【習作シリーズ】大喜利のゆくえ

兎平 亀作

第1話 藤蔓を切ろうとして岸から落ち、塩水をしこたま飲まされた件

【お断り】「藤蔓、岸、塩水」の三題噺です。


(以下、本文)


今日も日の出とともに庭に出る。覆い茂った藤蔓を切る。自分の庭のは一週間前に済ませた。南側のお隣さんの家のはその一日後にやった。西側は庭の広い家で、藤蔓退治に三日掛かった。さすがに体力が尽きて二日間ブラブラした。今日から東どなりの家だ。その後、北の家なんだが、これで終わりではない。隣の隣の家のがある。それが終わったら、隣の隣の隣の家のがある。


人の家に勝手に入り込んでいるわけではない。持ち主の許可はちゃんと取った。

いや、それで勘弁してもらったと言った方がいいかもしれない。この藤蔓、みんな俺のオヤジの家から10年かけて這って行ったものなんだから。そんな事になっても誰からも文句を言われない限界集落だったからだ。

10年間の親不孝の結果が、このザマだ。


肉体労働にも慣れたころ、オレは夜遊びの味を覚えた。

横浜で残業続きの社畜をやってたころは、単身者マンションと会社を往復するだけだったのに。目の前には全国級知名度の歓楽街があったのに。


オレが遊ばなかったのは、なにもマジメ人間だったからじゃない。生活にゆとりがなかっただけだと、この先祖伝来の地に移住してようやく悟った。

ここじゃ、ゆとりなんて簡単に作り出せる。テレビを見ないこと。パソコンを開かないこと。スマホはガラケーに変えること。これだけでいい。


オヤジの家から女を置いてる店まで片道10キロある。軽トラをそこらに転がしといて酒を売る店に入る。飲んだら運転できないから自分はウーロン茶をなめるだけ。女に高い酒をおごるだけの大人しい客になる。立ち入ったことは聞いて来ないから、オレは「お酒を飲めない兎さん」で通っていた。


そんなある晩、新顔の女が入って来た。新キャラだ。どんなアイテム持ってるか知らんが、あいさつがわりの一打を加えた。


女は妙な間を置いて打ち返して来た。

「アンタ、ほんとはお酒だいすきなんでしょ。」

また間を置いて、今度はオレの顔をしげしげと見た。

秒読みでもしたかのように女はスッと立ち上がり、呼ばれたわけでもないのにフロアの反対側の席に逃げて行った。

その晩はツブれるまで飲んだ。運転代行と言うものを呼んでもらい、えらく高いカネを取られた。反省してしばらくは遊びを自粛した。


春の反省は夏まで。夏のように激しい反省でも秋には忘れる。

オレはノウノウと女の居る店に顔を出した。

「オレをツブれるまで飲ませた女」は、もうこの店にはいないだろうと思っていた。ああ言う山賊みたいに強引な営業をする女は、客をひと渡り食い散らかしてさッと逃げる。


誰でもいい、手が空いてる女を付けてくれと言ったら、あの女が出て来た。さっそくイヤミを言ってやった。


「これは空木(うつぎ)恵子さん、またお会い出来て光栄です。とっくの昔に飛んだと思ってましたよ、掛けも前借りも踏み倒して。」

女は頼みもしないのにウーロン茶をつき出した。

「これは私のおごりよ、クソ客さん。」

クソ客と言われてオレが怒らなかったのは恵子に弱みを握られてたからだ。好きな女からクソ呼ばわりされても怒れないと言う弱みだ。

その晩は、さすがに飲まされはしなかったが、今度は枕営業された。


女に呼び出されるのは、どういうわけか水のそばが多かった。渓流、ダム湖、人工海浜、岩場、そして漁港の岸壁。

「カッパみたいな女だな、オマエは」と言ったら、「水の精、オンディーヌと言ってよ」と打ち返して来た。オレのウンチク好き、コウシャク好きも、とっくの昔に見抜かれてる。

「オンディーヌじゃなくて白鯨だろ」と打ち返したら、「飲みたいの? 鯨飲したいならウチに帰りなよ。おしゃくぐらいしてやるからさ。」

これで、とうとう家の中に入り込まれた。

帰りぎわ、女は言った。

「今度は私の車でやろうよ。軽トラじゃシートが倒せない。」


申し遅れましたが、ラブホもロクにない田舎では、人目を忍ぶ恋は車の中がデフォルトだった。やる場所は高速のパーキングエリアがいい。仮眠中のトラックがいい目隠しになる。真夜中に揺れてるバンを見掛けたら、要はそう言うことだ。朝まで居座りでもすればともかく、多少の目的外使用ならハイウェイパトロールもヤボは言わない。


