5
僕は恐怖の中であの男を突き飛ばした。男の怯んだ声が聞こえた。しめた、この隙に今度こそ逃げることができる。逃げなくちゃ。そう思い僕は瞼を一瞬にして開けた。
男は倒れている。
よかった、勢いで男の体を倒すことができた。起き上がる隙に今度こそ逃げれる、逃げ切れる。そう思い僕は再び足に力を入れる。
一歩目を踏み出そうとしたその瞬間、僕は見てしまった。いや、見えてしまったという方が正しいのかもしれない。だって気づかなければ僕は何もしていないのと同じじゃないか。気が付きたくもなかったさ。
男の顔からどんどんと流れてくる赤黒い液体のことなんて。
走りだそうとした僕の足に急ブレーキが掛かる。しばし様子を見ても男は動く気配はない。距離があるから完全に判断はできないが息もしていないように見える。
もしかして・・・死んじゃったの?
男の頭部を確認するとそこには大き目の岩があり岩にも赤黒い液体が付いているように見える。
岩に頭をぶつけて・・・?なんで?僕があの人を突き飛ばしたから?だってあの人が僕を追いかけてきたからじゃん。それで僕は逃げる為にやっただけじゃん。僕は悪くないじゃないか。悪いのはあの男じゃないか。そうだよ。僕、悪くないじゃん。あの人が襲ってきたからだもん。そのせいであの人は死んじゃったんじゃん。そもそも死んでないかもしれないじゃん。ただびっくりして気を失っているだけかもしれないじゃん。僕は悪くない。そう、僕は悪くない。
目の前で起きている出来事があまりに信じられなくて僕は現実逃避をした。僕は悪くない。そういって誰も見ているわけではないのに必死に言い訳をした。自分自身に。僕は人を殺した。人殺しであるという事実を受け入れたくなかったから・・・。
ガサッ!
必死に言い訳を考えている僕の耳にそんな音が聞こえた。あまりの非日常の中に囚われている僕の五感はそんなわずかな音すら聞き逃さない。三度早くなる心臓の鼓動。そして何度目かわからない祈り。
お願いします。どうか、どうか人じゃありませんように。こんなところを誰も見ないで。見つけないで。
僕は、必死に祈りながら音のした方向を見た。そして、僕の祈りは届かない事を知った。僕の見た先に居たのだ。僕とあまり歳は変わらないと思える一見して男の子なのか女の子なのかはわからないきれいな顔をした子が。
見られちゃった。このことを知られてしまった。でも悪いのは僕じゃない。そうだ。あの子にそう伝えなくちゃ。僕は乾ききった口を開き頑張って声帯を震わせる。
「あ・・・あの、これは違うんだ。違う。ぼ、僕がやったわけじゃ・・・」
言葉を言い切る前に目の前の子が口を開き、僕にこう伝えてきた。
「嘘を付く奴は嫌いだよ。嘘は何も救ってくれないからね」
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