2章 絵画
ほのぼのとかきのもとまでやけくれどはんにゃぼうにてうてばととまる
第14話 幕間 鈴原翼
鈴原翼は、編集長からの指示を聞き間違えたのかと思った。
「あの……いま、なんておっしゃいました?」
デスクの前に立ち、再度確認をする。
編集長は「し」の字になった背中のツボ押しを動かしながら、「だから」と繰り返した。
「中島和菓子店を取材してきて、って。なんかね、フェブ3の動画にアップされてからめちゃくちゃ人気なんだって」
「フェブ3……」
翼も知っている。
10代の学生を中心に人気のあるユーチューバーだ。歌い手出身でもあるため、全国ツアーは非常に人気があり、いまとなっては入手困難だとか。
「今度の目玉にするから」
「あの。中島和菓子店って、あの中島和菓子店ですよね? 夕凪商店街の中にある」
「そう。え、知ってる?」
編集長が顔をほころばせた。
「なんかね、夕方ニュース番組でも紹介されたらしいの。そっからめちゃくちゃ忙しくなったらしくて、取材断られたりするらしいのよ」
「大丈夫、だと思います」
翼はさっき突き返された自分の記事を握り締め、大きく頷いた。
なぜなら、元婚約者の店だからだ。
結婚を申し込まれたとき、『店舗を改造してカフェを作ってくれるんなら考える。あと絶対二世帯住宅ね。水回り別、玄関別。それがだめなら結婚しない』と突きつけると、婚約者だった中島護は母を説得し、そのとおりにつくりかえてくれた。
だがそのあと姑の認知症が判明し、「契約違反だ」と婚約を破棄した。
それからは知らない。興味もなかった。
(あのカフェ……軌道に乗ったんだ)
そりゃそうだ。
全部翼が事細かく注文したのだ。
カネを出したのは護たちだが、そんなことは些細なことだ。翼のように前途洋洋な女性を妻に迎え、かつ、家業に縛り付けようとしているのだ。それぐらいやってもらっても罰はあたらない。
(でもまさか……)
自分以外が運営して、うまくいくなんて。
そのことが気に入らない。
婚約破棄後、翼はもともと夢見ていた雑誌編集の仕事に就けた。残念ながらファッション誌ではなかったが、地元誌としては全国でも名を売る雑誌だ。ここを足掛かりにして都市部にいけばいい。
そう思っていた。
だが実際はそんな甘いものではないことがこの数年でわかってきた。
自分など所詮井の中の蛙だった。
こんな小さな雑誌社、とばかにしていたのに、その中の最底辺から上がれない。
足がかりだと思っていたのに、その足がいつつるんと滑るかわからない。
いつ、くびになるのか。
そんな不安に駆られるといつも思うのだ。
『どうして護は迎えに来ないの』と。
姑の世話が大変なはずだ。カフェだってうまくいくはずがない。そもそも和菓子屋などこの時代に生きていけるはずがない。
いつか自分を頼りに来る。
迎えに来るはずだ。
翼が必要なんだ、と。
そうなったら。
今度は『姑を施設に入れるなら』と条件をつけて結婚してもいい。
そしてカフェを運営するのだ。
そんなことを夢見ていたのに。
(……勝手に、成功してるんじゃないわよ……)
ふつふつと怒りが沸き上がった。
「なんかね、かわいらしい女性がカフェを担当しているらしくて。店長は男前なんだって。菓子だけじゃなくてこのふたりも写真映えもするかもね。だけど、この店長が取材を断るらしくて。だからこの女性に声をかければいけるんじゃ……」
「カフェ担当の……女性?」
誰だ、それは。
血の気がいっきに引いた。
翼だって護と別れてからいろんな男性と巡り合い、なかには交際もした。だがすべて長続きしない。
翼が「こうしたい」と伝えてもその通りに動いてくれないのだ。
結果的に「君のロボットじゃないし」と苦笑いして離れていく。
それなのに護は。
(……なによ、そのおんな……)
翼がするはずだったカフェを横取りするとは。
「あの、編集長。カフェの取材、紙面のレイアウトを含めて私に任せてもらえます?」
ぎゅっと。
赤字だらけの原稿を握り締めた。
「ん? そりゃまあ……内容によるけど。取材できるのね?」
「伝手がありますから」
翼は笑ってうなずいた。
なぜ護だけ幸せになろうとしているのか。
許さない。
絶対に許さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます