十一月 味噌づくり
兼題の写真は、正体不明の薄茶色の玉がゴロゴロ積み重なっている姿です。
題の「味噌づくり」が無いと、これが「味噌玉」とは分からないと思います。
味噌玉に限らず「味噌づくり」そのものが分からないので調べるうちに、わたしはさらに大きな謎にぶちあたりました(今回はミステリーかも?)
なぜ「味噌づくり」は冬の季語なのに、「味噌玉」は春の季語なのか?
「味噌玉」は「味噌づくり」の工程で出来るものですから、片方だけが別の季節というのはおかしいのです。わたしは秘密裏に(何故?)調査を開始しました。するとヒントはまさに味噌づくりの歴史にありました。
そもそも味噌が日本に伝来したのが飛鳥時代(7世紀)と言われています。最初は貴重品で限られた人の口にしか入らなかったものが、次第に一般にも広まりました。鎌倉時代に「味噌汁」が普及し、さらに戦国時代に兵糧として生まれた「味噌玉」は携帯保存食として重宝されましたが、ただしこれは先の「味噌玉」とは別のものです。最近では時短の為の「味噌玉」が話題になっています。
まず、味噌の造り方に注目しましょう。
< ① 古代から伝わる味噌の造り方 >
1 三月頃、まず大豆をよく洗う。
2 大豆を水にたっぷり浸す。
3 2の大豆を柔らかくなるまで蒸す。
4 3を潰して、高さ15センチほどの円柱型に固める(これが味噌玉)
5 味噌玉を棚に並べて1~2週間ほど置いておく(気温によって日数が変わる)
表面にはカビが生える。味噌玉の内部では酪酸菌(絶対嫌気性)が働きチーズの ような風味が生まれる。
6 味噌玉のカビを洗いながして砕き、麹・塩を混ぜて
7 熟成したら出来上がり。出来上がった味噌にもチーズのような風味がある。
この製法のルーツは韓国の味噌「メジュ」と言われています。
韓国は糀文化がないので、味噌玉と塩と水だけで味噌を造ります。
木曽でも昔は糀は入れないでメジュと同じ製法で作っていたそうです。
< ② 現在の一般的な味噌の造り方 >
1 真冬に、まず大豆をよく洗う。(空気中の雑菌が少ないから)
2 大豆を水にたっぷり浸す。
3 大豆を柔らかくなるまで蒸して煮て冷ます(蒸煮)
4 大豆を潰して塩と米麹を混ぜて、団子にする(これが味噌玉)
5 味噌玉を
6 ラップや和紙などで空気に触れないように蓋をする。
7 落とし蓋をして重しに石などをのせる。
8 常温保存で10ヶ月ほど熟成させると出来上がり。
古来からの味噌の製法は、なんと昭和五十年頃まで、日本各地で継承されてきました。江戸時代までは米も米麹も貴重品だったので味噌づくりには使えなかったということです。時代が下って、米も米麹も手に入りやすくなると味噌が冬に造られるようになり「味噌づくり」は冬のものと認知されるようになりました。
ということは「味噌玉」は「味噌づくり」よりも古い時代の季語であり「味噌づくり」は比較的に新しい時代の季語ではないか、だから季節がずれたのでは、と推理してみました。皆さんはどうお考えになりますか?
* 味噌玉造りの古来からの製法については、信州松本の萬年屋さん、信州木曽の小池こうじ味噌株式会社さんのHPを参照させていただきました。(なお小池こうじ味噌様からは味噌の造り方を丁寧に教えていただきました)
https://mannenya.ne.jp/i
https://www.koji-miso.com/
* 味噌が「寒仕込み」になってからの製法については、ひかり味噌さん(長野県諏訪市)のHPを参照させていただきました。
さて本編に戻りましょう。 「味噌づくり」の傍題には、味噌
☆☆ 味噌づくり重しの石の古色かな
味噌の仕込みに使う石というものは、重いし大きいし持ち歩きませんから、まず無くしたりはしません。ウチの台所の漬物石もいつ誰が拾ってきたのか分からない古い古い石でした。この石は何代も前のお母さんがよっこいせと運んできたのかと思うと愛しくなります。人選でした。
☆ 味噌搗きに孫も加わる臼と杵
味噌搗きなんて重労働なのに、子どもは参加したがります。臼は危ないからダメ。杵なら……、ダメだ。怪我するから、お前は余所に行って遊んどいで。並選。
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