の子達とばかり遊んでいる。

「特定の子を作るより、この方が気楽で楽しいだろ?」

 こういうことをサラッと言ってくれるのも、潔くて良いんだよな。俺はなかなかここまでハッキリとは言えないから、世羅は少し憧れでもある。

 こうしている間にも、教室や廊下にも生徒が集まり始めて賑やかになってきた。そして、俺の周りにも同じ中学だった生徒が集まってくる。

 ここで、『群がってくんなよ、めんどくせー』とか言える、ツンなキャラなら良いんだけど…俺には出来ない。

 今日も、朝の挨拶はダメだったか。俺がそう思った時、俺の周りに集まっていた浜浦たちが君島さんを見つけた。ヤバ…浜浦は何故か君島さんの事が嫌いなんだよな。

「やだー!前髪めがねも同じクラスなの?」

 浜浦が一言そう言うと、その取り巻きの男どもが浜浦に気に入られようと君島さんに絡みに行く。これが小学校の頃からのお決まりパターン。

「おい、浜浦。そういう事を言うなよ。」

 俺はいつものように浜浦を止めるんだけど、浜浦は全然聞こうとしない。

「琉人優しー!でも、あの子がいると教室の空気が重くなるから心配で…。それに、あの子だって私達の事を嫌いみたいだし…ね?」

 そう言って浜浦は俺の腕を掴んで、俺の動きを止めてくる。ここで、『離せよ』って言えない俺も情けないよな。

 そうこうしているうちに、いつものように浜浦の取り巻きが3人、窓際にいる君島さんに近付いていく。

「おい、前髪めがねー、何でこの高校来たの?」

「教室が暗くなるから窓際に立つなよ。」

「相変わらず気持ち悪いなー。」

 こいつらは小学生の時から中身が成長していないな…いい加減大人になれよ。そう思うけど、それを止められない俺も成長していない。

 3人に囲まれた君島さんが、いつものように何も言わず教室から出て行こうとすると、そこでいつもとは違う事が起きた。

 そこへちょうど教室に入って来た男子生徒が、出て行こうとする君島さんの手を掴んで…君島さんを自分に引き寄せたんだ!俺はもうずっと、近付くことさえ出来て無いのに!

「どこ行くの?もう先生来るんじゃない?」

 見たこと無いから他の中学か?君島さんが小さいのもあるけど、こいつはかなり身長が高いな。大きな体を屈めてその男子生徒が君島さんの顔を覗き込むと、途端に君島さんが赤くなる。これは…マズいぞ!前髪とめがねでよく分からないけど…今、君島さんは一体どんな表情をしてるんだ!?

「うわっ…前髪めがねが赤くなってるぞ!」

「なんか勘違いしちゃってるんじゃない?気持ちわりーな。」

「お前もそんなのに構わない方がいーぞ?」

 赤くなったのに気付いた3人組にそう言われて、君島さんはすっかり下を向いてしまった。本当は教室から逃げたいんだろうけど、あいつが手を掴んでるから逃げられない。

 さすがにそれは言いすぎだろ?もう見ていられなくて、俺が浜浦の手を払おうとすると、その男子生徒は不思議そうな顔をして言った。

「お前らこの子の事が好きじゃないの?」

 その言葉に、その3人だけじゃなく他の生徒も笑い出す。

「はっ?好きなワケねーじゃん?」

 1人がそう答えると、そいつは教室を見渡してまた言った。

「他のみんなも?」

 同じ中学の生徒はともかくとして、他の中学から来た生徒までその雰囲気のノリで同調すると、そいつはニヤッと笑って、もう一度君島さんの顔を覗き込んで言った。

「じゃあ、俺と付き合おうよ?良いでしょ?と、いうワケで、今日からこの子は俺の彼女だから、誰も近付くなよ?」

 君島さんの返事など聞かず、一方的に決めた交際宣言に教室中が大騒ぎになる中、そいつは君島さんをそのまま連れ去って教室から出て行ってしまった。

 何なになに?今の何!?俺は挨拶だって出来て無いのに…君島さんがあいつと付き合う!?

 俺の高校生活のスタートは…最悪だー!!!

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