第6話 生贄



 手毬ちゃんの家の火事は漏電が原因だった。それは当時の新聞にも書かれていた。警察や消防が調べたから、まちがいはないだろう。それにしては、吉原はやけに恐怖におびえている。


「あんたたち、手毬になんかしたの?」

「わたしは、してない。やったのは紗凪」

「何したの?」


 強く問いつめると、吉原は白状した。張りつめてた糸が切れたみたいに泣きだす。玄関前で近所の目があったので、わたしは吉原に手を貸して立たせた。だからって、ゆるしたわけじゃない。この人たちが手毬を死に追いやったのだと思うと怒りにふるえる。


「小豆野さんは手毬ちゃんに何したの?」

「髪の毛をなげこんだんだよ。まさか、それでほんとに人が死ぬなんて思わなかった」

「なんの話?」


 吉原は妙な目でわたしたちを見た。おぼれて助けを求める人の目つきだ。


「おぼえてない? クラスであのころ流行ったでしょ?」


 わたしはハッとした。もしや、それはか? 今回、取材しようと思っていた伝承の?


「……それって、願いを叶える泉のこと?」


 吉原はうなずいた。わたしは強いめまいを感じる。


「まさか、あの泉に手毬ちゃんの髪を……」

「だから、わたしじゃないって! 紗凪が一人で勝手にやった! わたしは止めたんだから。やめたほうがいいって言ったのに」

「……」


 願いが叶う泉。それは小学校の裏手の神社にある。起源はわからないが、そうとう古くから伝わっているようだ。泉に捧げものを入れて願えば叶うと言われている。捧げものが大切なものであればあるほど、よく叶うと。捧げもの一つに対して、願いは一つでなければならない。ただし、決してやってはいけないとされている決まりがあった。


「……言われてたじゃない。絶対にやっちゃダメだって。生きてるものを捧げちゃいけない。命あるものを生贄にしたら、その人が死ぬって」


 小学三、四年生のころ、学校全体で流行った。誰それが泉にお願いをしてテストで百点をとったとか、将来サッカー選手になるってお願いしたとか。たぶん学校中の生徒が一度は試してみただろう。ウワサに尾鰭がついてたのかもしれいが、そのうちの半数以上が願いは叶ったと話していた。どれも他愛ない願いだ。子どもが『こうだったらいいな』と考えうる日常の些細な希望。誕生日のケーキがホールだったらいいとか、クリスマスにサンタさんから最新のゲーム機をもらいたいとか、そういうたぐい。あるいは泉の力は関係なく、親の力で叶えられただけなんじゃないか。


 その一方で、いつしか泉のウワサには、子どもの好きそうな怪談もついてまわるようになった。しちゃいけないことをして何組の〇〇さんが呪われた、とか。とくに強く禁じられていたのは、捧げものに生き物を使うなという事項。捧げものなんていうけど、要するに生贄だ。大昔は生贄を捧げていたが、それが時代をへて野菜や果物などの備えものに変わっていったのだろう。生贄を捧げれば必ず願いが叶う。ただし、その生贄は死ぬと言われていた。


 そんなウワサが出まわると、逆にそれをやってみたがるのが子どもだ。わざと虫やペットのハムスターを泉になげる者がいたらしい。高学年のクラスで集団ヒステリーが起こったらしかった。それを機に、泉にお願いに行くことを学校から禁止された。子どもが近づかないよう、泉の前には柵がもうけられ、鍵をかけられた。今、そこがどうなっているかは知らない。


「あなたたち……

「違う! やったのは紗凪だって!」

「でも、神様にはそう思われてないんでしょ? だから、あんたたちのグループがみんな死んでくんじゃないの?」

「やめてよ!」


 わあわあと泣きだす吉原を前に、わたしは憤りを抑えられなかった。あんなに明るくて楽しくて、いい子だったのに。手毬ちゃんを——人間を生贄にするだなんて。そんなことができるなんて。


 でも、それで納得がいく。手毬ちゃんと因縁があったメンバーに不幸が襲うのは、あきらかにが関係している。吉原だけがまぬがれたのは、彼女が小豆野をひきとめたからかもしれない。かろうじて呪いを回避できた。ただし、幼なじみが身代わりになった。


「ねぇ、それで、小豆野さんは、なんて願ったの?」

「知らない。でも、たぶん……」

「たぶん?」

「あのころ、紗凪、そうとうあの子のこと妬んでたから。あの子よりわたしのほうが可愛いって、いつも……だから、自分のほうが手毬ちゃんより可愛いくなりたいって、願ったんじゃないかな?」


 そんなことのために手毬は死んだのか。そんなバカバカしい子どもの虚栄心のために。

 手毬が死んだとき、その遺体は見せてもらえなかった。小さな白木の柩のなかの遺体は、全身が白い布にくるまれていたらしい。火事で死んだ手毬は発見されたとき、男女の区別さえわからないほどだったという。可愛い顔も判別できなかったと。ある意味、小豆野の願いは叶えられたのだ。手毬の命を代償にして。

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