第11話 友情の証
目の前に見えているのに届かないもどかしさ。こまかな金網は手どころか指も通さない。それに、たとえ腕が入ったとしても届く距離ではなかった。柵から一メートル半は離れてる。
「細くて長い棒でもあれば……それか、さっきのコンビニに戻ってペンチ買ってこようか。それで金網に穴をあければ、手は通るでしょ。あとは小さい熊手とモップとかの長い棒を合体させれば、あそこまで届くよね。たぐりよせて、とれるよ」
「……そうだね」
ここまできても、梨優は気が進まないようだ。自分たちの友情の証をこわすことに抵抗をおぼえるのだろう。だからってグズグズはしてられない。たしかに手毬ちゃんは仲のいい友達だった。でも、ずいぶん前に死んだ。今ここに生きてる友達を助けるために、どちらかを犠牲にするしかないなら、わたしは迷わず手毬ちゃんを切るよ。
急いでひきかえそうと、ふりかえったときだ。背後に黒い人影が立っていた。思いがけず近い。手毬ちゃんの霊かと思い悲鳴をあげる。人影がこっちにむかってくる。
「わあっ、悪霊退散! 成仏して!」
ところが、懐中電灯の光で見えたのは男だ。わたしの知らない、いかにもチャラチャラして、ホストとかやってそうな男。顔立ちはふつう。
「りゆ! おれだよ」
「
なるほど。梨優の元彼か。やっぱり、つけてたんだ。この男、ゴミだらけの地面にとつぜん土下座した。
「お願いだ。ヨリを戻そう」
「……」
梨優はわたしの顔色をうかがう。わたしが反対すると思ったのだろう。わたしはまだ黙っていた。自分勝手な彼だとは思うけど、それだけで他人の恋路をジャマするほど野暮じゃない。けど、次の瞬間、気が変わった。なにしろ、こんなことをほざきやがったからだ。
「やっぱ、おれにはおまえがいないとダメだよ。金なくなっちゃった。五万貸してくんない? そんで、おまえがあそこから引っ越したら、また遊びに行くから」
要するに金目当てだ。遊びにってことは、もしかして、これまでも同棲してたわけじゃないのか? たまに金をせびりに来てただけ? ヒデェ彼氏だな。クズ中のクズ。
「ちょっと、りゆ。ハッキリ言ってやりなよ。あんたなんかとかかわる気は金輪際ないんだから、二度とそのつら見せんなって」
「……でも」
「でもじゃないでしょ。コイツ、りゆを金づるとしか思ってないよ?」
「それは……」
元彼は立ちあがって、わたしを上から見おろしてくる。急にヤクザっぽい。
「おまえ、何? おれたちの話に口出さないでくれる? 女の子でも容赦しねぇよ?」
指の骨ポキポキ鳴らしておどしてくる。そりゃ、わたしだって体力的には弱い女だ。自分より背の高い男におどされれば怖い。だけど、この瞬間、脳裏に浮かびあがった。梨優の腕についた青あざ。あれを作った犯人がコイツだって。
「……サイテーだね。あんた、りゆをなぐってたんだ。完全にDV男じゃん。そりゃ、りゆのお父さんが反対するはずだよ。りゆ! 目をさまして。こんなやつとつきあっちゃダメ!」
「……」
「顔だって大したことないよ? わたしが見た美青年はもっとすっごい美形だった!」
そう。あの美青年じゃなかった。あの人が誰だったのかはわからない。ただの通りすがりだったのかも? わたしの勘違いだ。
元彼が手をふりあげる。わたしはとっさに硬直して何もできなかった。なぐられる。でも、いいんだ。そしたら警察行って、暴行罪で訴えてやるから。わたしが梨優みたいに、うやむやですますと思うなよ? 絶対、示談なんかしてやらないからな。ついでに梨優へのDVも告げ口してやる。ほら、なぐれ。重傷になればなるほど、おまえの罪が重くなるんだから。
ところが、いつまでたっても、こぶしが降ってこない。どうしたんだろ? 目をあけると、元彼が目をまんまるにしてる。顔つきがみるみる、ひきつってきた。なんなの? わたしのうしろに……なんかあるの?
恐る恐る、ふりかえる。なんとなく、すでに気配を感じていた。髪の毛が全部、ゾワッと逆立つ感じ。何かが、いる……。
視界の端に黒いものが見えた。髪の毛だ。風になびくというより、それじたいが生き物みたいに、うごめいてる。わたしの腰くらいまでしかない身長。手毬ちゃんはクラスでも小さなほうだった。全体が黒いかたまりに見える。両目だけが光り輝くようにクッキリ白く浮き立っている。
「……手毬、ちゃん?」
手毬ちゃんの手がゆっくりとあがり、梨優の腕をつかもうとする。泉のなかへ、あの世へ、つれていこうとしている。
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