第4話 ラーメン
ラーメンという食べ物をご存知だろうか。元々は中国の拉麺がルーツらしい。江戸時代末に開港した横浜、神戸、長崎、函館に多くの外国人が移り住んだことをきっかけとして日本に流入し、この現代まで地方独自の味を作成したり様々なアレンジをしたりして多種多様にその幅を広げた麺料理である。
私はこの偉大なる麺料理が好きである。が、しかしたまに少々親の仇とも言えるほど憎しみを抱くことがある。食べ物に憎しみなんて馬鹿げていると思うだろう。しかし、私のこの事例を聞けば、ある程度の共感力を持った方は「こりゃラーメンなんて聞きたくもなくなるわ」と思ってくださるだろう。
20歳の時に付き合っていた彼は、6歳上の26歳バツイチ、優しいように見せかけて自己中心的な性格で浮気の常習犯だった。ちなみに趣味はパチンコで貯金はゼロ。美容室だろうがデートだろうが当たり前のように遅刻してくるクズである。今でも彼の「寝てた」のLINEが本当にぐーたら寝てたのか他の女と浮気していたのかわからないくらいに何もかもにだらしがない。若い時分にはこういう男に騙されて、ずるずるずるずる付き合うのは世の常なのだろうか。
ともかく、彼は誕生日プレゼントもあげるあげる詐欺で結局くれないし、デートだって私の行きたいカフェに行ってくれた試しのない人間だった。(行きたいと言うとこの上なくめんどくさそうな顔をする)そんな彼の大好物はいわゆる、二郎系ラーメンと呼ばれるものだった。あのもやしだのキャベツだのがたんまり乗っかっており、スープはギトギト背脂たっぷり。ニンニクの風味がどーんと効いたあのラーメンである。
前述にもある通り、私はラーメンが好きである。しかしイタリアンや和食やカレーなど他にもラーメン以上に好きな食べ物はたくさんあるし、別にデートでラーメンに行きたい人間ではなかった。だって、好きな人の前で何が嬉しくてニンニクの香りを漂わせたり、ずるずるとギトギトのスープがまとわりついた麺をすすったりできようか。いや、できない。私は存外心は乙女なのである。(しかもラーメンを食べるなら必ずニンニクを入れたい)月に一回1人もしくは友人と食べるくらいで十分すぎるほどである。その一回がカップラーメンの場合もあるくらい、特にこだわりもなかった。
しかし、彼は店頭で食べるラーメンにこだわりがあった。最初は、まだ付き合いたてなのにデートでラーメンかとがっかりしたものであるが、まあ好きなのだからそうだろう、好きな人の好きな食べ物を一緒に食べにいくのもいいだろうと思って、3回目のデートでラーメンに行った。これが間違いであった。
デートの予定が立ち、何を食べに行こうかと話しているとすぐに「ラーメンに行こう」この間も食べたばかりだから違うものが食べたいと言うと、「違う店に行くと味も全然違うから」とゴリ押し。こちらがご飯の話題を出さなくても、「今日はラーメン食べに行きたい」「ラーメンにしよう」とそれはもうラーメンラーメンうるさいのである。かなりうんざりした。しまいには、旅行の時でもご飯を探そうと話しかけると「ここのラーメンにしよう」などもはやメニューがラーメンと決まっていたかのように提案を始める。もちろん、旅先で可愛い服を着たいのにラーメンの匂いや汁がつくと嫌なので丁重にお断りした。なんなら旅行じゃなくても、急にラーメン行こうなどと誘われてもラーメンに適さない服装の方が多いのだからかなり迷惑な話であった。その癖、スウェットなどを着ていくと、「今日はダル着だね、どしたの」とかなりデリカシーのない発言をするものだから救いようがない。
彼のラーメン愛はかなり強かった。デートの時間には当然のごとく遅れてくるくせに、人気ラーメン屋の開店時間30分前には並んで待っている。胃が悪いから消化に良いものが食べたいと言った時も、もういい加減ラーメンばかりうんざりしたと言った時も、そんなのはお構いなしに「ラーメン食べたい」である。ラーメンにはそんなに人をおかしくさせるような成分が含まれているのだろうか。私は本気で彼が精神疾患にかかったのではないかと心配したくらいの執着ぶりである。どんなに断っても、他の物を何とか食べに言った時も、すぐ「次はラーメンね」という発言をする。もう付き合いきれないから1人で行ってほしいと伝えると、1人でも行ってるし、2人の時も食べたいのだと言う。これはもうお手上げだった。
彼と私はラーメンが原因で別れたと言っても過言ではない。私は彼の浮気癖に泣き、デートへの遅刻で怒り、金銭へのだらしなさに呆れていたが、何よりもこのラーメンに対する執着が受け入れ難かった。普段は普通のクズ男なのに、ラーメンのこととなると宇宙人と話しているのかと錯覚するほどに話が通じなくなるところが怖かった。彼が私のたまには別のものが食べたいという願いよりラーメンへの欲を取るなら、もうそういう運命なのだろうと諦めた。 彼はラーメンと付き合い、ラーメンと結婚し、ラーメンとセックスして子供を作り、ラーメンに看取られながら生涯を終えるために生まれてきた人間なのだろう。大いに馬鹿げている。
そういう訳で、私はラーメンは好きであるがたまに心から憎たらしく思うことがある。この文章を読んでくれたそこの貴方、男女の別れの原因は食たり得るのです。どうか気をつけて。
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