「助けて! コワい人たちに追われてるの。」

恵子がセッパつまった電話をして来た。

「そうか、すぐ行く」と、オレは軽トラのキーをつかんだ。いくらも無かったが、あるだけの現金をポケットにねじこんだ。

今から思えば、恵子の小芝居を信じこんだと言うより、事情はどうあれ頼られたことが、うれしかったんだろう。要は色ボケの唐変木だったと言うことだ。


指定の場所に着いたら「私の車に乗り替えろ」と言う。言うだけ言って、自分はサッサと後部座席にもぐりこみ、毛布をかぶって横になった。「外から見られたくない」と言う、いじらしくも、いやらしい猿芝居だったが、それをスンナリ受け入れたオレは猿以下。猿のフンのフンだ。


「行き先はナビにインプットしてあるから、その通りに運転してくれ。用事があるならしょうがないが、数日がかりの逃避行になる。差し当たり必要なカネは手元にある」と言った意味の事を恵子は言った。この据え膳を食わなくちゃ男の恥だ。女に恥をかかせちゃならんだろう、男として。


恵子が言う所の「逃避行」については勘弁してほしい。「いい夢みました。ありがとう」とだけ言っておく。


ついにオレはオヤジが残した定期預金に手を付けた。地方都市の支店だったら、一度に多額の現金引き下ろしに疑いの目を向けられてただろう。警察を呼ばれて不審尋問されてたかもしれない。

その点、六大都市の支店は至ってクールなものだった。月末日の二日前をねらったのも恵子の手のこんだ仕掛けだった。そうでなくても忙しくなるタイミングだったから、銀行側も数百万ぽっちの預金解約で、いちいち、うるさい事は言わなかったのである。ちょっと待たされたが、運転免許証があったおかげで預金証書の紛失届けは通った。四大都市銀行を全部回って、2千万の現金を作った。そのボリュームにオタオタしたのはオレだけで、恵子は封を切ってない札束を入れた紙袋を菓子折りみたいにブラ下げて歩いていた。


翌朝、恵子は金といっしょに消えていた。車は盗難車だった。正確に言えば盗難された車体を塗装し直して、別の盗難車のナンバーと車検証を付け、シートもナビも入れ替えた改造車だった。とんでもない背景を持った女だったのだ。言い訳になるが、「カネ、カネ」とは決して口にしない女だったから、つい脇が甘くなったのだ。そうだろ、オレのオンディーヌよ。


あれから半年。

恵子は店への義理はちゃんと通していた。売り掛けも前借りも、きれいに精算した上で飛んだのである。コワい噂のある店だ。そっちの方からも追い込みを掛けられるのは避けたと言うことだ。


一応、被害届は出したが、警察の目は冷たかった。恵子は「オレを投資話に誘った」と言う絵をあらかじめ描いていたからだ。3千万の赤字になったFX口座が残されており、ごていねいにも「いい出資者が見つかりそうだ」と言いふらしていたのである。警察は「これは盗難じゃなくて詐欺扱いになります。犯人に『だますつもりはなかった。今はスッカラカンだが、金は必ず返す』と言われたらオシマイのケースですよ」と言って、オレをつき放した。


オレにはもっと心配なことがあった。

顔を変えるのに5百万。生活は切り詰めて月20万としても10年で2千4百万。合わせて2千9百万円。オレが渡した2千万じゃ足りない。働くにしても、今どき、旅館の仲居でもガードマンでもパチンコ屋でも身元確認はちゃんとやる。源氏名だけで押し切れる商売と言ったら風俗しかないじゃないか。あの歳じゃ高級店は門前払いだ、などとオレは「吾が妻」の行く末を案じた。


つらいのは人の噂だった。


面と向かってイヤなことを言って来るヤツはいなかった。死んだオヤジの生前の人徳で救われたようなものだ。

お父さん、ありがとう。次の父の日には白いバラを忘れずに持って行くよ、とっくの昔に無縁仏のコーナーに追いやられた先祖代々の墓石に。


イヤな言葉は耳には聞こえなくてもブドウの蔓のように這い寄って来る。

色々言われた。あの女の出自が怪しいなんてのは、まだかわいい方で、妙な性的嗜好があったんだとか、埋めた死体がどこどこにあるとか。

過激派の残党だなんて噂もあったな。冷戦終了から何年たったと思ってるんだろう。


その日、オレはチェンソーで、山の中腹を開拓していた。いや、正確に言えば、かつては棚田だった原生林を、せめて平地にもどそうと奮闘努力していた。


オレは立ったまま休憩を取った。座りこんだら、その日の仕事はオシマイにするしかない。

冬でも水分補給だけは、しっかりやる必要がある。「スポーツドリンク、オレの一品」は大⚫⚫⚫のポ⚫⚫⚫⚫⚫⚫だ。(個人の意見です)

沈む夕日をながめながら、オレはつぶやいた。

「あづまはや。」

方角が反対なんだが。


その場でポ⚫⚫⚫⚫⚫⚫をガブ飲みしながら、オレは両目からポロポロ涙をこぼした。生理食塩水を飲みながら生理的な塩水を分泌するとは、おかしな話もあったもんだ。男は泣いちゃいけないと分かっちゃいるけど、これらの涙を内側に保っておくことができないよ、藤蔓みたいに枝葉を付けて這い寄って来る、悲しいうわさを耳にしたから。

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