第51話

『俺達ふたりは今、出雲大社に来ています。


この社は本当に荘厳で神々を身近に感じられそうですね。


今仏教寺院をたくさん作っていますが、日ノ本古来より伝わる神々をないがしろにしないようにするべきだと改めて思いました。


お父様、これから我々は高千穂を目指します。


ふたりとも元気にしてますのでお気になさらず。


お母様達にもよろしくお伝え下さい。


それでは』


旅の途中にある山背から手紙が届いた。


こうしてマメに手紙を送ってくるあたり、山背の律儀で繊細な性格が出ているのだろう。


何気ない手紙なのだが、俺は一抹の不安を感じていた。


まさか、この手紙が後の大禍に繋がるとは、この時は微塵も思ってなかったのだが……




この年は多忙を極めていた。


渡来僧侶を多数集めて四天王寺の落成式が華々しく行われ、前年送った3回目となる遣隋使が帰国してきた。


隋からは使者として裴世清(はいせいせい)が来日し、その歓待に宮中は慌ただしかった。


そして帰国の途につく際には高向玄理(たかむこうのくろまろ)や南淵請安(みなみぶちしょうあん)などが次の遣隋使として旅立って行ったのだった。






「あれが九州なのね」


「そうだな。着いたら温泉に行こう。


お父様の話しでは、真っ赤な地のような『赤湯の泉』や高く噴き出す間欠泉だったっけがあるんだって。


お父様は『血の池地獄』とか『竜巻地獄』だって恐ろしそうな呼び方をしてたけどね」


「まあ、怖そうな名前だけど面白そうなの。早く着かないかなぁ」


出雲を出た俺達はそのまま南下し瀬戸内海へと出た。


そこから穏やかな瀬戸内の船旅を3日ほど楽しんで、まもなく九州へと着く予定だ。


「九州にはその昔倭国と呼ばれる勢力があったそうだよ。」


「ええ、わたしも聞いたことがあるの」


「言い伝えでは何百年も前に俺達の祖先が熊襲討伐をしたことになってるんだけど、実際にはもっと後になってのことみたいだね。


お父様がおっしゃるには、200年ほど前まで、大陸の『魏』って国に臣従していたとか。


大陸の影響を大きく受け過ぎて内乱があちこちで起きたから、大和が統一に行ったというのが真実らしいね」


「それってこの前小野妹子が持ち帰った写本の魏志に載ってるやつよね。


お父様が魏志倭人伝だって大興奮してたの覚えてるの」


「そんなこともあったな。


でもさ、お父様ってなんであんなに知識が豊富なんだろうね。


渡来人達もタジタジになってることが多いよね」


「そりゃそうなのだわ。わたし達の尊敬するお父様なのだもの……あっ!港が見えてきたわ!」


「そうだな、あれが九州の地だな」



まもなく日が傾く頃、俺達一行は別府に到着した。


あらかじめ太宰府の国司には連絡してあったので、港は歓迎ムード一色となっていた。


「ようこそお越し下さいました、山背大兄王様、春米女王様」


「歓迎ありがとうございます。5日ほど滞在予定ですのでよろしくお願いいたします」


「山背大兄王様、こちらがご接待させて頂きます磯目にございます。なんなりとご命令下さいませ」


「磯目殿、よろしくお願いしますね」


「は、ははーー」


小肥りの国司が俺達の世話係として紹介したのは、磯目と呼ばれる40歳くらいの女性である。


どうやらこの別府温泉辺りを治める長の女房で、一帯の顔役みたいだな。


女性を割当ててくれたあたり、春米を慮ってくれているのだろう。なかなか気が付くな。


「こちらへどうぞ」


磯目は隣にいた若い女性に指示を出し、俺達一行の付き人達を屋敷の方に誘う。


そして俺達ふたりと供の数人を別の建物へと案内した。


「まぁ!これは足湯というものかしら?


ここに座って足をつけるのよね」


「春米女王様、足湯は大和でも有名なのですか?」


「いえ、見掛けたことは無いです。ただ、こちらに来る前に、お父様からの手紙で足湯のことが書かれていたので知ってましたの」


「まぁ!厩戸皇子様がこちらに足湯があることをご存知でいらしたのですね。


こちらに来られたとはお聞きしておりませんが、さすがは『人智を越えた至高』と噂されている厩戸皇子様です」


『人智を越えた至高』とは…、お父様の評価はこんな遠くの地にも響き渡っているのだな。わたしも精進せねば。


「お兄様、早くこちらに来て入りませんか」


そんな思いに耽っている間に草鞋を脱いだ春米は湯に足を浸けたらしい。顔が蕩けてるぞ。


磯目に促され俺も足を湯に浸ける。


日中は過ごしやすいが日が暮れると肌寒い季節。


じんわりと足元から上がってくる温もりが心地好い。


「お兄様、顔が蕩けてますわ」


お前に言われたくないわ!

と思いつつも、穏やかな心地に微笑み返してしまった。


「長鷲も一緒にどうだ?」


「後ほど入らせて頂こうと思います」


春米も付き人達を誘っているようだが、丁重に断られているようだ。


まぁ、結構な人目があるからな。立場上難しいか。


10分も湯に浸かっていると顔が火照ってきた。


「そろそろお上がり下さいませ。屋敷へとご案内致します」


磯目に促され、手拭いで足を拭いて草鞋を履く。


わずかな距離を歩くと屋敷に到着した。










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