第2話 この手紙を読んでいる君へ
この手紙を読んでいる、君へ。
どうか、生きていてほしい。
現実が君を絶望の淵に落として、君がそこから必死に這い上がったとしても、現実はまた君をもっと深い谷へと落としてしまうだろう。君は生きるために、高い崖を必死でのぼっていくだろう。それでも現実はまた君を更に深い場所へと落としてしまうだろう。
それでも、私は君に生きていてほしい。
これは私のエゴであり、欺瞞であり、洗脳である。この言葉は単なる綺麗事であり、結局私が気持ちよくなりたいだけでしかない。君が死ぬのが耐えきれないというのは、君のことを考えているのではなく、私が君を失ったあとの暮らしに耐えられないとう私の弱さに起因する。
生きることは綺麗なことばかりではないと、君はもう十分知っているだろう。ひとを殺すひともいるし、ひとを故意に傷つけるひともいるし、そのようなひとを擁護するひとたちもいる。銃弾や爆弾やミサイルは、地球のあちこちに存在している。汚い世の中に絶望していのちを絶つ人や、自分を傷つけるのを辞められないひともいる。不登校の学生、ヤングケアラーの青年、ニートの若者、ひきこもりの中年、老老介護をしている老人など、社会は歪んでいて、誰が悪いわけではないのに苦しまなければいけないひとというのは、案外君のすぐ近くにある。いじめをする学生、誹謗中傷を繰り返す青年、非行を辞めない若者、息子や娘にすぐ手をあげる中年、古い時代の価値観で若い世代を縛り付ける「老害」となった老人などを見るとわかるだろう。この社会が歪んでいるということを。そしてその歪みから生まれる痛みは、抵抗できない弱いひとに向けられるということを、君はもうわかっているだろう。
それでも、私は君に生きるという選択を選んでいてほしい。
人生は楽しいことや嬉しいことばかりではない。思い通りにいかない現実や、君に石を投げるような悪いおとなたちや、突然積み上げたものすべてを奪われるような体験や、君自身が引き受けざるを得なかった社会の痛みといったものが、ただ普通に息をしてごはんを食べて寝ているだけであっても、招いてもいないのに訪れてくる。そして、生きていくためにはお金がいるし、働かなくてはいけないから、君は1日24時間のうちいくらかを、労働や、そのための勉強(義務教育など)に割かなければならない。そして君が生きるには、眠らなくてはいけない。どんなに眠れない夜でも、朝は来る。それはいいことばかりじゃない。朝が来たら、君は家を出て、仕事なり学校なりに行かなくてはいけない。つらいなら辞めてしまって構わないとおとなたちは言う。逃げていい。投げ出していい。辞めてしまっても構わない。そうおとなたちは言う。ただ、「辞めたあと」に君が背負うことになるいろいろなものを、彼らは決して肩代わりしてはくれないんだ。
たとえ世界がどれだけ君を絶望させようと、君には幸せになる権利があるし、私は君が幸せになるべきだと思う。
だから、そのためには、生きていなければいけない。
つらいことがあったら、誰かを頼ってほしい。話を聞いてくれるひとというのは、案外すぐそばにいたりする。
私は不器用だから、君に素敵なアドバイスができるわけではない。安月給だからお金に余裕があるわけではないけれど、せめて君が目の前の嫌なことを忘れられるように、2時間の休暇を君に与えることくらいはできる。一緒にどこかに行こう。食事でもいいし、買い物でもいいし、ただ私の家に来るだけでもいい。目の前の現実は、それくらいの間、君に冷たい雨を降らせないくらいのことは、してくれるだろう。
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