第9話 〝獣の臭い〟


「お、おう、マルコス」


 右手を軽く挙げて、茶髪の青年の名前を呼ぶ。いや、声をかけられたのは嬉しいけどさ……こいつ、いま俺のことナギサの兄貴って呼んだ? 


「――? なんかあったスか、兄貴?」


「いや、なんでもない。もう解決したから」


 これがマルコスに決闘で勝った代償か。

 今後はクシェラと同じように、俺もストーカー被害を受けるのだろうか。というか、もう受けてる?


 まあ、でも……兄貴と呼ばれるのは悪い気がしないな。


 俺がそんなことを考えていると、マルコスが急に「――あ!」と大きな声を出した。


「どうした? ハトでも見つけたか?」


「いや、自己紹介してなかったことを思い出したっス」


「ああ、確かに」


 クシェラの計らいで、マルコスとは自己紹介をする暇もなく戦うことになったからな。まあ、それのおかげで減速リテヌートを使えるようになったから感謝してるけど。


「おれの名前は――」


「ちょっと待て、マルコス。ここじゃ邪魔になる」


 扉の前で立ち話は、流石に迷惑すぎる。せめてどこか――どこかに移動して話を――


「そうっスね、中に入りましょう」


 心の中で、マルコスに感謝をする。

 一人だったら、何かしら理由をつけて、俺は冒険者ギルドの中に入らなかっただろうから。


 マルコスに背を向けると、俺は意を決してギルドの扉を開けた。そのまま、中に足を踏み入れる。


 ゆっくりと周囲を見回す。

 ユアンたちの姿はなかった。

 俺は胸を撫で下ろすと、ギルドに併設されている酒場へと向かった。空いている四人席を見つけて、そこに腰を下ろす。


 後からやってきたマルコスが、俺と同じ四人席に腰掛けた。向かい合う形になる俺とマルコス。


「じゃあ早速」とマルコスは前置きすると、


「おれの名前はマルコス・パラグディアというっス。魔力は土属性で、イドラは」


重力異常グレートアトラクターだろ?」


 能力は、自分自身と手で触れた物体の重力を操る、だっけか。


「え? なんで知ってるんスか」


「クシェラさんから聞いただけだよ」


「なら説明はいらないっスね。よろしくお願いします、兄貴」


 言い終わり、マルコスが右手を差し出してくる。俺は「こっちこそよろしく」と言って、マルコスの右手を握った。あれ、そういえば、


「俺も自己紹介してないよな」


「そうっスね」


「俺の名前はナギサ・グローティー。魔力は土属性で、イドラは減速リテヌートだ」


「りてぬーと?」


 首を傾げるマルコスに、俺は減速リテヌートの能力を説明する。それを聞いて、マルコスが「だからあの時……」と呟いた。

 疑問が解消されたようで、何よりだ。


 そんなことを思っていると、俺たちの席に二人組の男がやってきた。見覚えのない顔だ。マルコスの知り合いだろうか。


「はじめまして。カルフ・ガリアルと申します。団長がお世話になってます」


 そう言って、眼鏡をかけた青年が俺にお辞儀をする。椅子から立ち上がり、俺も挨拶と礼を返したが――団長ってマルコスのことか?


「おめぇら、来るの遅いぞ」


「団長が早すぎるんでしょう!?」


 眼鏡が吹き飛びそうな勢いで、カルフと名乗った青年がマルコスを怒鳴る。目を尖らせながら、カルフが続けて、


「どうして急にイドラを使ったりしたんですか!? 驚いたんですからね!」


「お前、イドラ使ったの……?」


「そうっス! 兄貴がいる予感がしたので!」


 俺の質問に、笑顔で答えるマルコス。

 こいつ――さては、自分の重力の向きを変えて、高速移動したな?


 俺のためにと考えると少し嬉しいが、ちょっと待て。俺がいる予感ってなんだ。千里眼クレアヴォイアンスでも持ってんのか、こいつ。

 怖い。ストーカー適性、二重丸じゃん。


「あの……」


 そう声をかけてきたのは、二人組の眼鏡をかけていない方――幽鬼ゆうきのような印象を受ける男だった。


 色素が抜け落ちたような、真っ白な髪の毛。

 闇を思わせる、真っ黒な瞳。

 体の線は細く、とても冒険者をやっているようには思えない。


「はじめまして。俺はアンバー・アンデルセンと言います……。そこの眼鏡と同じで、『マルコス冒険団』というパーティーに所属しています。名前だけでも、覚えていただけると嬉しいです……」


 言われ、こちらも挨拶を返す。

 マルコス冒険団か。直球だな。どうやら――というか、間違いなくこの二人組はマルコスの仲間だろう。


 俺がそう結論付けていると、白髪の男――アンバーが「提案があるんですけど」と口を開き、


「ナギサさん、うちのパーティーに入りませんか?」


「――――え?」


 予想外の言葉。

 アンバーが俺に、手を差し出してくる。

 何を言うべきか、迷っていると、


「アンバー、急に何言ってるんですか!? ナギサさんも困ってますよ!」


 マルコスとの話を切り上げ、カルフがアンバーにそう言葉をぶつける。アンバーは俺の顔色をうかがうと、「そうですかね?」と言い、続けて、


「一刃の風を抜けたばかりで居場所もないでしょうし、渡りに船だと思いますけど……」


「い、一刃の風……!? ナギサさんがですか?」


「そうですよ。もしかして知らなかったんですか? あんなに話題になってたのに……」


 一刃の風は、有名な冒険者パーティーだ。仲間が減ったら、話題になるのも当然の話だろう。……俺としては嫌だけど。


「だから、まあカルフも仲良くなっておいて、損はないです……。マルコスが兄貴と呼ぶ男ですから、きっと強いんでしょうし。それに」


「――――」


「この人はクシェラ・クルースと同じ臭いがします。敵を殺すためなら、手段をいとわない――獣のような臭いがそっくりです」


 なんだそれ。

 におにおいって、お前の方が獣みたいじゃないか。


「アンバー、その物言いは兄貴にも姉貴にも失礼だぞ。今すぐ謝れ」


「俺としては褒めたつもりだったんですけど……不快に感じたのなら、ごめんなさい。ナギサさん」


「いや、気にしなくて大丈夫ですよ」


 穏便に話を終わらせる。

 アンバーとか言う男――ちょっと苦手だな。


「話を戻しますが、どうですか? ナギサさん。うちのパーティーに入る気はありませんか?」


 アンバーによる二度目の勧誘。

 誘ってくれるのは嬉しいが、俺はまだこの三人のことを全然知らない。


 そんな状態で――とりあえずの気持ちで、パーティーに入ることは、お互いにとって良くないことだと思う。だから――、


「ひとまず、仮加入じゃダメですかね?」


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